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対談 今井むつみ×高野秀行「言葉は「間違い」の中から生まれる」(Webマガジン「考える人」)

☆mediopos-3124  2023.6.7

Webマガジン「考える人」で
今井むつみと高野秀行による
「言葉は「間違い」の中から生まれる」
という対談が掲載されている
(2023年5月31日)

辺境ノンフィクション作家の高野氏は
世界の辺境で25以上の言語を実践的に習得してきた経験を
『語学の天才まで1億光年』として昨年上梓しているが
(mediopos2887/ 2022.10.13でとりあげている)

モーテン・H・クリスチャンセン・ニック・チェイター
『言語はこうして生まれる』の言語観が
(mediopos-3015/2023.2.18でとりあげている)
じぶんのそれと非常に近かったということに驚いたという

慶應義塾大学SFC教授の今井氏は
秋田喜美との共著で
『言語の本質』を先日上梓しているが
高野氏の言語観に注目していたということもあり
本対談は上記3冊の本を題材にし
言語習得について語り合ったものである

『言語はこうして生まれる』の言語観は
ひとは生まれながらにその「普遍文法」を知っているという
ノーム・チョムスキーの言語観への反論であり
人間は「ジェスチャーゲーム(言葉当て遊び)」によって
即興で言葉を生みだし
そのゲームが繰り返されることによって
言語の体系も生まれてきたというものである

おそらく言語習得にあたっては
「言語感覚」という生得的な潜在能力が
実際の「ジェスチャーゲーム」を通じて
顕在化するというのが実際のところで

生きた言語を学び習得するにあたっては
この対談で題されているように
「言葉は「間違い」の中から生まれる」
つまり「身体的な経験から始まって、
そこから自分で推論して輪を広げてい」き
それが「身体化され」ることで
言語は習得されていくのだろう

「オノマトペ」の話も興味深い

今井氏は2008年に
「言語の最初は、オノマトペやジェスチャーのように
世界の模倣であり、それを記号化したものなんじゃないか」と
論文に発表して以来
それが受けいれられるようになってきたそうだが

「外国語のオノマトペ」は母語話者でないと
ほとんど分からないのだという

音を学ぶときには「音」の学習が最初で
意味を学ぶよりも先なので
音の学習の時期にインプットが足りないと
その感覚が養われにくいということのようだ

対談の最後で盛り上がっている
「アブダクション推論」の話が
個人自的にはもっとも興味をひかれた

アブダクション推論(仮説形成推論)
(結果から遡って原因を推測する論理)は
哲学者のチャールズ・パースによって用いられたもので

「論理学の真偽でいうとアブダクション推論は
「偽」で間違ってる」というが
「アブダクションをするから
人間は言語という体系を作ることができ」
「人類を進化させ、文化を作った」のではないかと
今井氏は語り

高野氏もそれを受けて
「僕は今まで自分のやってることを
「間違う力」とか呼んでましたし、
人からも呼ばれたりしてきたので」と賛同している

まさに「言葉は「間違い」の中から生まれる」

ちなみに「演繹推論は論理的には必ず真だけど」
「新しい知識を作らない」のだという

何も生みださないけれど論理的な正しさを選ぶか
間違うことをおそれず新たな創造を選ぶか

間違うことはどこか悪人正機にも似ているようだ

■対談 今井むつみ×高野秀行
 「言葉は「間違い」の中から生まれる」(2023年5月31日)
 前篇 AIは「ジェスチャーゲーム」を知らない
 後篇 オノマトペから言語が発達した?
■モーテン・H・クリスチャンセン・ニック・チェイター(塩原通緒訳)
 『言語はこうして生まれる/「即興する脳」とジェスチャーゲーム』
 (新潮社 2022/11)
■高野 秀行『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル 2022/9)
■今井むつみ・秋田喜美『言語の本質-ことばはどう生まれ、進化したか』
 (中公新書 2756 中央公論新社 2023/5)

(対談 今井むつみ×高野秀行「言葉は「間違い」の中から生まれる」〜「前編」より)

「高野/今井先生は、著者のモーテンさんをよくご存知だそうですね。

今井/友達とまでは言いませんが、すいぶん長い付き合いです。同じ分野の研究者なので、学会に行けば会うし、シンポジウムにいっしょに呼ばれて二人で講演をしたこともあります。

