見出し画像

エッセイ 立体的読書のすすめ

 「立体的」読書などという言葉はない。私の造語である。*
本を高く積み上げようとか、跳んだり跳ねたりしながら本を読もうとか、そういう「立体的」ではない。あくまでも頭の中での作業である。
 私はいつも本(小説に限る)を読む時に、年表と地図を手元に用意しておく。その小説に書かれている舞台、時代が、具体的にどんな場所でどんな時代なのかを想像するためである。舞台となった場所や時代が、書かれていなかったり、ぼかされている小説も多いが、それを追及するのもまた、また楽しいのである。そのためには手段を選ばない。巻末の解説は言うに及ばず、ネットを最大限に駆使する。あのキーワード、このキーワード、手を替え品を替え、調べまくる。大抵なにがしかのヒントは得られる。場所がわかれば、ネットの地図で検索する。ここらあたりだなと絞れたら、近くにどんなものがあるか調べる。現在はどんな町になっているかも調べる時がある。
 例えば川端康成に『川のある下町の話』という小説がある。舞台は東京のN町としか書かれていない。Nだけではさすがに調べられない。解説を見ても書いてない。ヒントは? ひとつは、タイトルにある通り、川のそばにある町だということ。ふたつ目は、病院がその川のそばにあるということ。S病院とこれもぼかされている。これらのことは小説を少し読めばわかる。3つ目は、その川に橋が2つ掛かっているということ。これも小説のなかに出てくる。この3つの条件で、ネットで調べまくるとN町というのは品川区の中延、S病院というのが「昭和大学病院」だということがわかってくる。そして川の名前は「立会川」、今は暗渠になっていて地上からは見える部分は少ない。立会川沿いの昭和大学病院のあたりの地図をプリントする。そのプリントを本に挟んでおいて、いつでも見られるようにしておく。
 時代はもっとわかりづらい。戦後の高度成長が始まるか、始まらないころだろうという見当はつく。台風の名前がまだ外人女性の名前の頃、(昭和25年のキティ台風かなと思う)あとは小説が発表される(昭和28年)少し前ぐらいだろうということぐらいである。時代が特定できればあとは年表を取り出してその頃の時代背景を調べる。内閣総理大臣は誰か、どんな事件があったのか、どんな世相だったのか・・・。
 そういった小説には書かれていないことまで調べ上げて想像力を掻き立てて、物語の世界を疑似体験するのである。そうすると、小説に書かれていない部分が見えてくることがある。小説の世界が立ち上がってくるとでも言おうか。これこそが、私が「立体的」という所以である。立ち上がったその小説の世界で自由に遊ぶのである。作者の手から離れて。これが楽しい。

*ネットで「立体的読書」で検索してみたら、他の方の名前も出て来た。私は真似したつもりはないのだが(用語として)、自分が最初に使いだして、自分ひとりが使っていると考えるのは、一人合点だと思いますので、以後注意します。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?