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松田行正『和力』/松岡正剛『花鳥風月の科学』/『生命と現実 木村敏との対話』/『木村敏 臨床哲学のゆくえ』/『木村敏対談集』

☆mediopos3444  2024.4.22

〈間〉はもともと
柱と柱の間のことを表すことばで
「柱や樹木は、神話的宇宙の中心にあるシンボル」であり

四本の柱を注連縄で囲むと
「囲まれたところは見えない空間をつくりだ」し
その囲まれた場所(結界)は
神と直結した垂直軸の場所である神域となる
(松田行正『和力 日本を象る』)

その「間」だが
「上代および古代初期においては、
「間」は最初のうちは「あいだ」をさす言葉ではな」く
「もともと「ま」という言葉には
「真」という字があてられてい」て
「真」は「二」を意味していた

その「二」は二番目の「二」ではなく
「一と一とが両側から寄ってきてつくりあげる
合一としての「二」を象徴していた」

「二である「真」を成り立たせているもともとの「一」」は
「片(かた)」とよばれ
「もうひとつの一としての「片」が合わさって
「真」にむかっていこうと」する

そしてその「片方と片方を暫定的に置いておいた状態、
それこそが「間」」なのだという
(松岡正剛『花鳥風月の科学)

「二」である「真」が「間」なのである

木村敏の示唆している「間(あいだ)」は
まさにそうした「二」である「真」であるともいえそうだ

「〈あいだ〉とは、出来上がった二つのものの
〈あいだ〉を指し示しているのではない」

〈あいだ〉は
二つのものが相対的な相互性のもとで
あらわれるというのではなく

「二つのものが出来上がるときに、
〈あいだ〉そのものが出来事の場において開かれる」

「私と他者、生と死、自己と自然、個体と宇宙、
今と流れの永遠、有限者と無限との境界に引かれる
〈あいだ〉は、それ自身、相対化させることの不可能な
〈あいだ〉である」
(檜垣達也「二人称の知について」)

木村敏は「水平のあいだ」と「垂直のあいだ」を
対比させているが
ふつう「あいだ」といえば
水平的なものとしてイメージされるが
木村敏の示唆する〈あいだ〉は「垂直のあいだ」
さらにいえばそこに「垂直の深み」としてあらわれる

しかもその「垂直の深み」は
「《自己》の深みではなくあくまで《あいだ》の深み」である
(鷲田清一「垂直の深さ/水平の深さ」)

その〈あいだ〉をイメージできる例が
武満徹との対話のなかで挙げられている

室内楽の名人のカルテットのばあい
個々人が弾いているにもかかわらず
音楽は四人の間で鳴っているという例である

そうした「間」は
人と人の関係として成立するというのではなく
まさに人と人の〈あいだ〉としてあらわれる

その〈あいだ〉は
「一」と「一」の水平的な関係としてのそれではなく
「二」である「真」であり
「垂直の深み」としてあらわれる

■松田行正『和力 日本を象る』(NTT出版 2008/3)
■松岡正剛『花鳥風月の科学 日本のソフトウェア』(淡交社 1994/3)
■木村敏・檜垣達也『生命と現実 木村敏との対話』(河出書房新社 2006/10)
■『木村敏 臨床哲学のゆくえ』(現代思想 2016年11月臨時増刊号 青土社)
■『木村敏対談集1 臨床哲学対話 いのちの臨床』(青土社 2017/4)

**(松田行正『和力 日本を象る』〜「方 ほう」より)

*「〈間〉とは、もともと柱と柱の間のことを表すことばだった。日本神話で神の柱を〈三柱〉などというように、柱や樹木は、神話的宇宙の中心にあるシンボルと考えられていた。建築史家の鈴木博之氏は、四本の柱を注連縄でぐるっと囲むと、囲まれたところは見えない空間をつくりだす、という。何もないはずのところに、縄を張っただけで空間が生み出されたことになる。これも〈間〉のルーツだ。
 そして磯崎新氏の表現を借りれば、柱と柱の間にある窓(間戸)を開くと外の風景が部屋に入り込んでくる。」

**(松田行正『和力 日本を象る』〜「結 むすぶ」より)

*「神域を示す結界装置に囲まれたスペースも、〈間〉であり、神との邂逅ぬきには語れない。紐で囲まれた場所は、神と直結した垂直軸の場所であり、妄りに近づいてはいけないことを示している。」