高野/それと、今井先生のプロフィールを見て驚いたのですが、先生は心理学者なんですね。ずっと言語学者だと思ってました。

今井/そうなんですよ。皆さんに、よく間違えられるのですが。

高野/この本の著者も心理学者ですか。

今井/彼らも心理学者で認知科学者です。だから普通の言語学者とは視点が全然違いますよね。統計的な観点から言語を見て、実験もする。すごく有名で、いい仕事をしている人たちです。

高野/僕はこの本を読んで、自分がこれまで「言語とはこういうものじゃないか」と考えてきたことに、すごく近いと思ったんです。僕は「ブリコラージュ」と言ってますけど、コミュニケーションは協同作業なのだから、正しさにこだわる必要はなく、その場にあるものを使っていかに相手に意図を伝えるかが重要で、むしろそれこそが言語にとって本質的なものなんじゃないかと感じてきたんです。自分の言語の学習方法がまさにそうで、体系的には全く覚えず、たまたま触れたものから順番に覚えていく。

今井/彼らの主張は、「言語はその場の必要を満たすために即興で生まれるジェスチャーゲームのようなものだ」ということですから、高野さんと本当に一緒ですよね。一回一回のコミュニケーションの結果として文法などの体系が生まれるのであって、先に文法があるわけではない。だから彼らは本書の中で、チョムスキー批判といいますか、「理想的な言語というのは幻想だ」ということをずっと言っていますよね。

高野/そうですね。

今井/私がこの本で「そうだ!」と膝を打ちながら読んだのは、言語は人間が作ったものだから、人間がうまく使えるように、人間が一番習得しやすいように進化したものなんだ、というところです。人間には情報処理の制約とか、習得の制約とか、推論の制約とか、記憶の制約とか、いろいろな制約がある。そういうものがあってできたものが言語なんです。私もほぼ同じことを新刊『言語の本質』で書いているので、そこは本当に共感というか、読んでて嬉しくなりました。

高野/そういう言語理解と比べると、チョムスキーの「生成文法」というのは、エンジニアリングの考え方に見えます。完成図というか設計図があって、言語はそれに沿って動いていくというものという見方です。

今井/エンジニアリングというより数学ですね。チョムスキーは数学者なので、数学的に美しいものを作りたい。

高野/そういう考え方って、学校で語学の授業を受けてると、すごく理解しやすいと思うんですよ。まず文法から説明されるから。」

「今井/私は高野さんの『語学の天才まで1億光年』も何度も膝を打ちながら読ませていただきました。私にはこんなアドベンチャーはとてもできないけど、すごく面白いと思いました。

高野/僕は言語を研究しに行ってるわけでも、習いに行ってるわけでもなくて、本当にかじってるだけです。

今井/でも、使いに行ってるんですよね。それが本当の言語の学習の目的であるべきです。

高野/それはそうですね。

今井/書いてあることに、いちいち納得できました。私は心理学者として、言語のあるべき姿の記述ではなく、言語が子ども個人の中でどのように習得されるか、歴史的にどのように進化・成長してきたのかに興味があります。言語の習得に限らず、「学び」全般についても研究しています。人はどうやって学んで達人になっていくのかとか、どういう知識がすぐ使える知識になるかとか。それを「生きた知識」と私は言ってるんですけど、高野さんがされているのはまさにそれなんです。

高野/少ないリソースで、いかにやりくりするかというのをやってきただけですけどね。

今井/本の中でも「それに、先生や教科書が教えてくれた文法事項はなかなか覚えないが、自分で発見したことは絶対忘れない」って、これって本当に「黄金の言葉」ですよ。

高野/黄金の(笑)。

今井/私はまさにこれを、全国の先生たちとか教育委員会の人に講演で言ってるんです。

高野/でも、言われても困るんじゃないですか。じゃあどうすればいいんだって。

今井/それは自分で考える。高野さんだって自分で考えてるから、生きた知識になるんです。

高野/そういえば僕もよく「語学習得のコツって何ですか」って聞かれるんです。「自分で考えろ」というのが答えなんですけども、そうするとみんなガッカリするし、そこで終わってしまう。

