見出し画像

スザンヌ・シマード『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』/齋藤雅典『菌根の世界/菌と植物のきってもきれない関係』

☆mediopos3000  2023.2.3

齋藤雅典『菌根の世界』は
mediopos2146(2020.10.1)でとりあげたことがあるが

2021年に刊行されこの1月に翻訳された
スザンヌ・シマードの『マザーツリー』は
森林と菌根菌のネットワークを見出すまでに至る
冒険の書とでもいえる一冊だ
副題にも「森に隠された「知性」をめぐる冒険」とある

スザンヌ・シマードは森林生態学者として30年以上にわたり
森林がインターネットのように
地中の菌根菌のネットワークによってメッセージをやりとし
コミュニケーションしていることを研究してきた

菌根菌は植物の根の中に棲み
「植物の根が養分を吸収するのを助け」
その「生育を助けている」が
菌根菌も植物がないと生きていくことができないように
植物と菌根菌は共生関係にある

植物が「神経系に似た生理機能を使って
周囲の環境を認識する」ことはすでに知られていたが
「菌糸もまた、周囲の環境を認識し、
自らの構造や生理機能を変化させる」ことが
わかってきたのは比較的最近のことだ

スザンヌ・シマードによれば
森の古木であるマザーツリー(ファーザーツリーでもあるが)を
「実生や若木が囲み、さまざまな色や重さを持つ
さまざまな種類の菌糸がそれらを幾重にもつなぎ、
強靱で複雑なネットワークを形成している」のだという

森はひとつの生き物であり知性体としてとらえたとき
はじめてその生きた姿をイメージすることができるということだ

腸内細菌が最近では注目されてきているが
樹木と菌との共生関係のように
動物やもちろん人間も菌と共生している
人間は菌なしでは生きていけないのだ

それにもかかわらずいまだに執拗なまでに
必要以上の除菌をする愚かなライフスタイルが浸透してもいるが
人間もたくさんの生き物とともに共生している存在であり
そのことが理解されていく必要があるようだ

おそらくそうした「共生」は
生物的なレベルだけではなく思考や感情などにおいても
また他者との関係においても必要不可欠だろう

そうでなければ人間は
「森に隠された「知性」」のような
「知性」の育っていくための場をもてないまま
菌糸のネットワークのない死んだ森のようになってしまうだろう

■スザンヌ・シマード(三木直子訳)
 『マザーツリー/森に隠された「知性」をめぐる冒険』
 (ダイヤモンド社 2023/1)
■齋藤雅典『菌根の世界/菌と植物のきってもきれない関係』
 (築地書館 2020/9)

(スザンヌ・シマード『マザーツリー』〜「はじめに/母なる木とのつながり」より)

「最初の手掛かりの一つは、木々が地中に張り巡らされた菌類のネットワークを通じて交わし合っている、暗号めいたメッセージを盗み聞きしているときに訪れた。この秘密の会話の経路を辿っていくうちに、このネットワークは林床全体に広がっており、拠点となるさまざまな木や菌同士のつながりが存在していることがわかったのだ。粗削りながらそれを地図にしてみるちょ、驚いたことに、いちばん大きくて古い木は、苗木を再生させる菌同士のつながりの源であることが明らかになった。しかもそうした木々は、若いものから年寄りまで、周りのすべてのものとつながり、さまざまなスレッドやシナプスやノードの複雑な絡まり合いにおける中心点の役割を果たしているのである。こうした構図のなかでも何より衝撃的な一面——このネットワークには、私たち人間の脳と共通点があるという事実——が明らかになった過程をご紹介しよう。森の根とワークでは、古いものと若いものが、化学信号を発することによって互いを認識し、情報をやり取りし、反応し合っている。それは私たち人間の神経伝達物質と同じ化学物質であり、イオンがつくる信号が菌類の被膜を通して伝わるのである。
 歳取った木には、どの苗木が自分の親族であるかがわかる。
 歳取った木々は若い木々を慈しみ、私たちが子どもにそうするのと同じように食べ物や水を与える。そのことだけでも、私たちが足を止め、息を呑み、森の社会性について、またそれが進化にとっていかに必要不可欠なことであるかについて真剣に考えるきっかけとしては十分だ、菌類のネットワークは木を周囲に適合させるらしい。そしてそれだけではない。こうした古い木々は、子どもたちの母親なのだ。
 母なる木、マザーツリー。
 森で交わされるコミュニケーション、森の保護、森の知覚力の中心的存在であるこうしたマザーツリーは死ぬときに、その叡智を親族に、世代から世代へと引き継ぎ、役に立つことと害になること、誰が味方で誰が敵か、つねに変化する自然の環境にどうすれば適応し、そこで生き残れるのか、といった知識を伝えていく。親なら誰もがすることだ。
 いったいどうすれば彼らは、まるで電話をかけるかのごとく迅速に、互いを認識し、警告を送ったり助け合ったりできるのだろう? 傷ついたり病気になったりしたときに、どうやって互いを助けるのだろう? なぜ森は人間のように行動し、人間の社会のように機能するのだろう?
 生涯を森の探偵として過ごしたあと、森というものに対する私の認識は完全にひっくり返ってしまった。新しいことを学ぶたびに、私はますます森の一部になっていく。科学的なエビデンスを無視することは不可能だ——森には叡智と感覚、そして癒やしの力がありゅ。
 これは、どうしたら私たちが森を救えるかについての本ではない。
 これは、私たちが木々によって救われる可能性についての本である。」

