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顔が好みの女の子

僕は37歳で、彼女は50歳だった。でも、とても整った顔立ちをしていて、背も高かった。彼女は自分の背の高さを気にしていた。

「あなたと歩くときだけ、好きなヒールが履けるから嬉しいの」

あどけなく微笑む彼女はとても50歳には見えなかった。いや、思えなかった。ん…ちょっと違う、感じなかった。

彼女はコーヒーが好きで、お気に入りの喫茶店もあった。行くと必ずクロワッサンにソフトクリームがのっているデザートとディープダークコーヒーを頼んだ。ディープダークコーヒーというのは、そのお店特有の深煎りコーヒーのことでエスプレッソみたいなものだった。

切れ長で大きな瞳の辺りは、ソフトクリームを頬張ると目尻は斜め上にたゆみ、竹がしなるようなシワが見えた。僕はそのシワさえも美しいと思った。山の稜線から見える朝日のような輝きすら感じた。

長い髪の毛は彼女の自慢のひとつだった。しなやかにかきあげて前髪を耳にかける仕草はとてもセクシーだった。ハッと胸が踊るのを感じるほど。

話す言葉は名古屋弁で、京都に近いニュアンスがあった。といっても東京も長かったから、混じって喋ることが多かった。なぜか「いやや」っていう否定の言葉が不思議と耳に残った。

転機が訪れたのはすぐだった。それを知ったのは彼女がすぐに自分から正直に話してくれたからだった。確かに驚いたけど、聞いた直後はそんなに深くは考えなかった。

「私ね、実はスピリチュアルに関心があって、そういった団体に入ってん。宗教とはちゃうんだけど、うちにも辛い時期があって、助けて貰うたん。そないなのって興味ある?あらへんよなあ。かんにんな、そないなの好かんかったら言うてね」

僕はそうしたこととは無縁の人生だったから、なんと思えば良いのか分からなかった。そういうものか、とその時は思った。でも、時間とともになんだかやっかいなものになっていった。

少しずつ、ぎこちなくなっていった。何気ない会話の中に、そのスピリチュアルが入り込んでいる気がして、僕は慎重になっていった。何が引っかかっているのか、僕にもわからなかった。

でも、そうも言っていられない。僕のこんな変化に彼女はすぐに気付き、僕に迫った。どうしたの?なんか変だよ。話して。って。

「君の大事な部分にそのスピリチュアルがあるのはわかった。そのスピリチュアルに支えて貰ったのもわかった。それは…僕は否定すべきじゃないし、それはやっぱり君にとっても大事なものなんだろうとも思う。でも、僕はこう思ってしまう。結局最後まで頼るのは僕ではなく、そのスピリチュアルなんじゃないかって。確かに僕はそのスピリチュアルのようにいつも正しい"導き"(そのスピリチュアル用語)を提示できないかもしれないし」

僕はディープダークコーヒーを飲み干して一気に続けた。

「だから、僕はやっぱりそれはとても嫌なんだ」




その後、彼女はそのスピリチュアルを辞めるとも言ってくれた。でも、一度信仰したものはそう簡単に離れられるものじゃない。残念だけど。

とてもとても残念だけど。

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