*「この結界概念が「奥」意識を生む。「奥」とは、触れてはいけない、あるいは、触れるとけがをするかもしれない恐ろしい中心を示す場所や、漏らしてはいけない秘密のことであり、〈奥座敷〉〈奥義〉〈深奥〉などとして残っている。」

**(松岡正剛『花鳥風月の科学 日本のソフトウェア』より)

*「実は、上代および古代初期においては、「間」は最初のうちは「あいだ」をさす言葉ではなかったのです。もともと「ま」という言葉には「真」という字があてられていた。「真」という言葉は、真剣とか真理とか真相とかというふうにつかわれるように、究極的な真なるものをさしていたのです。しかも、この「真」というコンセプトは、なんと「二」を意味していたのです。おまけにその二は、ここまた重要なところなのですが、一の次の序数としての二ではなく、一と一とが両側から寄ってきてつくりあげる合一としての「二」を象徴していたのです。
 では、その二である「真」を成り立たせているもともとの「一」をなんとよぶかというと、それは「片(かた)」とよばれていた。「片」とは、片方や片一方のことです。そして、この一としての「片」ともうひとつの一としての「片」が合わさって「真」にむかっていこうとしていたのです。ということは、「真」はその内側に二つの片方を含んでいたことになります。
 それなら、その片方と片方を取り出してみたらどうなるか。その取り出した片方と片方を暫定的に置いておいた状態、それこそが「間」なのです。別々の二つの片方のもののあいだに生まれるなんともいえない隔たり、それが一と一とをふくんで「間」というものです。」

**(木村敏・檜垣達也『生命と現実 木村敏との対話』〜檜垣達也「二人称の知について 木村敏思想のエッセンス」より)

*「〈あいだ〉とは、出来上がった二つのものの〈あいだ〉を指し示しているのではない。二つのものが出来上がるときに、〈あいだ〉そのものが出来事の場において開かれる。〈あいだ〉という出来事もまた、自己と非自己、自己と他者の交錯のなかで、潜在的なものと現実的なものの相互移行において形成されるのだ。
 そうした〈あいだ〉とは、通約可能なものの〈あいだ〉ではありえない。通約不可能な相互性は、相互化そのものがなしえないものの〈あいだ〉の賭けとして設定されるかぎりにおいて成立する。相対的な相互性であれば、〈あいだ〉をなす両項が位置づけられる同一の場所を前提にするだろう。しかし私と他者、生と死、自己と自然、個体と宇宙、今と流れの永遠、有限者と無限との境界に引かれる〈あいだ〉は、それ自身、相対化させることの不可能な〈あいだ〉である。〈あいだ〉は、その間隔を埋めることのできないものの〈あいだ〉なのである。
 自己と非自己、個体と自然、私と他者との境界は、そうした圧倒的な非対称性を前にして示される〈あいだ〉である。出来事はそこで生起する。そしてそのような出来事の場面においてこそ、非対称なものの対象化が可能になる。潜在的な出来事であるわれわれの生が、確実に〈もの〉の一つである対象としてリアルに現れてきてしまうのである。潜在性と現実性の絡み合うこうした境界が、われわれの生である。
 木村は、さまざまな臨床的観察を経ながら、非対象的な〈あいだ〉において成立する対称性の発生を、精神とその病という領域から見てとっている。木村の思考が、ドイツの現象学やフランスのさまざまな現代思想、とりわけそこでの「差異」という発想に関わる限り、さらにはそれを超えた「生命」という事象にオリジナルに接近するものであるかぎり(それは西田————ヴァイツゼカー————木村の思考圏が指示するものであるだろう)、こうした〈あいだ〉についての発想は、さらに多様な場面で展開されつづけなければならない。単純に考えても、身体技術論、上方ネットワーク論、社会制度論においていくらでも拡張可能なこの領域をさらにどう描き出しうるのかは、木村敏のとりわけ冒険的な九〇年代以降の仕事を、われわれがどのように読み取っていくかにかかっている。」

