見出し画像

花見にて

平日の真っ昼間にもかかわらず目黒川の桜を見にきているあの大勢の人は、いったい何をして生計を立てているのだろうか。「おまえは自分の生計の心配だけしていろ」交通整理をしているガードマンにそう言われた。多くの人であふれているこの場所は、例の圧死事故を招いた梨泰院の一歩手前のレベルにまできている。とんでもない数だ。人があつまるところには、ゴミが発生する。縁日で買った食べ物の食べ残しや、ロイヤルチーズバーガーの包装紙、使用済みの割り箸やプラスチックの容器などを道端に平然と捨ててゆく。なかには河川に投棄する者までいる。そのせいで川面には桜の花びらだけでなく多種多様なペットボトルがぷかぷか浮かんでおり、その下にも目に見えない多くのゴミが沈んでいるのがわかる。手を伸ばせばぶつかる距離に人がいるにもかかわらず、歩きタバコをする者が無数におり、濛々たる副流煙で目が痛くなる。火のついた吸い殻をそのまま川に投げ捨てている。やめるよう注意してトラブルに巻き込まれたり、額に根性焼きを喰らうのが嫌なので、誰も注意しようとしない。見たところ若者の花見客が多い。腕や首に入れ墨を入れた半グレのような若者もいるが、大半はふつうの若者である。時間が経てば、自分たちの捨てたゴミは自然とアスファルトに吸収され消えてなくなるものと信じているタイプの、ふつうの若者である。彼らはみな裕福な家庭に生まれ育ち、有名私大に通い、春休みには親のカネで恋人と花見をしに行く。学費の心配など一切せず、不正な方法で書かれたレポートで卒業し、親のコネで一流企業に就職する。そんな人間をたくさん見てきた。私は院にまで進んだが、何一つ身にならず、あとには多額の借金だけが残った。奨学金の返済のために、いまこうして、花見客の交通整理のアルバイトをしているわけだが、返済の目処は立っていない。返しても返しても利息が膨らんで元の木阿弥、昨今の物価高でエンゲル係数はうなぎ登り、交通整理のアルバイトなどいくらやったところで私の借金は一向に減らない金融システムになっている。若者たちは桜の木の前でパシャパシャと写真を撮り、何がそんなに楽しいのか、声を出して笑い合っている。ぶかぶかの服を着た茶髪の女学生は友人としゃべるのに夢中で、自転車と接触しそうになる。ヘルメットをかぶった男が不機嫌そうに舌打ちする。その日は夏でもないのにひどく暑く、会社で支給されている厚い生地の制服を着ていると、汗だくになってきた。思えば前日から一片のバゲットしか食べていない。食べ物を買うお金がないのだ。頭がくらくらしてきて、意識を失い、その場に倒れた。息はなかった。おまえは通行の妨げになるという理由でゴミだらけの河川にそのまま投棄された。やったあ! これで奨学金返済の地獄から解放されたぞ。ありがとう神さま。心のなかでそう唱えながらおまえは静かに涙を流し、そして成仏した。昇天かもしれない。おまえには信仰がなかった。おまえには、生まれてから死ぬまで何もなかった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?