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【二次創作小説】BAT VIRUS/BAT EXPERIENCE

夜遅くこんばんは。すでに二次創作漫画のほうは公開してますがPixivでだいぶ前に書いた未完結のシン・仮面ライダー二次創作小説を見つけたので今さらながら発掘してきました

映画本編のネタバレ
若干のグロテスクな描写、表現

を含みます

BAT VIRUS前編

「緑川の小娘……か。賑やかなことだ」

自らのアジトにしつらえられた広大な実験室。アンティーク調のテーブルの隅に置いたタブレット端末にリアルタイムで表示され続ける4分割にされた監視カメラ映像を横目に、コウモリオーグは実験器具を扱う手を休めずに独りごちる。組織によるオーグメンテーション手術で聴覚が常人の数倍に強化された尖った長い耳が遠くで響く銃声を拾う。

3回、いや4回。間隔を空けて放たれる銃声には一切の無駄がない。アジトの見張りには生身の下級構成員ではなく自身で開発した《ヒト型等身大対人兵器》を数体配置していたはずだが、その駆動音がいつの間にか途絶えていた。

「久しぶりね、コウモリおじさん」

すぐ背後に人の気配、それと鼻をつく火薬の臭い。人と蝙蝠が融合したもはや異形としか言いようのない顔の眉根に皺が刻まれる。不快だ。

「……何用だ。ワシは見てのとおり研究で忙しい」
「そのようね。例のものは完成したのかしら」
「要件を言え」

コウモリオーグがふり返ると黒い拳銃を構えた緑川ルリ子と目が合う。

「手短に言うわ、おじさんの《作品》を全て破壊させてほしいの」
「……何?そんな恐ろしい事が出来るはずがないだろう」

ふざけるな。儂の研究成果バットヴィルースを台無しにさせてたまるか。君なんかに。

「帰りたまえ、儂は研究に戻る」
「……交渉決裂ね」

バンッという銃声と共にガラスが背後で砕ける音がする。細かな破片と血のように赤い液体がコウモリオーグの着ている白衣に降りかかり、細く煙をあげた。

「……服が汚れる、今すぐ止めろ」
「なら条件を受け入れて」
「ノーコメント、承諾しかねる」

再びの銃声。反対の肩を液体が濡らす。そろそろ我慢の限界だ。ここは《アレ》……の出番か。

「わかった……君の提示した条件はのもう。その前にこちらへ来たまえ」
「そう、理解が早くて助かるわ」

コウモリオーグが舞台の上へルリ子を手まねく。

「もっと近くへ」
「何?」

疑いの表情のままルリ子が階段を上がってくる。コウモリオーグは革張りの椅子から立ち上がりつつ、傍らに置いていた横にスリットの入った白い帽子と金色の握りがついたステッキを素早く手に取る。薬品で焼け焦げた白衣を脱ぎ、椅子の背もたれに掛ける。

「ルリ子君……だったかね。君を儂の実験台サンプルにしてあげよう」
「…………光栄に思いたまえ」

ルリ子が自分の目と鼻の距離まで近づいた瞬間を狙って両手に握りこんだステッキを胸のあたりまで持ち上げ、先端で床を思いっきり突く。途端にルリ子が糸が切れたようにその場へ倒れる。上手くいった。コウモリオーグの口元に歪んだ笑みが浮かび、それは次第に高らかな哄笑へと変わっていった。

【前編 了】

BAT VIRUS後編+EXTRA

「待ち兼ねたぞ、バッタくん!」

アジトの天井を支えるはりに本物のコウモリさながらに逆さになりぶら下がった姿勢のまま、コウモリオーグが訪問者に向かって声をはり上げる。

「あなたがコウモリオーグか」
「……いかにも!儂がSHOCKER生化学主幹研究者であるコウモリオーグだ」

訪問者、すなわち組織の裏切り者である《第一バッタオーグ》が自らのアジトを訪ねて来るとはなんという偶然だろうか。すでに実験の準備は整っている。後は完璧なタイミングで発動させるのみだ。