今井/学校の先生って「答えを教えてほしい」というマインドがすごく強いんです。でも、そういう人に教わると、子どももそういうふうに育つじゃないですか。先に答えだけ教えて、みたいな考え方だと、聞いて5分後には忘れてますよね。」

「今井/私は今の時代に一番大事な言葉として「記号接地」というのがあると思っています。もともとはAIの問題として考えられたもので、記号を記号で表現するだけでは、言葉の意味を理解することはできないのではないか。理解するためには身体的な経験が必要なのではないか、ということです。モーテンたちは本書の最後の方でAIについて論じていて、結局AIというのはジェスチャーゲームをしていない、する気もないし、そもそもプレーのし方を知らないということを書いています。記号接地という言葉は使ってないんだけど、これはコンセプトとしては記号接地のことを言っているんですよね。

高野/記号接地というのは、リアルに感じられているということなんですか。

今井/私の定義では、身体の一部として感じられるという感じです。必ずしも全部について身体的な経験がなくてもいいんですけど、身体的な経験から始まって、そこから自分で推論して輪を広げていく。その輪というかチェーンによって作られたものは身体化されるんじゃないかと。高野さんの書かれていることは、すごく記号接地しているなと思った。

高野/そういう意味では、記号接地したことしか書いてないですから(笑)。いわゆる一般論とかそういう話が苦手なんです。考えれば考えるほど、いろんな要素が入ってきて、分からなくなっていく。そういう抽象的な話を「空中戦」と言う人もいますから、やはり接地してないイメージなんですね。

今井/ええ。とはいえ、私たちは全てを経験できるわけではないので、全てを接地できるわけではないんです。でも、どこかは接地していないといけない。ほかの人が発見したものや、書かれたものを読んで覚えただけだと、決して接地しないですね。

高野/言葉って、決まったフレーズとか文章だけじゃなくて、どういう文脈で話されているのかが、決定的に重要じゃないですか。

今井/そうですよね。

高野/逆に言うと、意味なんか分からなくても、こういう場面だったらこう言えばいいっていうものがたくさんあって、そういうものから成り立っている。

今井/そうですね。子どもも最初そういうふうにして言葉を覚えます。だからけっこうな頻度で間違えるんですが、高野さんが書かれているように、間違ったら修正していけばいい。そのほうがずっといいと思うのですが、やっぱり多くの大人の学習者、特に日本人は正解を求めるところがあります。」

(対談 今井むつみ×高野秀行「言葉は「間違い」の中から生まれる」〜「後編」より)

高野/今井先生も最近『言語の本質』(秋田喜美氏との共著)という本を出されましたよね。

今井/はい。この本では、どうやって言語の多様性が生まれ得るんだろうかということを真剣に考えてます。『言語はこうして生まれる』が出るとは知らずに書いたものなんですが、根っこが同じだから、言いたいことはすごく似ていると思いました。

高野/読ませていただきましたが、オノマトペですよね。

今井/そうですね。一つはオノマトペで、もう一つは人間がどうやって推論するのかということ。だからオノマトペと推論です。

高野/オノマトペは音象徴とも言いますよね。

今井/はい。

高野/音象徴という言葉は、最近特に目にするようになったと思うんです。僕は言語学のことはいくらも知らないんですけど、ソシュールが言っていた「記号と意味の恣意性」というのがあります。記号と意味は、直接には関係がないという。日本語では「行く」だけど、英語では「go」で、全然関係がない。そういうのだと思ってたんですけども、いろんな言語をやってるうちに少しずつ、それだけじゃなくて、音自体が似てるものっていろいろあるじゃないかっていうことに気づいてきた。例えば「切る」という言葉だと、大体「k」か「t」の音が入ってるんですよね。日本語だと「切る」でしょ? 英語だと「カット」でしょ? タイ語だと「タット」なんですよ。で、リンガラ語だと「カタ」なんですよ。

今井/へぇー。

高野/大抵「k」か「t」が入ってるんです。切る音というかね。

今井/そうですね。「k」とか「t」って空気を阻害されるので、そのイメージがあるんですよね。私はオノマトペから語彙が発達したというのは、そんなおふざけじゃなくて真剣に考えてもいいんじゃないかなって思います。

高野/オノマトペから言語ができてくるというのは、かなり画期的な見方なのでしょうか?

