「そもそも著作権ってなんですか? 」水野祐×深津貴之×加藤貞顕【第1回】

※本記事は、2019年1月28日に行われた鼎談を記事化したものです。

インターネットを通じて、noteでも、だれもが創作し発表できる時代。創作活動が広がる一方で、創作物の根本的な権利を定める「著作権」とは何かという課題が持ち上がってきます。そもそも「著作権」とはどんな権利なのでしょうか。 その決まりを破るとどうなるのか、コピーと引用の境目、盗作とオマージュの境目はどこにあるのか? 正しいリテラシーを持って、法を犯さず安心・安全かつ自由に創作をはじめ続けていくために、インターネット以降のカルチャーに造詣が深く、ITやクリエイティブ業界で活躍する弁護士・水野祐さんに話を聞きました。

クリエイターの権利を守り、文化を発展させるための著作権

加藤 今日はありがとうございます。noteはいろんなクリエイターの著作物を掲載しているサイトなわけですが、今日は創作物のいちばん基本的な権利である、著作権について教えていただきたいと思い、水野弁護士に来ていただきました。

水野 今日はよろしくおねがいします。

加藤 さっそくですが、そもそも著作権ってなんなのか? どんな目的で、だれのためにあるのか? といったあたりから始めたいです。

水野 そうですね。そもそも著作権は「著作権法」に規定されています。法律にはかならず制定された目的があるんですが、著作権法の目的は「文化を発展させること」です。条文にもそう書いてあります。

(目的)第一条 
この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。

引用:国益社団法人著作権情報センター 著作権データベース

著作権法の第1条をみると「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする」と書いてあります。

加藤 なるほど。最後に文化の発展、と書いてありますね。ただ、その前のほうの記述はちょっとわかりにくいな。

水野 つまり、文化的所産=コンテンツの自由利用に配慮して、クリエイターやその周辺の人たちの権利を守って、文化を発展させようということです。

深津 自由利用と保護の両方のバランスということですよね。もともとのルーツは英国の国王による特許からの派生と聞いたことがあります。

水野 著作権の起源については諸説ありますが、もともとは活版印刷技術が生まれたことにより、印刷技術の独占権として生まれたと言われます。著作権は英語では「Copyright」ですが、文字通り「印刷・複製(Copy)」する「権利(Right)」ですね。日本では、明治時代に初めて著作権法が制定されました。現行の著作権法は1970年にできたもので、実は来年2020年に50周年という節目の年を迎えます。

著作権という権利がなぜあるのか、必要なのか、という点に関して、伝統的な見解は、著作者の創作を促す「インセンティブ(動機づけ)」として独占権を与え、それによって著作者がどんどん著作物を創ることによって、文化を豊かにしていこう」という世界観に依っています。
 
加藤 なるほど。著作者に対して独占権を与えると、安心して物創りができるようになって、それで結果的に文化が発展するというロジックなんですね。

水野 ただ、後でもお話しすることになると思いますが、このような著作権が前提としてきた世界観はインターネットの時代に揺らいでいます。私も個人的には、このような世界観はやや現在の権利者を優遇しすぎていると考えています。なので、私としては、著作権法は、「創作的な表現について著作者や著作権者、そして利用者などの関係者の利害関係を調整するルール」と、もう少しフラットに考えています。さきほどの深津さんの言葉を借りるのであれば、自由利用と保護のバランスを図る法律、つまりオープン・クローズのバランスを図る法律っていうことだと思います。

加藤 前から少し不思議だなと思っているのですが、普通のモノって、財産権とか所有権で考えるじゃないですか。著作物についてはその範疇外で考えるのは、物理的な形がないからですかね?

水野 そうですね。民法は「物」とは「有体物」をいうと定義していますが、著作権を含む知的財産権は、情報という「無体物」に関する権利で、民法ではカバーできないんです。

加藤 そういえば、著作権法って、民法に入ってるんですか? それとも刑法?