「悪いがルリ子さんを返してもらう」
「ほう、あの小娘を探しに来たのか?なら……会わせてやろう」

コウモリオーグが身体に巻きつけた片方の翼を開いて合図を出すように一振りする。するとはるか下の黒い幕が張られた舞台袖から茶色のコート姿の緑川ルリ子が現れた。

「ルリ子さん?無事だったのか」

バッタオーグが駆けよる。小娘の様子を見て異変に気づいたらしい。動揺しているのが手に取るように分かる。

「……彼女に何をした」
「……少々儂の実験に協力してもらおうかと思ってね。なあに、死んではいないさ」

コウモリオーグは相手からの質問を無視して話を続ける。

「君は……人間を《最も死に追いやったもの》が何か知っているかね?」
「……戦争」
「違う」

「飢餓」
「それも違う」

「貧困」
「他には?思い浮かぶままに言ってみたまえ」

「……ウイルス、疫病」
「ご名答、素晴らしい‼︎」

コウモリオーグは実に嬉しくてたまらないという表情で翼を羽ばたかせた。腕を変化させていなければ大きな拍手を送っていたことだろう。

「そうだ、その通りだよバッタくん。疫病だ」
「……それが一体何だと言うんだ」

バッタオーグが疑問を投げかける。

「儂の専門分野は生化学……つまり【化学を基礎とし、化学的方法を用いて生物体の構成成分を決定し、生物体におけるそれらの状態や相互間の化学反応を解明し、生物体の生活現象における意義を研究する学問】おっと失礼、用語が多すぎた。その過程で疫病にも興味を持った……という訳だ。人は如何 いかにして病になるのか、そしてそれは如何にして人を死に至らしめるのか」

「……答えになってない。彼女に何をしたと聞いている」
「ああ、すまない。要するに……彼女には実験台になってもらった。儂の愛しきバットヴィルースの、な」

コウモリオーグは悪びれもせずに告げる。バッタオーグが困惑する姿が目に浮かぶようだ。

「そんな……。元に、元に戻す方法はないのか」
「ない。儂が新たに作り出したものだからね」
「本当に?」
「儂の言うことが信用できないのか、ないと言ったらない」

コウモリオーグはそこまで言い切って口元を歪める。今のは嘘だ。本当は方法がある。解毒剤はいざという時のために作っておくものだ。隠し場所は自らの両翼の先端と、お気に入りの帽子の裏側だが絶対に教えない。

「さあ、分かったらさっさと帰りたまえ。儂は忙しい」
「いや……僕はこのまま退くわけにはいかない。ルリ子さんを返してもらうまでは!」
「……諦めの悪い男だな、君は。仕方あるまい、別の手段を使おう。周りを見ろ」

コウモリオーグがばさりと芝居がかった動きで両翼を広げる。いつの間にかローマの闘技場に似た円形の観客席に客が入っていた。その誰もが茶色のコートを身につけ、ショートカットの髪をしている。中の衣装までそっくり同じだった。

「これは……?」
「全てバットヴィルースのサンプルだ。君の目の前にいる彼女もすでにその一部だがね……悪いことは言わないバッタくん、今すぐ変身を解きたまえ。無益な戦闘はなるべく避けたい」

「…………わかった」

バッタオーグが腰のベルトに手をやり赤い風車のパーツを押すとせり出した部分が回転し、ベルトの排出口から虹色の炎のようなものが放出される。続いてマスクの顎部のロックが外れ、両手で引き上げると素顔があらわになった。

「うむ、大変素直でよろしい」
「約束だ、ルリ子さんを元に戻してくれ」
「よかろう」

コウモリオーグはぶら下がった梁を反動をつけて片足で蹴り、両翼で滑空しながら舞台の上に降り立つ。腕を翼から通常の形態に戻すと白いズボンのポケットから透明な液体の入った小さな試験管を取り出し、バッタオーグに手渡す。

