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日韓外交史~対立と協力の50年:極私的読後感(16)

2015年11月に上梓された本書は、元々2014年8月に韓国国内の学徒向けに書かれた「韓国現代史教養叢書」の一冊として書かれたものの日本語訳版であり、補章は日本語版の為に補筆されている。故に、本書でカバーしているのは、現政権(文在寅政権:2017年~)の前である朴槿恵政権期の途中までである。

著者の趙 世暎(チョ・セヨン)氏は、長年外交官として活躍されている方であり、かつ在日本韓国大使館に3度在勤(1990~1993、2001~2004、2007~2011)した日本通であり、現在は韓国外交部第1次官(2019年5月~)という要職を担われているが、本書執筆時は、大学(東西大学校)で外交関係を教えていた時期にあたる。

<目次>
第一章:国交正常化の光と影
~朴正煕政権期(1965~1979)
第二章:首脳外交時代の幕開け~全斗煥政権期(1980~1987)
第三章:「慰安婦」問題の端緒~盧泰愚政権期(1988~1992)
第四章:文民政権の「新日韓関係」~金泳三政権期(1993~1997)
第五章:短かった蜜月期~金大中政権期(1998~2002)
第六章:深まりゆく確執~廬武鉉政権期(2003~2007)
第七章:「実用外交」の挫折~李明博政権期(2008~2012)
補章:信頼関係再構築に向けて~朴槿恵政権期(2013~)

本書の内容は、韓国で書かれた本でありながら、バイアスを強く感じることは無く、極めてフラットな記述になっており、いたずらに対立軸を煽るものではない点は、最初に記しておきたい。

歴史、特に隣国との歴史解釈というのは、日韓関係に限らず、どの国もデリケートでセンシティブなものであり、安易な論断を許さないものであるが、私含め日本人にとっては、日韓関係は、一方の当事者であるため、他国の間の関係よりも"血圧が上がりやすい”案件であることは間違いない。

かつ、昨今の日韓の間の対立・いざこざは、政治レベルのみならず、民間レベルでも「韓国疲れ」のような様相を日本国内では呈してきており、またその要因として、韓国側からの絶え間ない世論戦が(日本側から見れば)挙げられる為に、日本人からすれば、これは「被害者」という認識になっている。

一方、韓国側からすれば、そもそも一つの国だったものを分断国家にしたきっかけは当時の大日本帝国であり、その清算も不十分(これは韓国国内の問題であるのだが)な状態で、やいのやいの兄貴ヅラして言われるが気に食わない、ということもあろう。

著者は読者に、こう語りかける。

果てしなく続く未来の歴史においても、両国が朝鮮海峡(対馬海峡)を挟んで隣国として存在していかねばならない以上、たとえシーシュポスの神話のように無意味な試みの連続であったとしても、明日は今日よりきっと明るい未来が待ち受けていると信じて、もう一度重たい岩を転がしながら山頂に向かっての一歩を踏み出すしかないのではなかろうか。(p.12)

ここに詳細を挙げないが、そもそも最初の国交正常化交渉の段階から、互いのメンツと実益を天秤にかけて「言葉上の妥協」を繰り返してきたわけで、互いに顔を見知っている間は収まるものの、メンツが変わってしまえば振り出しに戻ってしまうような、実にか弱い結びつきで二国間関係を維持してきているのだ。

その「言葉上の妥協」は、互いに譲れない論点がある時に"agree to disagree"とした上で、互いに前へ進むためには必要な"技術 (ART)"なのだが、世代が変わってしまうと、それらを「字面通りに」解釈してしまうために、「互いに譲れない論点」が、ゾンビのように蘇ってきてしまう。というようなことを、我々は延々と繰り返しているのだ。

そういう背景を超克する為には、やはり先人が苦労して築いてきた"agree to disagree"を踏まえた相互理解の上で、上の引用文にあるような努力を繰り返すしかないと、私は思うのだ。

もし、それが耐えられないのであれば、互いに躊躇なく国交を絶つべきであるし、逆に言えば、その覚悟なくして、交渉を決裂させることは許されないのだ。

そして、日韓の関係史に深い学殖を持つ本書の著者が、今、韓国外交部で対日外交を担っているということは、我々が是非とも理解しておくべきことだ。

もう一つ忘れるべきではないのは、キッシンジャーの『国家に真の友人はいない』という言葉だ。友邦とか親日国などというのは、まぼろしのようなものであり、そんなものを信じる者が国政を担って多数派を占めるようになると、マキャベリ曰く『隣国を援助する国は滅びる』ことになるという歴史の教訓を思い出すべきだ。

巻末には、年表と関連する条約・協定がまとめられており、日本における韓国現代政治の専門家である、神戸大学大学院・木村 幹 氏の「韓国現代史」と合わせて読むと、初めて日韓関係に触れる人にとって良い入門書たり得るので、これもおすすめしておきたい。

又、よりカジュアルに知りたい人には、「知りたくなる韓国」が昨年(2019年7月)に出版されており、これも面白かったのでおすすめである。


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