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小説『アプサラムーン』神は人類の進化を祝福するのか(1)「忌沼」編 プロローグ

◆概要

SFサスペンスです。時刻表示と共にバンバン場面が切り替わる展開もお楽しみください。
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長編4作と周辺エピソード5作でシリーズ第一部を成す小説『アプサラムーン』から主要エピソードを軸に再編したものの第一作。
連載小説 劇場版『アプサラムーン』「忌沼」編 00プロローグ 数日おきに続きを掲載
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合コンに参加した美鈴とあいみ達6人の若者は、余興で訪れた廃墟の敷地内にある忌沼(いみぬま)において2体の悪霊に遭遇してしまう。
人工知能学者の中萩律(なかはぎただし)は所属する研究組織「ISBRO」のシンポジウムが行われた夜、同イベントのサポートの為に本部から派遣された霊能者のルーシーと見学に訪れていた同じく霊能者の京子と共に忌沼の事件に巻き込まれる。
2人の少女達が初めて共闘して強大な2体の怨霊と対峙する。

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◆『アプサラムーン(APSARAS MOON)』劇場版

神は
人類の進化を祝福するだろうか
著者内田則夫
 
「深淵」
怪物と戦う者は、
その過程で自らも怪物になることのないように
気を付けなくてはならない。
深淵を覗く時、
深淵もまたこちらを覗いているのだ。
ニーチェ『善悪の彼岸』百四十六節より

◆『忌(いみ)沼(ぬま)』編

 プロローグ

★忌沼――時刻22:10

沼に背を向けていたあいみは振り返えると「ひっ」と息を吸ったまま固まった様に動かなくなった。
今しがたまで俊夫が握っていた懐中電灯は半分沼に嵌って横たわっている。
そこだけ照らされた泥水は鈍く乱反射して、見たくも無いものをおかしな角度から浮かび上がらせていた。
俊夫は、祈りを捧げるように膝を揃えて跪き、膝の高さ程の祠(ほこら)に正面から覆い被さるように倒れている。
左腕は祠の屋根を抱え込むようにしながら、頭はその左腕の上に乗っている。
起き上がろうとする気配はないが、垂れ下がった右腕は微かに揺れていた。
時折手首だけが弱々しく「おいでおいで」をするように痙攣しており、その反動で腕が揺れているのだ。
不気味な間接照明は、その手首を展示物のように照らしていた。

★浅草――時刻22:35

――今のは何だろう――
先程から確かに何かを感じるのだが、ぼやけていて判然としない。
京子は21時前には就寝したのだが、どうもすっきりと寝付けずにいた。
微かではあるが、どうも何か普通では無い嫌な気配を感じるのだ。
京子は浅草のビジネスホテルに宿泊している。
今回が初めてとなる上京で、京子は都会地には異常に多い数の念がそこかしこに漂い、またいたる所に貼り付いているのを感じていた。
ここで京子が感じるそれらは――生霊(いきりょう)。
これらの生霊は、虐めや差別、虐待による憎しみあるいは妬みから生まれたものが多い。
京子が感じる生霊の気配が持つ特徴は、少し脈打つような感じと共に、もぞもぞとした蠕動(ぜんどう)の様な気持ちの悪い「動き」である。
――だけど 今感じたこの気配は何だろう――
今までに京子が感じた事のない――邪悪で不気味な――気配である。
生霊ではないとすれば死霊なのかもしれないが、微かに感じられる程度の為どれくらい遠方で起きているのか――恐らくかなり距離はある――分からないのだ。
更に、先程感じた気配と同調するように、最初のそれを感じ始めてから割と早い時間に京子は2度程微かなパルスのようなものを感じ取っていた。
いずれも生きている人間が発する意識のパルス――絶望を伴うような、断末魔の恐怖――ではないか、そう感じた。
その後暫くは何も感じなくなったため、一度は眠ろうとしたのだが1時間も経たないうちに再びベッドから起き出すと今度は身支度を始めていた。
――隅田川まで下りてみよう――