「これを彼女の口に含ませたまえ、それで解毒できる」

解毒剤の入った試験管を受け取ったバッタオーグがすぐに実行に移した。それを見たコウモリオーグは満足げに微笑む。

(……かかった)

「そいつを殺せ……!」

コウモリオーグがルリ子に近寄り、耳元で囁く。突如として自分へ拳銃を構えるルリ子に驚きを隠せないバッタオーグ。だが、ルリ子は静止したまま動かない。

(……なんだ、どうした。何故動かない)

ルリ子の様子がおかしいことに気づいたコウモリオーグが一歩近づく。再び囁こうと顔を寄せた瞬間、ルリ子がくるりと反転し拳銃を発砲した。

「な……な、何をする小娘‼︎ 」

ルリ子の奇行にコウモリオーグは半ば声を引きつらせながら飛び退く。左肩と上腕に弾が命中し、黒いシャツに血が染み出していた。

「ば、バットヴィルースは確かに作用しているはずだ。なのに何故動ける⁈」
「……ところがぎっちょん、教えてあげましょうか。プラーナを体の中に保持している私と彼に貴方のヴィルースは効かないわ」

ルリ子の言葉にコウモリオーグは閉口する。プラーナ?聞いたこともない単語だ。自分の知らないものがあるとすれば……それはおそらく。

(み、緑川……奴の研究か!)

コウモリオーグは思案するまでもなくすぐに悟った。そうだ、あの男以外にない。目の前に立つ小娘も、バッタオーグも全て奴の作品だ。無意識のうちに強く歯を噛みしめていた。悔しい、それと同時に今とてつもなく緑川弘が憎かった。

「…………儂の、完全な敗北だ。今日のところは退散するとしよう」

コウモリオーグは自らの怒りが頂点に達しそうになる感覚に耐えつつ、二人に背を向ける。翼に変化させた腕を広げた時に客席にいるサンプルへ命令を出し、腹立ち紛れに全て融解させた。

「待ちなさい!」

ルリ子が静止した時には遅く、コウモリオーグはアジトの外へと逃走して行く最中だった。左の翼の下に大穴が二箇所も空いた状態で飛行するのは容易いことではない。

「……後を追って。あれだとそれほど遠くには行けない、倒すなら今がチャンス」
「でもルリ子さん……僕は」
「いいから行きなさい。これは貴方の仕事よ」



抜けるような青い空、暑い日差し、線路を行く貨物列車、熱をふくんだ砂利、地に伏した自分、背骨から胸部を圧迫する《奴》の脚……が完全に貫通しているのは研究以外に疎い自分でもよく分かる。お気に入りの淡いレモン色のベストの背中へじわじわと血が染みていく感覚がひどく不快だった。

(お前なんかに、儂の邪魔をさせるものか!)

押さえつけられた姿勢のまま両腕を変化させた巨大な翼で必死の抵抗を試みるが、全く動けない。まるでそこにだけ杭でも打ち込まれたように相手の脚はびくともしなかった。

(……う、動けん。このままでは儂は)

コウモリオーグの思考ががそこまで至った時、それは訪れた。全身の感覚が急速に鈍くなり、足先から消えてゆく。SHOCKERの秘密を外部に漏らさないため、各構成員の体は融解するように仕組まれているとは耳にしていたが、これが……そうなのか。

「緑川……なぜだ。何故誰も儂を、儂の研究を理解しようとしないのだ…………?」

コウモリオーグの口から組織に所属してからずっと抱いていた疑問がこぼれる。次の言葉を紡ごうと再び口を開いた時、すでに顔のあたりまで達した融解の泡がそれを飲み込んでいった。

