見出し画像

エッセイ 母の耳たぶの子守歌(改題)

風呂上がりの火照った体に心地よいその冷たさとマシュマロのようなほどよいその柔らかさを指先で楽しむように確かめながら、安心して眠りに落ちていった・・・

 母が死んだ時、葬式の祭壇の片隅に供えるつもりで、短歌を作ろうと思った。母の思い出を手繰り寄せようとしたが、なかなか出て来ない。遥か幼児期、物心つくかつかないかの頃まで遡らざるを得なかった。
 母は、私が夜寝る時に、必ず添い寝をしてくれた。風呂から出たばかりの私は、湯冷めをするといけないからと言って、すぐにふとんに寝かせつけられた。その時必ず、母は私の左隣にいた。そして、私と母はお互いの顔を見つめ合う形でふとんに横になった。その時私は、母の左の耳たぶを、自分の右の親指と人差し指で軽く触りながら、風呂上がりの火照った体に心地よいその冷たさとマシュマロのようなほどよいその柔らかさを指先で楽しむように確かめながら、安心して眠りに落ちていったということである。
 母の耳たぶこそは、幼い私にとって、優しい母の象徴であった。そのことを歌にしようと思った。

  耳たぶは 母の添い寝の なつかしさ あの温もりも 今は冷たく

 書きはしたものの、これでは私のイメージは伝わらないだろうと思った。しかし、親戚の伯母が、「とてもいい。情景が目に浮かぶようだ。涙が出そうになる。」と言ってくれた。それがどんな情景だか、聞くのはやめた。それは読む人の自由にまかせればいい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?