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『愚か者同盟』 ジョン・ケネディ・トゥール  愛すべきトンデモ男の騒動譚

型破りなヒーローを描いた小説は世に数多あります。
そのヒーローが世間の常識や固定観念をぶち壊していくさまは実に痛快。

この『愚か者同盟』もそんな1冊といえばそうなんですが、それだけにとどまらない読みどころも。

30歳肥満独身トンデモ男の騒動譚。60年代に書かれたが作品となったのは作者の没後でした。そこからさらに長い年月を経ての邦訳版(訳・木原善彦)です。ぜひご一読を。

『愚か者同盟』の内容紹介

1960年代。さまざまな人種と階層の人間が行き交う混沌の街、ニューオーリンズ。 無職、肥満、哲学狂、傍若無人な怠け者にして、口達者なひねくれ者の30歳崖っぷち問題児イグネイシャスは、子煩悩な母アイリーンとふたりで郊外の小さな家で暮らしながら、どこに発表するというあてもない論文を、子供向けレポート用紙に書き散らしていた。 しかしある時、ふたりで街に出かけた帰り、母が自動車で他人の家に突っ込んで多額の借金をこさえ、その返済のため、イグネイシャスはしぶしぶ就活を始める。 イグネイシャスは、潰れかけのアパレル工場、次いで零細ホットドッグ移動販売業者で職を得るが、職場では仕事を放り出し、事務所をリボンで飾り付けつつ黒人たちの労働デモを扇動したり、ホットドッグをつまみ食いした挙句に声を掛けてきた怪しい男に屋台を押し付けて映画に出かけたりするなど、好き勝手やり放題。やがて今度は職場から放り出され、警察にも追われるようになったイグネイシャスは、一癖も二癖もある奇人変人たちを巻き込んだり巻き込まれたりしながら逃亡劇を繰り広げ、ニューオーリンズの街に大騒動を巻き起こす——!!!

国書刊行会HPより

評)2020年代の日本によみがえる愛すべき異端児

まずは表紙(塩井浩平さんの装画がイイ!)のインパクト。
作中でたびたび問題となる主人公イグネイシャスの風貌を具現化するとこうなるのです。

家で、職場で、地域でさまざまな騒動を引き起こすイグネイシャス。それに文句をいう人、露骨に嘲る人などが騒動に輪をかけていきます。これら周囲の人々や社会に対しイグネイシャスは自分なりに対処するのですがー。

この本を読んで頭をよぎるのは、今TVやネットで弁舌をふるうあの人やあの人。詭弁、ヘリクツを早口でまくしたて、よくわからないうちに納得させられてしまう。イグネイシャスの頭がイイゆえのトンデモっぷりにも「それもそうだな」と論破されてしまうのです。が、これが妙に気持ちイイ。

一方、物語はイグネイシャスのような社会不適合者(犬のくだり、泣けます)、黒人、同性愛者への蔑視、貧困や失業といった問題にも斜めに切りこんでいきます。これは気持ちイイとは言えないけれど、この本の重要な要素になっています。

可笑しいのはイグネイシャスだけじゃない。母親も職場のあの人もあの人もみんなどこか可笑しい。「そっか、読んでる自分も可笑しいんだろうな」と思えてくるのです。幽門が開いたり閉じたりしそうな気がするのです(未読の人にはまったく意味不明ですね)。

この本が書かれたのは1960年代。アメリカではカルト的人気を誇り、一時期映画化(ソダーバーグ監督で!?)の話もあったと(本書、訳者あとがきより)。

著者ジョン・ケネディ・トゥールは、まさか2020年代の日本で読まれることになるとは思いもしなかったでしょう。それを可能にしたのは木原善彦さんによる”今”を感じさせる翻訳です。哲学狂のイグネイシャスの綴る論文に登場する人物たちの注釈もありがたい。

現代社会の風刺や教訓と捉えることもできますが、ま、そんなことは抜きにして、愛すべき最高のトリックスターの騒動譚を楽しめれば、と思う1冊です。


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