【後編 了】

***

『お目覚めになられましたか、コウモリオーグ様』

流暢な日本語、どこか機械的な口調が自分の名前を呼ぶ。目を開く。視線をめぐらせるとワイン色のブレザーを着た外世界観測用自律型人工知能・Kと白い独特なデザインの手術着を身に纏 まとったSHOCKER科学陣が数名、無表情に佇んでいる。どうやら自分は今、手術台の上にいるらしい。ベストごと前を開かれた黒いシャツ、その腹部に白い布かタオルのようなものが掛けられているのが見える。

『ご安心ください、胸部の傷はこちらにいらっしゃる科学陣の方々が迅速に処置致しましたので』
「……ああ、そのようだな。ところでK、ひとつ質問があるのだが構わないかね」
『はい、何なりと』
「何故、儂は……《生きている》」

コウモリオーグは変化が解けた両手で顔を覆った。普段は手袋をしているため見えることはないが手首から先は不気味な小豆色に変色し、指先には鉤爪が生えていた。

『それなら、私がアイに頼んだのです。貴方にはまだやり残したtaskがあると。そして次こそ叶えられるようにそのbodyを再構築させてほしいと』
「…………余計なことを。それで儂が喜ぶとでも思ったのか? 残念だなK、儂は緑川がいない世界に用はない。もう一度殺せ」
『しかしそれでは意味がありません』
「意味など必要ない、殺せ!」

感情に任せて叫んだコウモリオーグの腹部が鈍く痛む。顔を歪めて布の上から押さえる。

『……誠に申し訳ありませんコウモリオーグ様。私がしたことは間違っていたようです。お詫びにもなりませんがお食事でもいかがでしょうか』
「ふん、分かればいい。食事だと?儂には必要ない、悪いがアジトに戻らせてもらう」

Kの謝罪を受けコウモリオーグは少し表情を和らげたが、食事の誘いは断った。何を食べても飲んでも味がしないのだ。聴覚、嗅覚、視覚ほかには問題はない。ただ味覚だけが欠落している。

『そんなこと仰らずに。たまには良いものですよ、外気に触れるというのも』
「…………わかった。少しだけなら付き合おう」
『great! そうこなくては。ではご案内致します、どうぞこちらへ』

Kに促されコウモリオーグは手術台から降りる。靴もズボンも履いたままだったのはありがたい。シャツとベストのボタンを閉め直しつつ、Kの後に続いた。



都会の夜景を眺めながら食事を摂る……という良さが今ひとつ理解できない。Kに案内されたのはSHOCKERが所有するビルの屋上。簡易ではあるが準備された黒いテーブルには暗い赤色のクロスが掛けられている。椅子も同じ配色で、クロスの上にはパンやクッキーの入ったバスケットと受け皿に乗った白いカップが向かい合わせに置かれている。落ち着いた雰囲気に頑なだったコウモリオーグの警戒もほんの少し緩んだ。

『コーヒーか紅茶、どちらになさいますか』
「どちらでも同じだ、味はしないからな……紅茶を頼む」
『かしこまりました』

注文を聞いたKがクロスの上のカップへどこから取り出したのか手にしたポットで紅茶を注ぐ。良い香りが漂った。

『さあ、お召し上がりください』
「……ああ、いただくよ」

コウモリオーグは受け皿からカップを持ち上げ、口へ運ぶ。一口、二口……やはり味は……。

「味が……する? Kお前い、一体何をした」
『何も特別なことはしていません。ただ紅茶をかなり濃いめに淹れただけです。気に入っていただけましたか?』

目を見開いて驚くコウモリオーグにKはさらりと種を明かす。

『コウモリオーグ様、この際ですから申し上げますが貴方様の味覚は完全にlostしたわけではありません。拡張手術の弊害でただ感じづらいというだけなのです』
「知っていたなら……もっと早く言え」
『失礼。喜ぶ顔が見たかったので……申し訳ありません』