(スザンヌ・シマード『マザーツリー』〜「12 片道9時間」より)

「この森もまた、インターネットのようなものだった——ワール・ワイド・ウェブ。ただし、コンピューターがケーブルや電波でつながっているのとは違い、森の木々をつないでいるのは菌根菌なのだ。森はまるで、中心点の周りをサテライトが囲むシステムのようだった。古い大きな木がいちばん大きなコミュニケーションのハブ、小さな木はそれほど忙しくないノードであり、それらが菌類によってつながってメッセージをやり取りしているのである。1997年に私の論文が『ネイチャー』誌に掲載されたとき、同誌はそれうぃ「ウッド・ワイド・ウェブ」と呼んだが、それは私が想像したよりもはるかに先見性のある表現だったのだ。当時私にわかっていたのは、アメリカシラカバとダグラスファーが単純な菌根のネットワークを通じて炭素をやり取りしているということだけだった。ところがこの森は、もっとも豊かな物語を私に見せてくれていた。古い木と若い木はハブとノードで、菌根菌によって複雑なパターンで相互につながり合い、それが森全体を再生させる力となっていたのである。」

「古木は森の母親だ。
 これらのハブはマザーツリーなのだ。
 いや、ダグラスファーはそれぞれが、雄である花粉錐と雌である種子錐の両方をつくるのだから、マザーツリーでありファーザーツリーでもある。
 でも……、私にはそれは母親であるように感じられたのだ。若者の面倒を見る年長者、そう、マザーツリーだ。マザーツリーが森を一つにつないでいるのだ。
 中心にあるマザーツリーを実生や若木が囲み、さまざまな色や重さを持つさまざまな種類の菌糸がそれらを幾重にもつなぎ、強靱で複雑なネットワークを形成している。私はノートと鉛筆を取り出して、地図を描いた——マザーツリー、若木、幼木。そしてそのあいだを線でつないだ。そのスケッチから、ニューラルネットワークのように見える図が浮かび上がった——人間の脳のニューロンのように、なかにはほかよりも多くのものと結ばれているノードがある。」

「植物が、神経系に似た生理機能を使って周囲の環境を認識するということは、すでに広く認められた事実だった。植物の葉、茎、根は、周りの状況を感知し理解して、それに合わせて自らの生理機能——成長率、養分を集める能力光合成速度、水分の蒸散を防ぐための気孔閉鎖など——を変化させる。そして菌糸もまた、周囲の環境を認識し、自らの構造や生理機能を変化させるのだ。(…)
 ラテン語の動詞intelligereは、理解する、気づく、という意味だ。
 インテリジェンス。知性。
 菌根ネットワークには、知性と呼べるものの特徴があるのかもしれない。」

(スザンヌ・シマード『マザーツリー』〜「訳者あとがき」より)