今井/立場によりますが、今はわりとそういう考えもメジャーになりつつありますね。最初は「何バカなこと言ってるんだ」という感じかと思ったんですけど。私がなんでオノマトペに興味を持ったかというと、子どもの言語発達を調査するために保育園に行くと、子どもも、保育士さんもよくオノマトペを使ってるからなんです。だから、オノマトペには何か意味があるに違いないと思って、それを実験で示すことを始めました。

高野/なるほど。

今井/そうすると、動詞の学習をするときに、オノマトペを使った時とそうじゃない時で、まったく違うという結果が出たんです。ある動作について、オノマトペじゃない動詞で教えると、半分しか正解できない。でも、オノマトペを使った動詞で教えると、80%ぐらいが正しいほうを選べる。しかも日本の子どもだけではなくて、日本語を全然知らない母語が英語の子どもでも、同じぐらい正解できるというデータが出たんです。

高野/面白いですね。

今井/最初に私が論文を発表したのが2008年だったんですけど、そこからけっこうワーッと火がついたように増えて。言語の最初は、オノマトペやジェスチャーのように世界の模倣であり、それを記号化したものなんじゃないかという考えは、わりと自然だと思います。ただ研究者の中でも、「オノマトペって、世界中、同じでしょう?」と思ってる人が多いんですよね。

高野/ああ、そうなんですか。

今井/実は外国語のオノマトペってほとんど分からないんです。オノマトペのように非常に身体的なものでさえも、母語じゃないと分からないというのは、どういうメカニズムで生まれるのかなということは、個人的に興味があって、その問題を深掘りするために実験しています。

高野/たしかにオノマトペってすごく身体的なものですよね。僕の友だちに、アフリカのスーダン出身のモハメド・オマル・アブディンという人がいます。全盲で『わが盲想』という本も書いています。

今井/ああ、あの本! すっごい面白いし、すっごい正しいと思いました。あの言語学習こそ、記号接地した、生きた知識を作る学習だと思って。

高野/はい。すごい仲よくて。彼は18歳のとき日本に来て、そこから日本語を覚えたんですけど、話すのも文章を書くのも、普通の日本人よりもとにかくうまい。日本語の感覚、語感まで完璧に捉えてる。それなのに、彼はオノマトペが苦手だって言うんですよ。

今井/分かります。自説ですが、「オノマトペ臨界期説」というのを考えています。

高野/オノマトペ臨界期説?

今井/小さいときに、親御さんの仕事の関係で海外で育つ人がいるじゃないですか。そういう人も、両親が家で日本語を話していて、日本語学校とか行っていると、日本語にそんなに問題ない人が多いんだけど、それでもオノマトペだけは苦手という人がけっこういます。

高野/ああ、やっぱりそうなんですね。

今井/うん。オノマトペって一番記号接地することばなんです。音の学習って一番早くて、意味の学習より先なんです。音の学習をして、音と意味をつなげる段階でオノマトペを覚えていくので、その時期にインプットが足りないと、感覚が養われないんじゃないかな。」

「今井/基本オノマトペになりやすいのは、形容詞か副詞なんですよね。名詞はそれほどないですね。

高野/動詞もありますよね。

今井/ありますね。要するに密度の関係なんじゃないかなと思うんです。モーテンの本にも書いてありましたが、名詞って、たくさんの言葉が必要なんです。いろいろなモノを区別して、差異化したいから。そうするとオノマトペだと不都合なんです。

高野/ああ、分かりづらくなるってことですね。

今井/子どもも最初は、「ニャンニャン」とか「ワンワン」とか言うんだけど、例えばネコ科の動物をトラでもライオンでも、みんな「ニャンニャン」と言ってたら、もう区別がつかなくなっちゃいますよね。だからある概念分野で名詞の密度が濃くなると、音象徴は不利になるんです。でも、形容詞とか動詞とかっていうのは、そんなに新しい言葉がどんどん作られるわけでもなくて、わりと密度が一定に保たれているんですよね。

