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『知時畜』

『知時畜』【超短編小説 090】

大学生の雄太はバイト帰りの道端で黒いバンの運転手が何かに怒っているのを見かける。
どうやら飛んできた鳥がフロントライトにぶつかってヘッドライトカバーが破損したらしい。鳥は跳ね飛ばされてどこかへ消えてしまったのだがフロントライトには鳥の羽と血がべっとりと付いていた。
雄太はその現場をちらりと見ながら早足で家路を急いだ。

次の朝、雄太はいつも通りに朝早く学校へと行くために駅に向かい歩いていると半透明のゴミ袋に入れられて血痕のついた何かが捨てられているのに気が付いた。どうやら昨日の夜に見かけたバンが跳ねた鳥の死骸のようだったのだが、その鳥はハトでもカラスでもなくニワトリだった。
雄太はそのゴミ袋の前を通りながら「ふぅ」と深いため息をついた。

雄太は小学生のころからこの街に住んでいて、この街のことはたいてい何でも知っている。私鉄沿線の小さな駅を中心に広がるこの小さなベットタウンにも都市伝説のような噂話があった。

それは、駅前の路地裏にある「gaugauバーガー」という店の10円バーガーを100個食べるとニワトリになってしまうという子供だましの都市伝説に過ぎなかった。しかし、子供の間では10円バーガーという魅力的な商品と安さの謎が相まってその存在と都市伝説を知らないものはいなかった。
雄太の世代がこの話で一番盛り上がっていて10円バーガーを食べた人はヒーローのように扱われていた。そして雄太も仲間と一緒に10円バーガーを食べたことがあり、みんな何個食べたか数を数えていたのだ。

当時の仲間のほとんどがこの街から引越してしまった今、「gaugauバーガー」の10円バーガーを人知れず食べ続けていたのは雄太だけとなった。そして、ちょうど2日前に雄太は100個目の10円バーガーを食べたのだ。

10円バーガーを食べた瞬間から、雄太は何とも言えない違和感を感じた。雄太の体は見る見るうちに変化していった、足は徐々に短くなり、指の間には薄い膜が生え始め、体は痒みと同時に無数の羽が生えてきたのだった。部屋の鏡を覗くとそこに映るのはもはや人間の姿ではなくニワトリそのもので顔も鳥の顔に変わっていた。

雄太は驚きと恐怖で声を上げようとしたが、出てきたのは、「コケコッコー」という甲高い鳴き声だけだった。 下の階にいた父と母が鳴き声に気付き2階に上がってきたが、雄太の部屋には誰も、何もいなかった。

ニワトリになった雄太は窓から外へと飛び降りていた。雄太には計画があったのだ。人間に戻るための計画が。

この街にある2つ目の都市伝説の「ミミズの呪い」は、この街に面した山のふもとにある寂れた神社の裏にある石碑に触れると呪われてミミズになるという噂で、この話には続きがあり、ミミズになった最初の満月の夜にもう一度その石碑に触れればもとの姿に戻れるというものだった。

雄太はニワトリの姿になりながらも一目散にその神社へ向かった。明日は満月であることを調べていた雄太は10円バーガーの100個目を食べる日を今日と決めていた。
今日中に石碑に触れればミミズに変身するが、そのまま石碑の上で一日過ごし、明日の満月の夜が来たら元の姿に戻れるのだ。

これが雄太の計画だった。 さすがにニワトリに変化したときは驚いたが冷静さを取り戻した雄太は無事に神社に到着した。そして石碑の上で眠りについた。

翌朝、雄太の体はニワトリからミミズに変わっていた。なんとも奇妙な感覚であったが、思い通りに事が運んでいるので安心して石碑の上で一日を過ごした。

雲一つない夜空には無数の星が輝いている。

あと数時間もすれば満月が石碑の上に現れるだろう。
雄太は石碑の上で考えた、「世界広しといえども、こんな経験をしたのは僕ぐらいだろう。元にもどったら有名人にでもなってやろうかなぁ」なんてことを考えながらウトウトしているとやがて満月が雄太と石碑を照らした。

雄太の体に変化が現れ、ミミズだった体は、
ニワトリに戻った。

雄太の計画では人間の姿に戻るはずだったのに的が外れたのだ。
ニワトリの姿の雄太は、焦って我を忘れて暴れまわった。
羽がそこら中に飛び散る。

雄太は暴れながらも、元に戻る方法を探すために「gaugauバーガー」へ向かおうと進んだ。
飛べない羽で必死に羽ばたき、感覚の乏しい細い足で地面を蹴って、もがきながら何とか繁華街までやって来た。

しかし、慌て急いでジャンプした瞬間、ふいに現れたバンに跳ね飛ばされて死んでしまった。

半透明のゴミ袋に入れられたニワトリは、誰にも「雄太」であることは気付かれずにゴミ収集車を待っていた。

《最後まで読んで下さり有難うございます。》



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