**(『木村敏 臨床哲学のゆくえ』〜鷲田清一「垂直の深さ/水平の深さ」より)

*「〈臨床哲学〉というおなじ名前をもつ道の片端を、わたしは木村さんより数歩どころか何十歩も遅れて歩んできたようにおもう。おなじ道とはいっても、木村さんは道のまんなかをぐいぐい進み、わたしは脇のか細い舗道をとぼとぼ歩くようなものだった。片端というのは、〈臨床的なもの〉が木村さんにおいては診療の現場そのものにあったのに対し、わたしのそれは比喩的なもの、つまり社会のさまざまな問題が発生している場だったということもある。が、それ以上に、木村さんの臨床哲学の根幹にある《あいだ》という概念(というか現象以前の現象)を理解する仕方が、どうも反対のヴェクトルになっていた。そのことにとりわけこの論文(「あいだと生命」)を読んで気づかされた。
 この論文では「水平のあいだ」と「垂直のあいだ」という対比が示されている。《あいだ》とは本来、水平の開かれるものであるが、木村さんの仕事はこの《あいだ》を、「ノエシス的感覚とメタノエシス的感覚との差異構造」、さらには(ヴァイツゼカーの「根拠」という概念を引きつつ)「垂直の根拠関係」へと深めてゆくというふうに、最終的には垂直の深さとして析出するところにあったといってよい。
 ところで深さといえば、英語のdepthであれ仏語のprofondeurであれドイツ語のTiefeであれ、奥行きという意味もある。その深さになぞらえていえば、わたしはむしろ水平の深さを見ようとしていたのかもしれない。目を凝らして見てもさらにまだその奥があって、ついに霧の向こうへは行けないという、そういう深さである。いうまでもないが、木村さんの垂直の深みは、他に対する《自己》の深みではなくあくまで《あいだ》の深みである。そこでは、その《あいだ》それ自身(itself)の深みが問われるのに対して、わたしは《あいだ》がこじ開けられては閉ざされるそのぎりぎりの生滅可能性のところで見ようとしたともいえそうだ。
 水平と垂直のその違いは、《現象学》のまなざしをもって世界に向きあった幾人かの哲学者たちの、そのまなざしの差異として対照することもあるいはできよう。たとえば、関係項に先立つ関係、そういう共同性の〈自己〉生成として「間柄」うぃとらえた和辻哲郎と、「遇う」という、その「不可能に近い極微の可能性」に眼を止めた九鬼周造とがそうである。ただし、九鬼はさらにその可能性を「垂直のエクスタシス」においてとらえようともしたのだが。
 あるいは、「間身体性」という、(世界の)前人称的な「生地」もしくは「培養地」に眼を据えたメルロ=ポンティ————彼はやがてそれを「垂直の存在」としてとらえ返すことになる————と、「極度に切迫」しながらもそれにふれようとすると身を退く、絶対的な外部としての「顔」とその「非現象性」に切り込むレヴィナス。この交叉と分離の対照については、メルロ=ポンティのおそらくは最後の弟子筋。B・ヴァルデンフェルスがこんな証言を残している(・・・)。メルロ=ポンティはその死の直前、レヴィナスの講演「人間の顔」(一九六一年)を聴きながら、「人間の顔というものは他者をその正面から見たときのその見えと同一視することはできないだろう」とつぶやいたというのである。
 それこそ間を端折っていえば、《あいだ》をめぐる木村さんの議論とわたしの議論とはもっとも対照的となるのは、おそらく、(「わたし」が他者の現在を自己移入的に理解するのではなく)「わたし」の現在と「他者」の現在とがともに現在として成り立つその根拠をめふる「共現在」(Mitgegenwart)という概念をめぐってだろうとおもう。木村さんもわたしもそこで、偶然c(contingence)のはたたき、とくにそのcontingere(触れる)という意味契機に着目するのであるが、その接触を木村さんが(たとえば音楽の合奏などを参照しつつ)複数の現在の「間主観的共属関係」としてとらえ、そこから根拠としての匿名で非人格的な共通の《あいだ》をその底に掘り当てようとされるのに対して、わたしは共通ということがついに成り立たず、通約不可能なまま、たとえば眼と眼が遇った瞬間、いきなりとりもちに捕らえられたかのように、もはや隔たりも間もとれなくなる「襲われる」「つかまる」という出来事、つまりは不意の距離の消失という出来事を手がかりとして、共有するもののない共同性の可能性のほうに思考を向けてきたように想う。そう、水平の深さのほうに(そういえば、映画監督をしている若い友人が「聴くとは動けなくなることだ」といっていた)。
 おもえば《臨床哲学》を構想しだしたとき、心細い思いで、最初に話を聞いてもらったのが木村敏さんだった。(・・・)そののち、水平の深みへの問いかけは、わたしの場合、「聴く」こと、「待つ」ことの意味の探求、さらには「哲学のフィールドワーク」や「哲学カフェ」の実線などのかたちをとることになった。」