水野 著作権法は民法の特別法、つまり特別版と考えられていますが、刑事罰も規定されていますので、その意味では刑法の特別法でもあります。

深津 憲法との関係でいうと、どうなりますか?

水野 憲法との関係では、著作権は、「表現の自由」と「財産権の保障」あたりと関係していますね。

深津 表現の自由を前提に、例外的に独占権をあげると。

水野 その通りです。表現の自由を前提にすると、クリエイターは他人の表現のコピーも含め、どんな表現をしても自由なはずです。著作権はこのような表現の自由に一定の制限・例外を設けるルールと言えます。

加藤 このような独占権って、理屈上は「規制」なので、ほんとうの意味での自由からは遠ざかりますよね。でもそうまでしてでも、クリエイターの権利を守ることで、結果的に文化が発展する、という思想だったんですね。

著作権を侵害するとどうなる? コンテンツの差し止め、逮捕罰金も。

加藤 著作権の前提や目指すところが確認できたので、その先を話していきましょう。じゃあ一番シビアなケースから。著作権って、仮に侵害するとどうなるのか、具体的に教えていただけますか?

水野 著作権を侵害すると、民事上は、侵害したコンテンツの差し止めと損害賠償が課される可能性があります。また例外的に、名誉回復の措置が認められることもあります。これが民事責任ですが、刑事責任も課される可能性があります。刑事罰は、10年以下の懲役または1,000万円以下の罰金、もしくはその両方が課せられるのが原則です。法人の場合には3億円以下の罰金になります。

加藤 映画館で流れてくるやつだ。

水野 ええ。ただ刑事は今のところ、ごく一部の例外を除いて基本的には「親告罪」です。つまり被害者である権利者が告訴しない限り起訴されることはありません。また民事でも、基本的には著作者や著作権者などの権利者本人が動かない限り訴訟などのトラブルになることはありません。

加藤 そうそう。親告罪なんですよね。ただ一般的に、本人が実際に訴訟や告訴などに動くのはかなり労力がかかりますよね。

水野 はい。著作権が扱っている領域は損害賠償が少額になりがちなので、仮に勝っても弁護士代すら賄えないこともある。そこは著作権法の課題だと思っています。

加藤 著作権侵害で警察が動くようなケースってけっこうあるものなんですか?

水野 刑事罰は「故意」がある場合に限られますし、原則として悪質なケースに限られます。ただし、「故意」は誰かの著作権を侵害しているという程度の漠然とした認識がある場合も含みますし、「親告罪」といっても被害者の告訴がない限り「起訴」できないだけであって、実際に警察が捜査だけすることもあると言われています。話題となった「ハイスコアガール事件*」では、著作権法違反の疑いで販売元であるスクウェア・エニックスが警察により家宅捜索を受け、漫画家や関係者が書類送検されました。

(*ゲームセンターを舞台にした青春群像漫画『ハイスコアガール』がアニメ化するタイミングで、ゲームの製作会社が漫画の中にゲームキャラを無断使用したとして告訴し、刑事事件に発展した事件)

深津 この事件は、編集者が許諾を得ていないのに得たと言っていたり、元々のゲーム制作会社が倒産してライセンスの会社に権利が移行したり、いろいろと不運が重なったように見えます。

水野 そうですね。普通の感覚だと、刑事罰まではいかないケースだと思います。そういう状況もあって「ありえない」と有識者たちが抗議の声明文を出しました。結局和解が成立して民事・刑事とも取り下げられたという結末を迎えました。

加藤 このあたりは、そうとう例外的なケースですよね?

水野 はい。現行のルールでは刑事罰は親告罪なので、警察が動くケースは多くはありません。

情報の自由利用とトレードオフにある著作者を保護する権利

水野 ただ、TPPなどの影響により、この刑事罰の部分を「非親告罪化*」しようという流れもあるんですよ。そうなった場合、警察が世論や“空気”で動くことができるので、コミケや同人誌など、表現の自由が危なくなるリスクがあると思います。

(*著作権を侵害された著作権者が望んでいるかどうかを問わず処罰をすること)

加藤 なるほど。それは下手をすると国家的な検閲にもなりかねないですよね。世界的には非親告化がメジャーなんですか?