高野/なるほど。そもそも言葉の数も少ないし。ちなみに日本語以外のオノマトペはどんな感じでしょうか。

今井/英語を話す人はいまいちオノマトペについて感覚が薄いのですが、それは英語の中では、漫画の効果音みたいなものしかオノマトペっていう認識がないからなんです。でも実は、英語にもすごく音象徴はあって、それが普通の言葉の中に入りこんでいます。たとえば英語には「歩く」に相当する単語が140あると言われていて、「stroll(ぶらぶら歩く)」「swagger(ずんずん歩く)」「toddle(よちよち歩く)」など、動作の様態がそのまま動詞になっている。これらの動詞を見ればわかるように、音と意味につながりが感じられるものが多いんです。」

「高野/僕は今井先生のこの本で、アブダクション推論にも「おお」と思ったんです。僕はアブダクション推論が大好きなんですね(笑)。

今井/分かります(笑)。推論のなかで、演繹推論と帰納推論は、みなさんご存知だと思うのですが、哲学者のパースが唱えたのが「仮説形成推論(アブダクション推論)」です。観察データを集めて全体に一般化するのが帰納推論だとすると、観察データを説明するための仮説を形成するのがアブダクション推論です。結果をもとに原因を推論するというか。

高野/アブダクション推論というのは論理的には間違いなんですよね。

今井/はい。でも、そもそも「論理」という言葉はけっこうトリッキーで、私たちが日常で使ってる論理も、フォーマルな演繹推論のことではないじゃないですか。論理学の真偽でいうとアブダクション推論は「偽」で間違ってるんだけど、人はどちらかというと蓋然性というか、「普通に考えたらそうだよね?」というふうに考えますよね。

高野/ええ。そうですね。

今井/例えば誰かと待ち合わせしていて、その人が来なかったとする。普段から忙しいから仕事が押しちゃって来られなかったのかなと思うわけですが、それは論理的には正しくないわけです。来なかった理由は、仕事が終わらなかったからだけとは限らなくて、ほかの理由もいくらでもあるわけなので。でも、「ああ、かわいそうに仕事終わんなかったのかな」と思ったりするじゃないですか。そういうのも全てアブダクション推論ですよね。

高野/チンパンジーはそれができないんですよね。

今井/そうです。動物はアブダクション推論しないんです。

高野/例えば、三角とリンゴを覚えさせて、三角を見せると、リンゴを持ってくることはできる。でもリンゴを見せても三角には行かない。逆方向の対応づけができない。

今井/そうです。前提と結果をひっくり返してしまう推論を対称性推論と言いますが、これはアブダクション推論と深い関係があります。それを動物はやらないんです。

高野/人間は当たり前にやってるし、やらずにはいられない。

今井/そうです。常に因果を考えてしまう。でもそれは正しいとは限らないんです。

高野/僕がやってることも、すごい手がかりの少ないアブダクション推論を連発してるわけです。もしかしたらムベンベがいるかもしれないとか。僕はそれがすごい好きなんですよね。でも、論理的に正しくないから、だいたいやることが間違ってる(笑)。

今井/でも私は、人類を進化させ、文化を作ったのは、論理的に合っている演繹推論ではなくて、間違っているアブダクション推論だと思うんです。それが人間のデフォルトの思考だから、こんなに進化したんだと思う。

高野/いやぁ、本当に素晴らしいことをおっしゃいますよ。僕は今まで自分のやってることを「間違う力」とか呼んでましたし、人からも呼ばれたりしてきたので。

今井/演繹推論は論理的には必ず真だけど、進まないんです。新しい知識を作らないんですね。新しい知識を作るのはアブダクションなんです。

高野/そうですよね。

今井/はい。だから私のセオリーでは、アブダクションをするから人間は言語という体系を作ることができた。」

○今井むつみ
いまい・むつみ 1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94 年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『ことばと思考』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『英語独習法』(岩波新書)など。共著『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店)、『言語の本質』(中公新書)などがある。

○高野秀行
1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。辺境探検をテーマにしたノンフィクションを中心に『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』など著書多数。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。

■対談 今井むつみ×高野秀行
 「言葉は「間違い」の中から生まれる」
 前篇 AIは「ジェスチャーゲーム」を知らない(2023年5月31日)

■対談 今井むつみ×高野秀行
 「言葉は「間違い」の中から生まれる」
 後篇 オノマトペから言語が発達した?(2023年5月31日)


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