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今日の気になる言葉123

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2020年7月の記事一覧

「生きていていいんだ。」

と渋谷悠氏が私財を投じた#モノローグ・サポートで支援を受けた女優は言った(先日の『あきらめない人々』)。舞台人らがYouTubeでの100回再生を条件に生活資金を得る仕組みだが、彼女の濡れた瞳は金銭を超え自粛中に発表の場を得た歓びを物語っていた。

電線が花や蔦、血管に見えた。

そんな小学3年生時の衝動を契機に、いま「電線愛好家」を名乗る石山蓮華氏(今週の『GOOD NEIGHBORS』』)。愛着は「ラッシングロッドのくねくねが可愛い」と材料にまで及ぶ。「下北沢のミスド2階からの電線の風景」が一番とか。一途に思う力は尊い。

ビジネススーツ・ビルディング。

とは画一的で面白みに欠ける都会のビル(先日の『日本経済新聞』朝刊)。いかに炎上しないかに心を砕き目立つことを好まないサラリーマン社長の増加も原因と五十嵐太郎氏。私も指摘してきたが、“街づくり”と称した個性のかけらもない開発には空しさしか感じない。

どれ位が東京出身じゃないの?

と都民に問うたマンボウやしろ氏(先日の『SkyrocketCompany』)。私も都税は収めたが都民の経験はなく訊きたい。「東京の人は冷たいと言うが冷たい(対応)をつくるのは全国から来た人」と喝破。「東京」なるものの原因は密集・密接が生む焦燥か。

「ゴムホースに生命が宿る。」

と中島由佳氏(先日の『日本経済新聞』朝刊)。道端のゴムホースのとぐろに力強さを感じ、長年の使用で鱗のようになった上半分と色褪せた下半分の対比に同じ物のない一期一会を感じる、という異端。探すまでもなく、風景から浮かび上がるとか。一途に思う力は尊い。

「山葵で日本酒を飲む。」

という言葉が南沢奈央氏から放たれるとは(先日の『あてなよる』)。あてが途切れたときなど私も山葵で飲む事がある。無論、塩だけでも飲めるのだが昔、六本木の飲み屋で朝まで毎日、あてなしで飲んでいた先輩は早逝した。やはり、あてと酒の相性を愉しむのがいい。

「AIを超える。」 と今では夢物語の形容が藤井聡太七段の実力とか(昨日の『クローズアップ現代』)。棋聖戦挑戦権を決定づけた「三六銀」は千万通りのAI分析では評価が低いが7千万通りでは賞賛に変わる。つまりAIが考え抜いた先の一手を指したと言え最早隙がないとも。正に夢。

「弱者でも強者を倒せる。」

と野村克也氏(先日の『あの人に会いたい』)。「野球は意外性のスポーツ」が理由だが、それより何より伊東ゆかりと交際していた柴田勲の打席で「あなたが噛んだ小指が痛い♪」と彼女の曲を歌ったというエピソードは笑った。こんな事をする捕手が今いるのだろうか。

リズムがいい建築と悪い建築。

があると隈研吾氏(先日の『TOKYO SPEAKEASY』)。歩いてリズムに乗れる建築がいいとか。対して「呼吸もリズムだからそれに共鳴する方がいい」と澤和樹・東京藝大学長。広告文にもリズムがあって高級マンションはアダージオに、IT関連はアレグロで。

必ず最高に幸せな事につながる。

と思って目の前の出来事に対処していると千代里氏(『メトロポリターナ』7月号)。「一見、解決に関係なさそうな事が突破口になる場合も多い」という一言が何にでも立ち向かう力をくれる。「ピンチはチャンス」を疑い続けた末の気持ちという素直さにも共感できた。

努力できる親だと努力できる

と脳科学者の中野信子氏(先週の『田中みな実 あったかタイム』)。人が努力できる能力(コップの大きさ)は決まっていて、それ以上コップに努力を注げない。しかもそれが遺伝であることが脳科学の常識とか。自分を努力家とみるかどうかは、自分でも評価が分かれる。

できるに決まってるだろ。

という一流アスリートの言を“クレージーマインド”と言いつつ薦めたメンタルトレーナー・久瑠あさ美氏(先週の『MAKE MY DAY』)。「無理」と「できる」のギリギリを狙って可能な方に導くには、勘違いでもこんな意識が必要とか。大胆に臨んでこそ成就、か。

作家と呼ばれるには足りません。

と99歳まで作家として生きた野上弥生子(先週の『yes!?明日への便り』)。修業が足りずおこがましいと言ったが、思い描く理想があったと推察する。翻ってコピーライターは未経験でも今日から名刺の肩書に書けるが、その代わり以降は容赦ない批評に晒される。

書く事でわだかまりが消失した と三浦瑠璃氏(先日の『ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~』)。「死産した後の心に残る痛みと空っぽになった気持ちを、なぜ夫は理解してくれずにこんなに早く回復するのか」という思いを抱えたまま本を著した。カウンセリングにも似た「書く」という行い。