「木は互いにつながり合って会話している、と聞いても、私はとくに驚かなかった。そんなようなことが書いてある本は前にも読んだ気がしたし、映画『アバター』に出てきた「魂の木」ってそんな感じじゃなかったっけ……と思ったら、その魂の木のコンセプトが、本書の著者スザンヌ・シマードの研究をもとにしたものであることを知って、むしろそのことにびっくりした。
 スザンヌ・シマードは、人々の森を見る目を変えたと言われるカナダの森林生態学者であり、この分野では世界的に名高いブリティッシュコロンビア大学の教授として教鞭をとっている。木と木が菌根菌のネットワークでつながりあい、互いを認識し、栄養を送り合っていることを科学的に証明してみせた彼女の研究は、森林生態学に多大な貢献をし、その論文はほかの研究者たちによって数千回も引用されている。TEDトークの再生数は530万回を超える。(中略)
 木が互いに会話していることをハリウッド映画から教わってすんなり信じた私とは違い、著者はそのことを、森が語る言葉に耳を傾けるなかで自ら発見した。実験のために森に何百本もの木を植え、長い時間をかけて観察し、失敗しても辛抱強く繰り返す──それは、私には想像もつかないような過酷な作業であったに違いない。
 同時に本書には、一人の女性として生きていくうえで体験するさまざまな試練や苦悩を、森から学んだことと重ね合わせながら乗り越えていくさまが赤裸々に綴られ、思わず深く感情移入してしまう部分が随所にある。森林生態学の観点からだけでなく、回想録としても非常に読み応えのある本に仕上がっている。」

(齋藤雅典『菌根の世界』より)

「春になり、大地から植物が芽吹き、歯を広げ、花を咲かす。植物の生命力に驚かされる。ほんとうにすばらしい。私たちは、大地から上へ上へと伸びる植物の生き様をみて感嘆する。しかし、それを支えているのは土の中へ伸びている根である。根から水や養分を吸収して、地上の茎や葉へ送ることによってはじめて花が咲き、実も稔る。この根の働きは、じつは植物自身だけで行われているのではない。根の中には、その名を「菌根菌」という菌類、つまりカビの仲間が棲んでいて、植物の根が養分を吸収するのを助けている。妖精アーリエルのように、この菌根菌は心が広い。陸上の植物の八割以上の種に菌が棲んでいて植物を助けている。森の木にも、草原の草花にも、畑の作物んびも、その根には菌根菌が棲んでいて、生育を助けている。菌根菌は、妖精と同様に、姿や形はいろいろである。根の表面にからみつくように棲んでいるものもあり、根の組織の内部まで入り込んでいるものもある。森のなかで、樹木の周囲に同心円状にキノコが発生していることがある。ヨーロッパではフェアリーリング(妖精の輪)とも呼ばれるが、これらのキノコは地下で木の根につながっていて木の養分吸収を助けている。一方で、この菌根菌は植物がないと生きていけない。植物と菌根菌はともにもちつもたれつの共生関係にある。」

【著者】スザンヌ・シマード
カナダの森林生態学者。ブリティッシュコロンビア大学 森林学部 教授。カナダ・ブリティッシュコロンビア州生まれ。森林の伐採に代々従事してきた家庭で育ち、幼いころから木々や自然に親しむ。大学卒業後、森林局の造林研究員として勤務、従来の森林管理の手法に疑問を持ち、研究の道へ。木々が地中の菌類ネットワークを介してつながり合い、互いを認識し、栄養を送り合っていることを科学的に証明してみせた彼女の先駆的研究は、世界中の森林生態学に多大な影響を与え、その論文は数千回以上も引用されている。研究成果を一般向けに語ったTEDトーク「森で交わされる木々の会話(How trees talk to each other)」も大きな話題を呼んだ。本書が初の著書となる。

【訳者】三木直子
(みき・なおこ)東京生まれ。国際基督教大学卒業。広告代理店勤務を経て2005五年より出版翻訳家。訳書に『植物と叡智の守り人』『食卓を変えた植物学者』(以上、築地書館)、『CBDのすべて』(晶文社)ほか多数。埼玉とアメリカ・ワシントン州在住。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?