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私以外全員反社

会社の会議室を使って行われる健康診断で、血液検査の列に並んでいると、荒々しい昇り龍の絵が私の目に飛び込んできた。それは男の背中に刻まれた巨大な刺青だった。彼は別部署の社員で、一、二度口をきいた程度だったが、暴力団員であることは知らなかった。知っていたらもっと適切な距離をとっていただろう。自分の務める会社がフロント企業⊂ブラック企業だと気づいてしまったからといって、いますぐ退職するわけにはいかない。こちらにも生活があるのだ。ふとまわりに目をやると、眉を顰めているのは私くらいで、列に並んでいる他の社員たちはドラゴン・タトゥーの男など歯牙にもかけず、朗らかに雑談しつつ順番を待っていた。なぜそんなにのほほんとしていられるのか。もしかすると彼らも反社の手先なのかもしれない。私以外全員反社。そう考えると辻褄が合う。会議室で半裸になって、これ見よがしに龍の刺青をさらしている男も異常だが、そんな威圧的な暴力団員が自分たちの勤め先に紛れ込んでいることを屁とも思わないこいつらも異常ではないのか。自分の勤め先がフロント企業でも一向にかまわないというのか。それとも、異常なのは、いまやファッションの一部であるタトゥーへの理解がぜんぜんない私の価値観の古さなのか。順番がまわってきて、龍を背負った男がパイプ椅子から立ち上がる。採血係の医療従事者はショートボブで、鉄面皮な女だった。男の腕から血管を探りあて、サッとアルコールで消毒すると、すかさず注射針を滑り込ませ、ゆっくりと血を抜いてゆく。男の血は青かった。アルメニアの空のように真っ青な液体がシリンダーを満たしてゆく。採血を終えた男は水色のシャツを羽織り、ボタンをとめながら、私のほうに歩いてきた。おれの血の色がそんなに珍しいか? 男は私の胸ぐらをつかんで強引に持ち上げようとした。これだからヤクザは嫌いだ。何かあるとすぐに暴力。遵法精神の欠片もない。モラルもマナーも教養もない。そのことをかっこいいとさえ思っている。やめろ、やめてくれ。お願いだ。殴らないでくれ。助けてくれ。そこで正気を取り戻した私は、採血係の女性に何度も名前を呼ばれていることにハッと気がついた。貧血で頭がくらくらしていた。16ポンドのボーリング球が脳天に直撃してズガイコツが粉々に砕け散ったような感じがした。壁は白く、窓からは陽の光が射していた。会社の外の路上に停まっているバスのなかでレントゲン写真を撮られた。レントゲン技師は、受診者を犬畜生のように扱った。一仕事終えたら、チョコ・クロワッサンを食べた。紅茶を飲んだ。水筒に入れて携帯している紅茶は、夕方になっても熱かった。

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