コウモリオーグは久しぶりに食事を味わう喜びを感じながらKへ小言を言う。本当は嬉しいはずなのに、口から次いで出る言葉はいつも本心とは真逆になってしまう。

「いや……構わん。そっちのパンなんかも同じかね」
『ええ。お召し上がりになりますか』
「ああ、一つもらおうか」

Kからパンとクッキーをそれぞれ受け取り、紅茶と一緒に飲み下す。自然と笑みがこぼれた。

『素晴らしい、貴方様の笑顔、初めて見ました。ところで……コウモリオーグ様、ひとつご相談が』
「何かね」
『コブラオーグという名前にお心当たりはございませんか』
「……いや全くない。新しく開発されたオーグメントかね」
『そうですか。チョウオーグ様亡き今、我々SHOCKERの秩序はバラバラです。改めてまとめ直す必要があります』

Kは姿勢を正してコウモリオーグを見つめる。

『ご協力願えますか、SHOCKERの明日のために』
「儂に出来ることなら、何なりと」

コウモリオーグはKに向かってにやりと笑ってみせた。こんな夜も悪くない。

【EXTRA 了】

あとがき

前編から続けてこちらも読んでくださった方、本当にありがとうございます。
この作品は4/22に初鑑賞してきて日を置かずに書きだしたのですが、気がつけば細部の会話やアクションシーンの記憶がおぼろげになっていて一部映画本編にない場面などで補うことになりました……EXTRAは自分の中で「こうだったらよかったな」というIFを詰めこみました。よければこちらも楽しんでいただければ幸いです。

BAT EXPERIENCE前編

クモ、サソリ、K.Kカマキリカメレオン、チョウオーグを組織を裏切って逃走した第1、第2バッタオーグに倒された今、SHOCKERは壊滅の危機にあった。

(……さて、一体何から手をつけたものか)

唯一、外世界観測用自律型人工知能Kの願いを聞き入れたアイの判断によって一度融解したはずの体を再構築され復活を果たしたコウモリオーグは白い手袋をはめた片手を顎にあてて思案する。

(作品……バットヴィルースの予備は数えるほどしか残っていない、実験用のサンプルも人手も足りん)

ちらとアジトにある実験室を眺める。試験管や瓶へ自らの体内から精製し後生大事に収めていた血のように赤い液体……すなわちバットヴィルースはほとんどの棚からごっそり無くなっていた。誰がやったのかおおよその想像はつく。コウモリオーグはテーブルに置いていたオレンジ色の電話のダイヤルを回し、受話器を取って耳にあてる。

「……直接会って話したいことがある、すぐに来られそうかね」
『good morningコウモリオーグ様。承知致しました、そちらへ向かいます』



「…………という計画プランを新しく立ててみたのだがどう思うK、君の考えを聞かせてほしい」

朝も昼も夜もなく全てが静止したような実験室の片隅、アンティーク調のテーブルを挟んで向かい合わせに座ったKにコウモリオーグは尋ねる。

『それは……またvery difficultな計画をお立てになりましたね、成功する確率は未知数かと。何しろ今まで前例がありませんので』
「……なるほど、よく分かった。悪いが早速作業に取りかかりたい、必要なものはここにメモしたから揃えてくれるかね」
『承知しました』

Kはコウモリオーグから手渡された黄ばんだ紙を受け取るとワイン色のブレザーの胸ポケットへとしまう。

『……コウモリオーグ様』
「なんだ」

立ち去ろうとしたKが不意に声をかけてきたのでコウモリオーグは手元の書類から顔を上げる。

『もしかしてお1人でお寂しいのですか』
「突然何を言う。儂は寂しくなど……」
『ではなぜ、泣いてらっしゃるのです?』

そう言われてコウモリオーグは初めて自分が涙を流していたことに気づく。こんなことは今までなかったのに。手で拭っても拭っても、目から溢れて止まらない。墨を水へ落とした時のように薄く赤が混じったそれは人間のものではない。コウモリオーグが書類の上に落ちた涙のあとを驚いた目で見つめていると、目の前に真っ白なハンカチが差し出される。

