ただいま

「親方と連絡とれないからちょっと待っとけよ。あぁ、ウチの犬の散歩でもしとけ」
そう言ってリードを渡された。雑種の犬が吠えている…。

画像1



僕の中学はどこにでもある公立中学だ

亭主関白といえば聞こえはいいが、家ではなにもしない昔ながらの鳶職人だった父と、口うるさくもパートに家事に忙しくしている母のもとで僕は育った。
塾の類には縁がなかったが、学校の勉強をやっていればそれなりにテストの点が取れていた。先生がよく気にかけてくれていた。相性もよかったのだろう。

進路の話しがチラチラでてきたころだ
「なにか考えているの?」と聞く母に

「勉強やるなら大学まで行ってちゃんとやりたい。無理なら中卒で働きたい。高卒ならきっと職人になるんだろうから早く働いて仕事覚える方がいい」

そういった僕にむけて母は

「大学に行かせるお金はない。でも高校は行きなさい」

なんだよそれ…。
お金がないのはなんとなくわかっていた。勉強したかった気持ちにケリを付けるために聞いたようなものだ。だが進学するためじゃない高校に行く意味を、当時の僕は理解できなかった。
普段から母の口癖は「金がない」だった。そんなに金がないなら働くのに…と子供ながらに思っていた。
渋々首を縦にふったが、辞めるための高校を選んだ。お金が1番かからない高校を探した。


高校生活は楽しかった。だがやはり学校に行く意味は見いだせなかった。1年生の終わりごろに辞めたいと両親に伝えた。それは親父の逆鱗にふれた。

後にも先にも、この時が1番怒られた。顔が腫れ上がるほど殴られた僕は外に止めてあるバイクに乗って家を飛び出した。2度と帰るものかと、家出の最中に高校を辞めた。

あちこち転々としながら、スナックを経営していた叔母の店で皿洗いのバイトを頼まれた時だ。常連客と思われるうるさいおっさんたちの席に呼ばれた。

「おいお前、大工になれよ」
1番偉そうなおっさんがいった

小学生の頃からヒマなときは鳶職人の親父の仕事についていってた僕は、親父の言葉を思い出した。
「鳶もいいけどよ、職人やるなら大工やれよ。大工が職人じゃ1番だ」

家出するほど顔も見たくなかった親父の言葉がなぜか頭から離れず、僕はその偉そうな大工のおっさんに「お願いします」と伝えた。
その日からこのおっさんは親方になった。


大工の見習いは死ぬほどキツかった。僕の生意気さも重なり兄弟子にもかなりしごかれた。
箸も持てないほどの筋肉痛、減る食欲と体重、慣れない環境による心労。毎日が苦痛だったが、親父の顔がチラついて意地だけで続けた。

かれこれ3ヶ月は実家に帰っていない。
勝手に高校を辞め、勝手に大工になり、1ヶ月半ほど経ったころだ。いよいよ今日の仕事が終われば給料日だ。少ないけど僕の初任給だ。親父を少し見返せるような気がしていたんだ。

朝の集合は兄弟子の家、親方がトラックで迎えに来る予定だった。兄弟子の家の下で待っていたが誰も来ない、兄弟子も電話に出ない。寝坊か?

部屋の呼び鈴をならすと兄弟子はすぐにドアを開けた。着替えも済んでいた。電話を片手に誰かと話している…。

「親方と連絡とれないからちょっと待っとけよ。あぁ、ウチの犬の散歩でもしとけ」
そう言ってリードを渡された。雑種の犬が吠えている…。

人払いのために散歩に行かされたことくらいはわかる。きっとこの犬も2度目の散歩なのだろう…太った体もあるが全く歩かない。
なんとなく時間をつぶして兄弟子の家にもどると電話は終わっていた。

「昨日の夜から親方と連絡がとれない、トラックもない、作業場にあった道具もない。もしかしたらヤバいかもしれない。今日は一旦帰ってまた明日の朝集合な」

状況が飲み込めないままバイクに乗った。家出中だから帰る家はない。夜なら泊めてくれる友人も先輩もみんな仕事だ。金もない。1人バイクで現場に向かいなんとなく掃除から始め、できる作業をした。