**(『木村敏対談集1 臨床哲学対話 いのちの臨床』〜「4 間 人間存在の核心 ×武満徹」)

*「木村/西洋人は「人と人の間」というのを「関係」としか捉えない。Aという人物とBという人物との間、大人関係としか捉えない。そうじゃないんだ、間こそ、それぞれの自己を生み出すもとになっているんだし、自己の中にこそ間があるんだし、逆に間の中にこそ自己があるんだ、というようなことを私が言いますと、西洋人は首をかしげてるだけで、なかなか分かってくれないんです。
 実は私、ガブリエル・マルセルという哲学者が亡くなるほんの一〇日ほど前に、長時間お話をする機会がありまして、その時非常にいい経験をしたんです。やはりマルセルさんも、最初は私の言っている間という意味をなかなか理解してくださらなかったのですが、マルセルさんは音楽家だということを思い出して、こういう例を持ち出したんです。室内楽の合奏で、例えば、カルテットなら、四人がやりますね。非常に下手くそなうちは、めいめい自分の楽譜だけを一生懸命弾いているわけです。ちょっと上手になってくると、相手の音も聞いて相手に合わそうとする。しかしもっと名人のカルテットだったら、お互い勝手に自分のことだけをやっていて、しかもその四人が合うというか本当に一つになってしまう。一つになろうという意図なしに一つになっちゃくところがあるんじゃないか。そういう状態の時に、音楽はどこで鳴っているかというと、四人の間で鳴っているんじゃないかと。

 武満/それは素晴らしいですね。全くそのとおりです。

 木村/そういう時に四人がぴたっと合うのは、音と音が合うんじゃないだろう、そうではなくて、「音と音の間」、これは西洋音楽的な意味での間(ま)になるわけでしょうが、めいめいの間になって表されているような間が、同時に四人の間になるんだるし、もっと広げて言うと、それを聞いている聴衆とカルテットも、同じその間の場所で通じ合うんじゃないか。そうなってくると、音楽で一番大切なのは間ということじゃないかという話をマルセルだんにしたんです。そうしたら、大変よく分かってもらえた。「なるほど、それはそのとおりだ」と。普通の対人関係でも、そういうことではないかと私は思うんですけどね。

 武満/全くそうだと思います。ただ、日本ではヨーロッパの室内楽等に見られるああいう合奏のかたちはきわめて少ないと思うんです。琴などにしてもひとりで弾いて唄っている。概ねは個人芸ですね。もちろん幾つかの例外も見られます。例えば文楽では太夫と三味線と人形遣いという三角関係があって、それに聴衆が加わる。非常に素晴らしい演奏が行われた時なぞは、本当にその間で素晴らしいものが生まれている、という感じがしますね。

 木村/そうなんでしょうね。

 武満/あれは、世俗的には太夫が一番格式があり、リーダーみたいになっているようだけれども、実際には誰がリーダーってことはないわけです。太夫が語っている時、三味線が違う形で打ち込んでくると、太夫のテンポはそれにつれて必然的に変わる。そうすると人形も変わらざるを得ないわけで、その三者の動き、関係の在りようは、時には凄まじいものがある。素晴らしい演奏、素晴らしいパフォーマンスが行われた時というのは、どの人が特によかったとかいうものじゃなくて、その間に出てくるものなんですね。

 木村/間なんでしょうね。」

*「木村/対人的な関係でも、それは、二人だけの問題じゃないんですよね。そこに何らかの第三者的なもの、触媒みたいなものがないと、うまく働かないところがある。それが間かも知れないと思いますね。

 武満/木村さんが言われたことに触れると思うんですけれど、土居健郎氏の『甘えの構造』についての厳しい反論で「土居氏の人間は、精神といわれるような機能によって、たとえ肉体を超え出ることはあっても、所詮、その本拠を肉体の内部に有しているようなものであり、私のいう人間とは、肉体だけでなく精神をも超え出るような、自己の本拠を自己以外のところに置いているような、これを強いて三次元的に言うならば、人と人の間にあるという以外にないような、事態を指している」とおっしゃっていますね。僕はそれを信じていますけれど————。音楽は。それを信じなければ、本当にはできないでしょうから。

 木村/そうでしょうね。本当にそうだと思いますね。

 武満/だからかえって僕は、やはり具体的な人間というものを想定していいのではないか、想定したいと思うんです。

 木村/間というものを私はいわば無名の、個人を超えた広がりとして考えてはいるんだけれども、それが現実になるためには、具体的な人を必要とするということでしょうね。

 武満/はい。全くそうだと思います。」

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