『愚か者同盟』 ジョン・ケネディ・トゥール 愛すべきトンデモ男の騒動譚
型破りなヒーローを描いた小説は世に数多あります。
そのヒーローが世間の常識や固定観念をぶち壊していくさまは実に痛快。
この『愚か者同盟』もそんな1冊といえばそうなんですが、それだけにとどまらない読みどころも。
30歳肥満独身トンデモ男の騒動譚。60年代に書かれたが作品となったのは作者の没後でした。そこからさらに長い年月を経ての邦訳版(訳・木原善彦)です。ぜひご一読を。
『愚か者同盟』の内容紹介
評)2020年代の日本によみがえる愛すべき異端児
まずは表紙(塩井浩平さんの装画がイイ!)のインパクト。
作中でたびたび問題となる主人公イグネイシャスの風貌を具現化するとこうなるのです。
家で、職場で、地域でさまざまな騒動を引き起こすイグネイシャス。それに文句をいう人、露骨に嘲る人などが騒動に輪をかけていきます。これら周囲の人々や社会に対しイグネイシャスは自分なりに対処するのですがー。
この本を読んで頭をよぎるのは、今TVやネットで弁舌をふるうあの人やあの人。詭弁、ヘリクツを早口でまくしたて、よくわからないうちに納得させられてしまう。イグネイシャスの頭がイイゆえのトンデモっぷりにも「それもそうだな」と論破されてしまうのです。が、これが妙に気持ちイイ。
一方、物語はイグネイシャスのような社会不適合者(犬のくだり、泣けます)、黒人、同性愛者への蔑視、貧困や失業といった問題にも斜めに切りこんでいきます。これは気持ちイイとは言えないけれど、この本の重要な要素になっています。
可笑しいのはイグネイシャスだけじゃない。母親も職場のあの人もあの人もみんなどこか可笑しい。「そっか、読んでる自分も可笑しいんだろうな」と思えてくるのです。幽門が開いたり閉じたりしそうな気がするのです(未読の人にはまったく意味不明ですね)。
この本が書かれたのは1960年代。アメリカではカルト的人気を誇り、一時期映画化(ソダーバーグ監督で!?)の話もあったと(本書、訳者あとがきより)。
著者ジョン・ケネディ・トゥールは、まさか2020年代の日本で読まれることになるとは思いもしなかったでしょう。それを可能にしたのは木原善彦さんによる”今”を感じさせる翻訳です。哲学狂のイグネイシャスの綴る論文に登場する人物たちの注釈もありがたい。
現代社会の風刺や教訓と捉えることもできますが、ま、そんなことは抜きにして、愛すべき最高のトリックスターの騒動譚を楽しめれば、と思う1冊です。
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