やっとありついた今日の寝床だが、なかなか寝れない夜を過ごした。
翌朝、兄弟子の家へ行くと兄弟子は部屋着のままだった。
「親方はみんなの金や道具持って飛んだ…。
悪りぃけど何もしてやれねぇ、解散だ。ウチは解散」

なんとなくそんな気はしていた…でも16才の僕には余裕はない。何も考えられなかった。
兄弟子の家を後にしてバイクを走らせた。何も考えずただぼーっと走らせた。よく知らない道をただひたすら走った。

どこかもよくわからない場所の古びたマンションの裏にあるシケた公園でバイクを止めた。
ベンチに寝そべる。分厚い雲で雨が降りそうだ…あぁ腹減った、もちろん金はない…どん底だ。
あんなキツかったのに意地になってまで続けた大工。初任給すらもらえなかった大工…。
クソみたいな仕事だ。悔しかった。何に悔しいかもよくわからなかったが悔しかった。誰もいない公園のベンチでわんわん泣いた

「家に帰りてぇ…」


疲れていたんだろう。そのまま寝てしまっていた僕は降ってきた雨で起きた。あわててバイクに乗り移動した。叔母の家の近くの道に出た。スナックの開店準備もあるからそろそろ起きてるだろうと叔母の家に避難した。

びしょ濡れで腹ペコの僕に風呂とメシを用意してくれた叔母に説明した「親方が金もって逃げた。死ぬほどキツかったのを耐えたのにただ働きで終わった。大人ってクソだな、みんなクソだ」

叔母は「そうか…」とだけ、その先の言葉が見つからないのだろう。僕は礼を言って叔母の家をあとにした

あてもなく、金もなく、フラフラしていると母から電話が鳴った。3ヶ月ぶりに出た

「おう俺だ、帰ってこい。黙って帰ってこい…な?」

とだけ言って一方的に切られた電話、親父だ。
思わず涙が出て来た。きっと叔母が伝えたんだろう。
キツかった…なにもかも16才の僕にはキツかった。
家に帰ろう…。


3ヶ月ぶりに会う親父は3ヶ月前と変わらなかった。
「ただいま」という僕に「ん」とだけ…。

「話しは聞いた、何も言わねぇから家にいろや。落ち着いたらまた仕事探せ」

そう言ったタイミングで母がメシを出してきた。
料理が下手くそな母のメシはこの時だけはうまかった。


家に帰ってから1週間ほど経ったころ、叔母から電話が鳴った「あんたに会わせてくれって人がいるから店に来なさい」

店に行くとスナックなのにシラフのおっさんが2人

「話し、聞かせてもらったよ。大変だったね。良かったらまた大工やらないか?俺はリフォームとかが多いし大工工事以外もたまにやるけど若い子探してるんだ。 俺は逃げないから。良かったら来ないか?」

叔母が店で話していたようだ。甥っ子が初任給もらえなくて落ち込んでいると。そこから伝え聞いたリフォームをメインとする親方が誘ってくれた。少し警戒して返事に困っている僕に
「とりあえず働かなくてもいいから、少ないけどこれ持って行きなよ。返さなくていい。俺が代わりに給料払うよ。大工嫌いにならないでくれな?まぁ、金が返って来なかったらこの店で飲ませてもらえばいいさガハハハ」

封筒には10万入っていた。僕はその10万を叔母に渡しこの人の飲み代にと

「お願いします。明日から働けます」
僕はまた大工になった


僕の社会人1年目は若すぎた。痛い目にもあった。
でも家族の優しさ、大切さには気付いた。大工も好きになった。もう15年以上も大工だ。
こんな悔しい思いをさせない親方に、いつか一流の人を育てられる親方になるのが夢だ。今までの人生経験を肴に叔母のスナックで飲むんだ。あの時飲めなかった酒をガハハハと笑いながら…。

#大工   #建築   #建設  #職人  #新社会人  #社会人1年目の私へ 



普通の大工さんでツイッターやってます!いいねと思ってくれたらハートマークのとこぜひ押して下さい!フォローしてくれたら泣いて喜びます!ご協力よろしくお願いします!