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蝦蟇が叫ぶ街

二年前、うちの近所で殺人事件があった。一人暮らしの女子大生が殺され、バラバラに切断されて公園の池に捨てられたのである。公園には警察の規制テープが張られ、鑑識の人たちはシュノーケルを装着して池に潜ったり、池の底のヘドロのようなかたまりを手網ですくい上げたりしていた。殺されてから発見されるまでの時間が長かったので、死体は池の魚や亀に食べられてほとんど残っていなかったそうだ。鑑識の人たちは被害者の骨や歯を探していたのかもしれない。私はその様子を集合住宅の四階の共用廊下から見下ろしていた。犯人は間もなく逮捕され、事件は解決したかに思われた。しかし、それからしばらくして、公園にはヒキガエルが大量に発生しはじめたのである。すぐに都の専門家グループが現地調査に乗り出した。すると池にはネグレリア・フォーレリと呼ばれる寄生アメーバが増殖していることが判明した。そのアメーバに寄生された人間は脳がどろどろに溶けて死ぬので、池の近くには遊泳禁止の看板が建てられ、そのせいで余計に人が寄ってこなくなった。そうすると公園の池はもはやヒキガエルの楽園である。天国じゃなくても楽園じゃなくてもあなたに会えたしあわせ感じて風になりたい。路上ミュージシャンの和田が池から離れた芝生の丘陵地帯でドレッドノートのギターを弾きながら歌っている。どれだけ天気がよくても人は少ない。そして夜になればカエルたちの無秩序なアンサンブル。公園に立ち寄れば必ずと言ってよいほどカエルと遭遇し、遭遇したカエルは漏れなく重なって交尾している。毎日が繁殖期、毎日が発情期。寄生アメーバの怖ろしさをインターネットで知った私は、マダム浙江省の愛称で知られる隣家のおばさんの勧めで、浄水器を設置することにした。寄生アメーバは水道水にも侵入することがあると言って強く勧められた。浄水器はキッチンと風呂場で三十万近くしたけれど、脳が溶けて死ぬよりはマシである。たしかに三十万という金は当時無職だった私には痛かったが、毎日安心して水が飲めることを思えば安いものである。それもこれもマダム浙江省のおかげである。ありがとうマダム。ありがとう浙江省。私のような一人暮らしの貧乏人ですら浄水器を買って取り付けたくらいなので、この近所のご家庭はほとんど浄水器を設置して暮らしていた。その人たちも都の水質検査に不信感を持っていたから四十万のギブソンより浄水器を買うことを選んだのである。自分の身は自分で守らなければなりません。それはマダム浙江省の教えでもあった。いまや彼女はこの地区の中年女性たちのオピニオンリーダー的存在にのし上がっており、行政の人々からも一目置かれていた。売れば浄水器を買ってお釣りがくるギターを手放さなかった和田は、とうとうネグレリア・フォーレリに寄生されて死亡した。彼が死ぬ直前までいっしょうけんめい演奏し歌っていたのは、ビートルズのヘルプという曲だった。ウォンチュープリーズのファルセットのところで和田は鼻血を出して倒れた。倒れた拍子に四十万相当のギブソンのネックが折れ、たわんだブロンズの弦が胸のまわりにまとわりついた。ディラン気取りでサングラスなどかけていたために、誰も彼の顔色の悪さに気がつかなかった。卒倒してからも彼を介抱しようとする者はいなかった。ネグレリア・フォーレリが人から人へ感染しないという保証はどこにもないので近寄らないに越したことはないという発想なのだろうか。介抱したところでどのみち和田の死は確定していたのだが。マダム浙江省とその一派の中年女性も井戸端会議の途中で、遠くから和田が倒れるところを見ていたが、芝生の上で気持ちよく寝ているのかと思い放置したと後に語った。演奏の途中で急に寝たりするだろうか。マダムたちは和田の急変に気づきながら見て見ぬふりをした可能性が高い。いずれにせよ和田は死んだ。和田は騒音の権化たる路上ミュージシャンのなかでも一際うるさかったし、歌も演奏もあまり上手くなかったので、この地区の人々にはたいそう嫌われていた。素人でもわかるチューニングの甘さ、リズムのよれ、そういったものを多くの人が不快に感じていた。なまじ他人様の曲を歌うので、著作権者の預かり知らぬところで迷惑をかけることにもなる。自分の曲をどこの馬の骨とも知れぬ下手な素人歌手に歌われてよろこぶコンポーザーがいるだろうか。兼ねてからこの地区の害悪だった和田がとうとう死んだと知って、内心ではみんな大悦びしていた。彼は芝生の丘陵地帯の高いところに大の字になって倒れ、鼻からは液状化したピンク色の脳味噌を垂れ流していた。サングラスで覆われていてもはっきりとわかるのは、彼の表情が恍惚の真っ只なかにあることだった。

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