水野 そうでもないんですが、アメリカは一部が非親告罪なんですよね。ただ、アメリカにはそれを緩和する役割を担う「フェアユース*」規定があって、ある意味でバランスをとっている。日本でもフェアユース規定の導入については何年も議論されていますが、権利者団体の反対にあって、実現していません。

(*アメリカ著作権法に定められている著作権の例外規定のひとつ。著作権侵害の主張に抗弁する事由になる)

加藤 アメリカでは著作権を放棄したり、保護期間が終了した「パブリックドメイン*」も広く使われてますよね。

(*保護任期満了、継承者不在、権利放棄などにより著作物等の著作権が公有化されたもの)

水野 もちろんパブリックドメインは日本にも一応はあるんですが、欧米に比べてその価値を理解している方が少ないような印象を持っています。「青空文庫」はその貴重な例外ですね。アメリカは、もともと博物館や美術館などでパブリックドメインを積極的に活用しようという文化がありますし、オバマ政権が行政や政治のオープンデータ化を進め、情報の自由利用が加速している印象があります。

深津 一方で、アメリカは歴史的にも、ディズニーやハリウッドなどの映画業界が自分たちの権利を守るためにがんばってきた面がありますよね。

水野 情報の自由利用と権利者の保護はトレードオフの関係になりがちなので、そのバランスとどう取っていくかは著作権法の最重要課題です。欧米も日本も、インターネットの普及以降、この2つのベクトルが別々の方向性に伸びていて、完全に二極化している状態と言えます。

著作物とは? 作家性があって“エモ”くて、ありふれた表現ではないもの

深津 著作権の定義を確認したいです。そもそも著作物って、なにが該当するんですか?

水野 かんたんに言うと、創作性があるかどうかがカギになります。「ありふれた表現ではないこと」が重要なんですね。適用範囲は小説や歌詞などの文章はもちろんですが、それ以外にも音楽、絵画、写真、建築物はすべて著作物に当たります。

一方、アイデアや機能性が高いものは(著作権法では)保護しないというルールがあって、プログラム、設計図、プロダクトデザイン、ファッションなどは微妙なラインで、保護されるものと保護されないものがあります。

例えば、幼児用の椅子として有名な「TRIPPTRAPP」が著作物として認められた事例もあります。アメリカではチアリーディングのユニフォームのデザインを著作物とみなすかどうかの判決が最高裁で争われ、認められる判決が出ています。とはいえ、これらは個別事案の判決で、プロダクトデザインやファッションデザインにおいて著作物ではない、つまり著作権で保護されないと判断されているものも沢山あるので、一般化できるわけではないことに注意が必要です。

深津 デザイン業界において、フォントは著作物なのか怪しい、という例があります。

水野 そう。「モリサワタイプフェイス事件」で、タイプフェイス(書体)は相当個性的なものでない限り原則著作物として認めないとされました。フォントについては、タイプフェイスとは厳密には異なるデータファイルなので、プログラムの著作物として認められる可能性はそれなりにあると言われています

深津 たとえばですが、もし僕が独自のカットで「タコさんウインナー」を作ったらどうなります?

水野 見たこともない斬新な造形だったら、著作物に入ってくるかもしれません(笑)。

加藤 作家性があって、“エモい”切り方であればいいんですかね?

