ブラック企業勤めのアラサーが文学フリマ東京に出るタイプのアラフォーに成長するまでの話⑤

前回までのあらすじ
ブラック企業勤めで心身を病んだ山羊座の女(アラサー)は2019年、朗読と文章の学校に通い始めた。そして迎えた2020年コロナ禍、ブラック企業は多少漂白されるも、朗読と文章の学校の休校が続いた。何となく満たされない思いを抱えて申し込んだ「文章の学校」での学びを経て、山羊座の女は「フィクションを書くこと」への気持ちをさらに高めてゆく。


 コロナ禍で、朗読の文章の学校がままならなかった時。「ウリウリの会」が結成された。これは朗読と文章の学校の女性メンバー5人によるオンラインの会合である。そこでは読書会をしたり、朗読会をしたり、ただおしゃべりをしたり……。遠方に転勤したり、持病があって外出を自粛していたりなど、直接はなかなか会えなくなった私たちにとって、月1程度の頻度でLINE通話ではしゃぐのが、鬱屈とした日々のちいさな癒しになっていた。

 そんな中、2021年夏のある日。のちに文芸サークル「声朗堂」の旗揚げメンバーになる糸瓜曜子が、こんなことを言った。

「このメンバーで、リレー小説がしたい!!」

 糸瓜曜子の目は輝いていた。
 しかし、画面の向こうの他の三人はほほ笑むばかりだった。

「文章を書きたい気持ちはあるけれど、時間がない」
「文章を今以上に書きたくない」

 そのどちらなのか、あるいはどちらでもないのか、私には判断がつかなかったが、とにかく糸瓜曜子の「リレー小説がしたい!!」という言葉は彼女の手のひらで輝くチャミスルの泡のように消えていった。

 そのあとどんな会話になったのか。今となっては思い出せないが、私はこう考えていた。

「リレー小説は責任も生じるし、できる自信がないけれど、長い文章は書いてみたい」

 朗読と文章の学校で400字。文章の学校で800字。短い文章を何本も書いてきた私は、10000字くらいの長めの文章を書いてみたいな、と頭の片隅でずっと考えていた。しかし、書きたい話もテーマも特になかったし、締め切りが設けられないと書けない性格なので、なかなか手を出せずにいたのだ。

 数日後、私は思い切って、糸瓜曜子にLINEをした。

「お互いにお題を出し合って、月に2000字ずつ書いて、10000字以上の作品を作りませんか?」

 二つ返事でOKをくれた糸瓜曜子と、まずお題について話し合った。

 実は、ウリウリの会のほかの三人にはなくて、糸瓜曜子と私にだけある共通点がある。それは「朗読と文章の学校」だけでなく「文章の学校」にも通ったことがあるということだ。

 「文章の学校」については第4回で詳しく述べたが、全12回の授業のうち、第11回のテーマとして「フィクション」というものがある。その回では、「いつ、どこで、だれが(何が)、何をした」というのを受講者が思い付きでどんどん出して、それをお題として文章を書く。

たとえば、

いつ  2024年夏 / 1986年冬 / いつかの木曜日 / ある満月の夜
どこで  動物園で / 自宅で / 喫茶店で /レイキャビクで
だれが(何が)  若い男 / 中学生 / ゾウ / つつじ
何をした くしゃみをした / 泣いた / 失恋した / 抱き合った

という風に言葉を出し合って、それを「1986年冬、自宅で、中学生が、くしゃみをした」というように組み合わせたお題を作って文章を書く、という形だ。

 糸瓜曜子には「文章の学校のフィクション回のように、『いつ、どこで、だれが、何をした』というお題を出し合って、それを自由に組み合わせて作品を作りましょう!」と提案した。そしてさっそく二人でお題を出し合った。

 お題は、各自3パターンずつ出した。最初に私が出したお題は次のとおりである。

いつ  春 / スカイツリーの完成間際 / 平成元年
どこで  陸橋の上 / 体育館 / 教会
だれが(何が) シマエナガ / 初老の女性 / あの人に似た人
何をした  ボールを投げた / あくびをした / 音楽を聴いた

 そして迎えた第1回。糸瓜曜子は、「シマエナガ」を採用した文章を書いてきた。私はその文章を読んでふるえた。

 糸瓜曜子。

 私は彼女のことを公の場ではフルネームで呼ぶ。私的な場でも時折フルネームで呼ぶ。実は彼女の方が年上なのだが、フルネームで呼び捨てる。

 それは大学時代の先生の教えに由来する。

「尊敬する文学者、研究者は呼び捨てにするものだ」

 だから論文では文学者・研究者に敬称を付ける必要はないと、先生はおっしゃった。

 私は「朗読と文章の学校」で彼女の文章を読んで以来、彼女の文章に魅せられている。ほかのみんなも魅せられているけれど、わたしがいちばん魅せられている! そう主張したくて、私は糸瓜曜子を時折フルネームで呼び捨てた。「私には尊敬する人は呼び捨てするという悪癖があるのです!」といいながら。

 シマエナガについての文章は、『声朗堂文集0 イチマンブンノゼロ』に収録されていて、私はこの本を人にお渡しするときに、「まずこちらをお読みください」と言ってしまう。どの作品もすばらしいのだけど、この文章を読むたびに私はいつも心が震えるし、打ちのめされる。そして最終的に「ていうか覆面作家なのでは?」と思う。

 第1回からそんなすばらしい文章を書いてきた糸瓜曜子と、10000字よりも長い、ながいふたり旅が始まった。

 そしてこのふたり旅、三人旅になり、四人旅になり、そして五人旅になるのだが、次回はとりあえず、四人旅になるところまで。


 糸瓜曜子のシマエナガの文章もこちら(https://nankaofyagiza.booth.pm/items/469527)に載っているので、よかったら文フリ東京で手に取られてみてください。

 ちなみに私が糸瓜曜子の出したお題のうち「万里の長城」を採用して書いた作品はこちら(https://nankaofyagiza.booth.pm/items/5329040)に掲載しております。よかったらこちらもよろしくお願いいたします。


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