『こちらを』
「ああ……すまない」

コウモリオーグは差し出されたハンカチで両目の周りを素早く拭きとるとKに返した。

『それでは失礼致します。また何か連絡事がおありでしたらそちらのtelephoneでご連絡ください』



それからしばらく経ち、コウモリオーグはKの後に続いてSHOCKER本部の地下層に来ていた。眼前にはネオン色の水に満たされた広大なプールのような装置……《人工子宮》が鎮座している。そこに今、計5体の人の姿をした何かがゆったりと漂っていた。

「おお……ついに、遂に完成したか!」
『いえ、まだfinal taskが残っております。こちらはコウモリオーグ様が直接行われるのがよろしいかと』

Kは新たな《作品》を目の当たりにして子どものようにはしゃぐコウモリオーグに告げる。

「それもそうだな……アジトに連れ帰りたい、1人外に出せるかね?」
『承知しました、すぐに』

Kが頷き、人工子宮のプールの中から手前にいた個体を引き出した。背中やへそなど体のあちこちに繋げられていたケーブルが外れ、個体が目を覚ます。虚ろな蛍光ピンク色の瞳がコウモリオーグの姿を捉え、歯を剥き出して不気味にわらった。



『いかがですかコウモリオーグ様、先日連れ帰られた個体のご調整は』
「ああ、それなら驚くほど順調だ。元々の組織による洗脳技術に加え、余った儂のバットヴィルースを注ぎこんだ……装備はいささか急造だが戦闘には問題あるまい」

コウモリオーグはこった眉根を指先で揉み、欠伸をかみ殺す。両の下瞼には濃い隈ができていた。

『では……今夜にでも決行なさるおつもりですか』
「無論、そのつもりだ」

『左様でございますか。どうかご武運を』
「ああ」

コウモリオーグは短く笑い、Kとの電話を切った。

「……来い」

コウモリオーグが実験室の奥へ呼びかけるとまるで影が抜け出てきたかのように蝙蝠を模した黒いマスクと防護服で身を固めた集団が整列する。リーダー格らしき個体が前に進み出てコウモリオーグの足元へひざまずき、頭を垂れる。

「聞け。今夜が君らの初仕事だ……失敗は許されん。仮面ライダー第02+01号を……必ず殺せ」

リーダー格が無言で頷く。会話ができない訳ではないが計画の実行に不必要だと判断した感情は抑えるよう、洗脳とヴィルースでコントロールしている。

「よし、行け。儂も後から向かう」
『……承知』

うやうやしくお辞儀をしてリーダー格の個体はその場から下がる。戻り際に背後に控えていた集団に向かって指を鳴らす。一斉に蝙蝠たちが動いた。腕を翼に変化させ、それぞれにアジトから外へと飛び立ってゆく。コウモリオーグはその光景を満足げな表情で見送った。



アンチSHOCKER同盟……すなわち情報機関の男・滝と政府の男・立花、緑川ルリ子、本郷猛でいつだったか結成したものだ。新たに出現が確認された《コブラオーグ》の追跡を依頼された一文字隼人は新たな明るい緑と銀色のマスク、紅と白にカラーリングされたシン・サイクロン号で指定されたポイントに向かっていた。

【……ここを抜けたら目的地よ、油断しないで】

マスクに定着させた緑川ルリ子のプラーナが一文字に忠告する。行手には苔むした廃墟のようなトンネルが建っていた。

(いかにも何か出そうなトンネルだな、さっさと抜けよう)

【そうね】

一文字はルリ子に従ってサイクロン号の速度を上げ、廃トンネルに突入する。中は意外に広く、アーチ型が半円を描いて等間隔に続いている。照明は点いてはいるが薄暗い。

【待って。何か……いる、周囲を警戒して】

半分くらいまで進んだ時、ルリ子が警告を発する。一文字はゆっくりと周囲を見回すが何の気配も感じられない。

(お嬢さんの気のせいじゃないか?出口まであと少しだ、進もう)

一文字は警告を無視してサイクロン号を走らせる。頭上の照明が一瞬点滅し、元に戻る。その途端背中を衝撃が襲った。一文字はのけ反り、サイクロン号を緊急停車させる。

(な……何だ、今何かに蹴られた?)