水野 著作物は「思想又は感情の創作的な表現」と定義されていて、個性の発露が必要だとされているので、今風に言えば“エモい”は必要要素になりますね。一方で、決して芸術的に「高度か」どうかは問われません。

加藤 将棋や囲碁の棋譜どうですか? 棋士の思想信条が反映されているものだと思うんですが。

水野 朝日新聞社が主催している将棋大会の模様をYouTubeで勝手に中継して流す行為が棋譜の著作権を侵害するかが話題になりましたが、基本的に、棋譜自体は著作物とはいえないと考えます。野球のスコアやそれを記録したスコアブックと同じです。もちろん、大会の模様や野球の試合自体を勝手に配信することは別の問題がありますが。

加藤 新聞の見出しはどうでしょう?

水野 新聞やネットニュースの見出しも多くが著作物とはいえません。「読売オンライン事件」といって、新聞の見出しが著作物かどうか争われたことがありますが、短く、ありふれた表現のみで構成された見出しは著作物にはあたらないという判決が出てます。

加藤 じゃあ、コンピュータのプログラムはどうですか? プログラムって、テキストだし、プログラマの思想と感情も表現されているといってもいいと思うんですが。

水野 プログラムは1980年代に著作権法の改正により、著作物に含まれることになりましたが、さきほども申し上げたように機能的なものとされているので、なんでもかんでも著作物と認められるわけではありません。

加藤 そうか。ドナルド・クヌースの『文芸的プログラミング』という本では、「プログラミングは、芸術であり、文学だ」と言ってるんですけどねえ。

水野 それはフィロソフィー・哲学の話しでもあると思うのですけど、たしかにその主張はプログラムを著作権法で保護することと整合的な意見です。ただ、一般的には、プログラムは機能的な著作物であって、プログラマーの個性が発揮されていない、ありふれたプログラムは著作物ではないと考えられています。裁判例では、プログラムに著作物性があるといえるためには、指令の表現自体や、指令の表現の組み合わせ、表現順序からなるプログラム全体に選択の幅が十分にあり、かつ、それがありふれた表現ではなく、作成者の個性が表れていることが必要と判断されています。たとえば、辞典や教本を参考にしたHTMLやプログラムの記載に選択の余地がない部分、汎用性・抽象度の高いモジュールなどについて著作物ではないと判断されたものがあります。

深津 アイデアとかは、別の制度である、特許で保護するんですよね。

水野 そう。特許権は技術的なアイデアの保護ができます。一方で、著作権はアイデアを保護しないという大きなルールがある。これはアイデアが思想感情の発露だとしても、そのようなアイデアはできるだけ広く社会で共有されたほうが人類の発展のためには有益だ、という思想によるものです。著作権は特許権と異なり特許庁にお金を払って登録しなくても作成した瞬間に自動的に権利が発生するので、もしアイデアに著作権が発生するとしたら、誰かがいいアイデアを思いついた瞬間に、そのアイデアが特定の人に独占されてしまい、他の人が使えなくなってしまう。

加藤 そうなると私たちの社会は停滞したり、息苦しくなって困りますね。

水野 おっしゃるとおりです。ですから、あくまでアイデアを個性の発露として表現した段階で初めて著作物であるとして、著作権で保護してあげますよ、と。そういう法律にしたわけです。でも、アイデアか表現かの境界は微妙で、ここが著作権の難しいところで、トラブルになるところですね。

加藤 なるほど。こうしてみると、著作権というのはかなり限定された場合だけに適応される、すごく特別で例外的な独占権なんですね。そして、法律も著作権を簡単に発生させるとまずいと考えていると。

つづく。

■弁護士・水野祐さんプロフィール
弁護士(シティライツ法律事務所)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師。同SFC研究所上席所員(リーガルデザイン・ラボ)。グッドデザイン賞審査員。IT、クリエイティブ、まちづくり分野のスタートアップや大企業の新規事業、経営企画等に対するハンズオンのリーガルサービスや先端・戦略法務に従事。行政や自治体の委員、アドバイザー等も務めている。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』、共著に『0→1(ゼロトゥワン)を生み出す発想の極意』、『オープンデザイン参加と共創から生まれる「つくりかたの未来」』など。
Twitter : @TasukuMizunonote
note:@tasukumizuno

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note編集部

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