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蝦蟇が叫ぶ街2

近所の公園にヒキガエルが大量発生してから、小学生たちがそれを捕まえにやってくるようになった。捕まえたカエルを飼育するのではなく、アスファルトに叩きつけて殺すのである。メンコのように力いっぱい地面に叩きつけられたカエルはひとたまりもなく、長い舌をべろっと伸ばし、仰向けになったままピクリとも動かない。そのようなカエルの死骸がそこらじゅうに転がっており、陽が射すと干からびて干物になる。生命を粗末にするなと注意すべきところであるが、カエルの大量発生に頭を悩ませていた大人たちは、小学生による大量殺戮を積極的に奨励した。それは害虫駆除の一環なのでどんどんやりなさい。地元の小学校ではスタンプカードが配布され、殺したカエルの数に応じてスタンプがもらえる。スタンプを百個貯めると五百円相当の図書券がもらえ、千個貯めると藤堂市長から表彰状が授与される。この市長、ガマガエルのような疣々しい顔をした男である。実は人間に化けた大蝦蟇ではないか、大蝦蟇の霊にとりつかれた悪魔なのではないか、などといった非科学的で荒唐無稽な噂が実しやかに囁かれていた。表彰状を贈られた三名の小学生は全員謎の失踪を遂げていた。行方不明になった少年Aを夜半の駅前で目撃したという路上ミュージシャンの和田によれば、A君の服は地面を引きずりまわされたようにボロボロで、顔色は緑がかった土のような色をしていて、小学四年生にしてはいやにゴツゴツしていたという。一緒に歌うことをしつこく要求してくるタイプのミュージシャンの目撃談は、その内容の異常さも相俟って、あまり信用されていなかった。一方で、少年がカエルの祟りでカエルにされてしまったのではないかと信じる者もいた。しかし二週間後、行方不明になっていた少年たちは、全員ひょっこりと戻ってきた。いったいおまえたちはどこで何をしていたのかと、警察や他の大人たちが訊ねても記憶にないという。そのことをみんな不気味に思いながらも、ひとまず無事だったことを喜んだ。が、今度は少年たちの家族が失踪したのである。少年Bの父親と母親はいっぺんに蒸発した。彼は一人っ子で身寄りもなかったため、炊事洗濯などすべて自力でこなし、きちんと学校にも通った。ヤングケアラーが社会問題化している昨今、少年Bの境遇が特別に劣悪であるとも言えなかったし、両親が蒸発する前からこのようなことは何度かあった。二人は共働きで、放任主義と称した半ネグレクトの状態に少年を置いていたのだ。自分が一種の虐待を受けているとはまったく思っていなかった少年は、父親のアメックス・プラチナで食料を買い漁り、コック・オー・ヴァンをつくったり、キッチンの床にずらりと並んだ酒瓶から好きなものを選んで飲んだりした。ヘネシーやレミー・マルタンもある。未成年がアルコール類を買うことは法律で禁じられているとはいえ、備蓄されているものだけで当面は困らない。土曜日の夜にはドライ・マティーニを飲み、徹夜でゴッドファーザー三部作を見た。父親が月に一度の楽しみにしていたキューバ産の葉巻も吸った。どうせまた二週間後に戻ってくるだろうという誰かの根拠のない想像の通り、二人は二週間後にふらりと戻ってきた。かくて少年Bのホームアローン生活には終止符が打たれた。小学生にしては放埒すぎる生活を、帰ってきた両親に咎められることもなかった。レッセ・フェールとは、つまりそういうことである。失踪した人が生還すると、入れ替わるようにその周辺人物が失踪し、そしてまた二週間後に何事もなかったかのように戻ってくる。失踪者はその間に自分の身に起きたことを何一つ憶えていない。このような奇妙な連鎖が街じゅうで起きていた。戻ってきた人たちはみな、人が変わり、あらゆる物事に対して無頓着な性格になっていた。職場の人に怒られても無表情。瞼は常に半開きで、眠いのかと訊ねても反応はなく、ただずっと静止して、この世の終わりでも待つように壁に掛かったペナントを眺めている。いったい彼らに何があったのか。戻ってきた人たちは、失踪する前と本当に同一人物なのか。少年たちが不在だった約二週間のあいだに、公園のヒキガエルはまた増えはじめていた。小学生による駆除が行われる前より明らかに増えており、その成長速度も異常に早い。増えたカエルたちはあちこちで重なり合い、パートナーをとっかえひっかえ乱交し、その鳴き声のうるささから、地域住民は夜も眠れなくなってしまった。寝不足になった人の顔はまるで大蝦蟇であり、そのひどい面を鏡で拝むと、自分がカエルに祟られているのではないかという思い込みから、益々蝦蟇に似てくる始末だった。

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