★浅草――時刻01:50

――何だか騒々しいわね――
京子と同じホテルに宿泊しているルーシーはかれこれ3時間以上前から京子の只ならない気配を感じ取っていた。
ざわざわと落ち着かない京子の様子は階の異なる部屋にいてもルーシーには彼女が隣に居るかの様に伝わってくる。
そして少し前、京子がホテルを出て行く気配を感じ取った後、ルーシーは暫く逡巡していたが遂には自身も起き上がるとベッドのサイドボード上に置いていた眼鏡を装着した。
ベッドに腰掛けたままぶつぶつと呟きながら何かを始めたルーシーは、程なく空間の一点を見つめたまま思わず声を上げていた。
「んっ…」
今眼鏡を通してルーシーの目に映った映像は、現実に起きている事とは疑わしいものだった。
アメリカの軍事衛星に搭載したセンサーが捉えた数千枚に及ぶ映像の内の数十枚はセンサーを赤外線に切り替えた後のズーム映像だった。
数人の人間と思われる不気味なサーモグラフが確認出来る。
「場所は…東京近郊、ここから40kmと離れてないか…」
ルーシーは映像をスライドしながら暫くは独り言をつぶやいていたが軈て押し黙ってしまった。
――何よ これ――

★守水神社――時刻02:10

純一は先程から静まり返った祭場を眼だけで見まわしていた。
守(もり)水(み)神社の本殿に居る者は皆憔悴しきっている。
清田(きよた)宮司は目を閉じて何かを思案している様だが、時折三人の若者を見やっては様子を窺っている。
三人の若者――美鈴(みれい)、裕介、里佳子――は時折ビクと身を震わせては自身の頬を叩いたり床板の継ぎ目を凝視したりしている。
忌沼に巣食う怨霊「沼のかた」に憑かれたあいみ達を救出しようとして逆にもう一体の怨霊「纏(まと)うかた」に憑かれてしまった三人の若者達が運び込まれてから、まださして時間は経っていない。
三人は今、時折現れては纏わりついて来る怨霊の姿に怯えながらもそれを振り払おうと懸命に意識を何かに集中しようとしている。
だが、いつまで気力が持ち堪えられるかは分からない。
一人難を逃れて様子を見守る純一は、三人が既に限界に近付いているのではないかと不安になっていた。
純一が美鈴を見ると、震える手でスマートフォンを取り出して先程から誰かに連絡を取ろうとしている様だ。
――こんな夜中に誰と――
純一がそう思った時、スマートフォンを両手で拝むように持ち見つめていた美鈴の肩が小刻みに震えた。

★横浜市・三應大学理工学部・中萩研 ―― 時刻02:00

研究室は珈琲の芳ばしい香りが漂い、律(ただし)のお気に入りのジャズアルバムからハンク・モブレーの一枚を選んで掛けており今は3曲目の軽快な『Gettin and Jettin』が流れている。
さっきまで『Shoud Care』が流れていたのだが、そのまったりとしたテナー・サックスの為に律は危うく寝落ちしそうになっていた。
律は昨夜銀座でルーシーと京子を見送ってからまた研究室に戻って一人で詰めて居る。
 昨日の午前中に行われた、律が所属する研究機関「ISBRO(戦略的国際脳研究機構)」のイベントを無事終えたものの、未だに膨大な残務処理に追われていた。
 同組織の日本支部を一人で支えている律は昨日も未明から準備を始めて一睡もしないまま現在に至っている。
深夜の研究棟はなんとも不気味で落ち着かない。
そろそろ「丑三つ時」、心霊現象を信じる日本人にとっては結構怖い時間帯である上に場所が大学の研究棟である。
日中はモダンでアカデミックな雰囲気を醸し出しているモルタル打ちっぱなしの研究棟内の様子は、今は非常口の灯によって緑色に浮かび上がったモルタルの色ムラ、そして消火器の設置場所を示す赤色灯が不気味な雰囲気を醸し出していた。
――カツン――
時折なにか物音が聞こえた様な気がして律はびくりとするのだが、その度に――警備員の巡回だろう――と思う様にしている。
そんな律にとって、何度目かの有難く無い時がやって来た。
3月の深夜の研究棟内は寒い。
そんな中で、汗を搔かない作業をしながら珈琲を飲み続けている律は頻繁に尿意に襲われるのだ――だが出来るだけトイレには行きたく無い。
律は元々所謂「心霊現象」と言う物事、またそれを引き起こす霊的な存在を信じていた。
人工知能研究を専門としながらも「心霊科学」の最先端研究者でもある律は、科学的に研究を進めるうちに今では科学者として霊の存在を確信するに至っている。
だがそうして科学的な説明を付した後でも、律にとってその怖さに何ら変わりはないのだった。
律がトイレから出て来ると、研究室からスマートフォンの呼び出し音が聞こえて来た。
(本編第一章へと続く)

カンボジアの中でも僻地に暮らしながらも、ほぼ無収入で小説を中心に、主に料理をテーマとした詩やエッセイなどの創作に没頭しております。 皆様からのサポートは主に端末機器や通信に当てさせて頂きますので、ご支援の程よろしくお願いいたします。