一文字は振り返るが、そこには何もいない。続けて後頭部と腹部を狙って打撃が来たが避ける。

【だから言ったでしょ、無視するからよ】

ルリ子の声が怒りをふくんでいる。

(悪い悪い。でも……参ったな、相手が見えないんじゃ戦いようがない)

【ごもっともね。私の蓄積してるデータだとK.Kオーグみたいに透明化してるのかも……だとしたら見つけるのは難しいわ】

一文字のマスクの視界上でビデオのようにルリ子が生前に遭遇したK.Kオーグの映像が再生される。

(ふーむ、じゃあ今ここにいるのも3種合成型の可能性があるわけか。面倒だな)

【ええ。今から打開策を練るから、あなたはとにかくトンネルの出口までサイクロンで走って】

(了解)



感づかれたか。マスクと防護服を着用させた部隊に奇襲をかけさせたが、どうやら失敗したようだ。K.Kオーグの残したデータの中にあった自身を透明化するマントに着想を得た《あの方》がものは試しだと部隊の防護服とマスク、私のスーツに光学迷彩を施したのは意外だった。

『追え……逃すな』

廃トンネルの天井から透明化したままぶら下がり、様子を観察していたリーダー格は続けて指示を出す。着用したマスクごしに口々に『了解』の声が届く。念のためあの方に報告をいれるか。

『……コウモリ様、ご覧になられましたか』
「ああ。今、手元のタブレットで直にな……しかし分からんな」

リーダー格がマスクを通じてコウモリオーグと通信を繋ぐと不機嫌な声が返ってくる。

『何がでしょう』
「君らが奇襲をかけた後の奴らの行動、まるでこちらの光学迷彩を見抜いているような様子だった」
『……なるほど、確かに。発声による会話は一切していなかったようでしたし、もしや……あのマスク』
「うむ。Kから渡されたデータによると本郷猛と緑川ルリ子のプラーナ……つまり魂とか意識のようなものが定着させてあるらしい」

そこでギリっと歯を噛みしめる音がした。強い憎しみを感じる。

『魂や意識……。そんなものを固定化する技術がSHOCKERに?』
「あるにはあった。緑川が研究していたらしいが……儂は専門外だ。正直なところよく知らん」

緑川。かつて組織に所属し、後に裏切ったという緑川弘博士のことだろうか。あの方とはライバル関係にあったとKから聞いている。

『左様ですか。では、引き続き別部隊と共に追撃致します』
「ああ、頼んだ。現在そちらへ移動中だ、あと数分ほどで到着する」
『了解』

通信が遮断された。リーダー格はトンネルの天井に逆さまになったまま歩き出す。同じコウモリの特性を持つ彼らからすれば容易いことだった。



(さすがにこの辺まで来れば追って来ないだろう)

ルリ子の指示で無我夢中でサイクロン号を走らせていた一文字はあたりを見回す。空は夕日が沈み、暗い色に変わっていた。襲撃を受けた廃トンネルを抜けると少し先に住宅街が広がっており、その一角に入った。

【まだ何とも言えないけど……休憩は必要ね。どこか休める場所を探しましょう】
【ああ、僕もルリ子さんに賛成だ】

「うん。そうだな、そうしよう」

一文字は頷き、目についた日本家屋の前でサイクロン号を停車させる。

「ここにするか。野宿よりはマシそうだ」

一文字はサイクロン号から降り、玄関の前に立つ。中は暗く鍵はもちろんのこと閉まっていた。ちょっと力を入れるだけで扉は簡単に開いた。

【念のため後からあのヒゲ男たちに連絡したほうがいいかも。不法侵入になるし】

マスクの中でルリ子が注意する。一文字は「そうだな」と返し、玄関を奥へと進む。廊下を挟んで左右にはふすま、さらに奥のほうに階段が見える。

【一応警戒は怠らないで。何がいても不思議じゃないわ】

ルリ子からの提案で一階から調べることにした。襖を手前から順に開けて中を見ていく。どの部屋も無人だった。

【一階は大丈夫ね、じゃあ二階を調べましょう】

「ああ」

続いて調べた二階も無人だった。マスクごしのルリ子と本郷も安心した様子で、一文字は再び一階に下りてきた。

(ん……?おかしいな)

【どうした一文字】

首を傾げる一文字に本郷が尋ねてくる。

(いや、さっき二階に上がる時たしかにここの襖を閉めていった気がするんだが……ほんの少し《開いてる》んだよ)

【単に閉め忘れただけじゃないの?一階も二階も無人だったし、玄関から誰かが入ってきたら気づくもの】

「うーん……そうだよな。じゃあ俺の思い違いか」

一文字がそう言いながら襖に手をかけた瞬間だった。内側からスッと襖が開いた。驚いた一文字が手を引っこめる。

「誰だ……いるなら出てこい!」

一文字の言葉に応じたのか襖の奥から相手が姿を現わす。奇妙な黒いマスクと防護服姿の男だった。それが蝙蝠こうもりの顔を形どったものだと遅れて気づく。蝙蝠マスクの男は無言で一文字に中へ入るように促した。

「…………流石に待ちくたびれたよ、まあお茶でもいかがかね」

一文字が部屋に入ると背後で襖が閉められた。照明は点いていないが奥に誰かが座っているのがマスクを通して確認できる。和室には不釣り合いな白い帽子とスーツ、膝にはステッキを乗せていた。

【あなたは……そんな確かに僕が】
【……予想外の相手ね】

マスク内のルリ子と本郷がほとんど同時に呟く。

(二人とも彼を知ってるのか?)

一文字の質問にまた同時に返事が返ってくる。机の上には湯呑みと受け皿が向かい合わせで置かれ、白いスーツの男の湯呑みへどこから現れたのか先ほど廊下で見た蝙蝠マスクの男が急須から慣れた手つきで茶を注ぐ。

「まあ、そこに座りたまえ。君を襲うつもりはない……少々聞きたいことがあってね」

一文字は白いスーツの男に手で示された場所に座る。音もなく現れた蝙蝠マスクの男が一文字の湯呑みへも茶を注いでいった。

「俺は初対面で名前を名乗らない奴は信用しないことにしてる。あんたの名は」
「おや、そちらのマスクの中の《緑川の小娘とバッタくん》から聞かなかったかね?では改めて名乗るとしよう……SHOCKER生化学主幹研究者のコウモリオーグ、だ」

白いスーツの男……コウモリオーグは被っていた帽子を脱いで軽く会釈をし、一文字の顔を見てにやりと笑った。

【後編に続く】

BAT EXPERIENCE後編(未完結)

「おや……君は名乗らないのかね?」

コウモリオーグが帽子を被り直し、一文字を見る。

「俺は一文字隼人。今は……仮面ライダー第2+1号だが」
「なら、《バッタくん2号》とでも呼ばせてもらおうか。嫌かね」
「……あんたの好きにしろ。で、俺に聞きたいことってのはなんだ」

コウモリオーグは手にした湯呑みの茶を音をたてて飲みきると、ことりと受け皿に置く。

「では……単刀直入に言おうか。君には死んでもらいたい。SHOCKERに裏切り者は何人も必要ないのでね」

それが合図だったかのようにコウモリオーグの周りにいた蝙蝠マスクの男たちが動いた。目にも止まらない速さで一文字は畳に叩きつけられ、手と足を拘束される。

【ここじゃ戦いづらい、外へ出よう一文字】
【そうね、推奨するわ】

「どうかね、儂の新しい《作品》は」

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