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内田也哉子『BLANK PAGE/空っぽを満たす旅』〜「谷川俊太郎 a pet is a son」

☆mediopos3341  2024.1.10

内田也哉子の〝対話〟エッセイ

谷川俊太郎 小泉今日子 中野信子 養老孟司 鏡リュウジ
坂本龍一 桐島かれん 石内 都 ヤマザキマリ 是枝裕和
窪島誠一郎 伊藤比呂美 横尾忠則 マツコ・デラックス
シャルロット・ゲンズブールの15人との一対一の対話

母・樹木希林 父・内田裕也という
「人生の核心的登場人物を失い
 空っぽになった私は
 人と出会いたい、と切望」し
その旅路をたどったという

それらの対話の最初
谷川俊太郎との対話から
もっとも心ふるえたところを

谷川氏は内田也哉子に
「これから、あなたはどんなことをしていきたいの?」
という問いかけをし
内田氏がそれに呟くように答えたあと

谷川氏は映画『ギルバート・グレイブ』で主人公が
『あなたは、あなた自身は何を求めているの?』
と聞かれたとき
『I want to be a good person
 僕は良い人間になりたい』
と言ったことを思いだしこう付け加える

「きっと、大きな視野で、ちいさなことをする、
 ってことなんだろうな・・・・・・」

その言葉に内田氏は「必死に涙をこらえ」る

「大きな視野で、ちいさなことをする」

その言葉を読んだとき
涙のにじんだまましばらく放心してしまった

そう
なによりも求めているのは
「大きな視野」で
そのためにこそ日々過ごしているところがあるけれど
そのことで偉くなったり人に教えたりするのは
違うとずっと思っている

でもそんななかで
「大きな視野」のなかでこそできるだろう
「ちいさなこと」ができればいい

『大きくなったら、何になりたい?』
と聞かれたときかつては
「末は博士か大臣」と答えた時代があったようだが
世の中を見渡してみれば
それは死語であるどころか
博士も大臣もいまや
「人間」であることの最低条件さえ
守れない人間の典型とさえなっている

それらの人たちは
おそらく「小さな視野」しか持てない自我のなかで
「大きなこと」をしようとしている
あるいはしていると思い込んでいるのだろうが
そんな錯誤のなかで生きたくはない

「大きな視野で、ちいさなことをする」
その「ちいさなこと」がいったい何なのか
ずっと考え探しつづけている

そのためにこそ
自己満足でも承認欲求からでもなく
じぶんなりの可能なかぎり「大きな視野」を・・・・

■内田也哉子『BLANK PAGE/空っぽを満たす旅』(文藝春秋 2023/12)

(「谷川俊太郎 a pet is a son」より)

「おもちゃもほとんど与えられずに育った私にとって、絵本の物語の中に入って空想するというアソビは必要不可欠だった。大切にしてきた『ジョゼット かべを あけて みみで あるく』というイヨネスコ作、谷川氏翻訳の絵本が、私の人生にどれほどの影響を与えたかは計り知れない。あの時の出会いが、私のコトバ、美しいと思う音色、心がぞわぞわするものの原点となった。英語環境を中心に育った私が、日本語というとんでもなくふくよかな言語の泉に、子どものくせに官能をおぼえたのだ。きっと、初めて『出会ってしまった』という心の震動は、永遠に人生に響き渡るのかもしれない。大人になる道すがら、『二十億年の孤独』、『夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった』、『わらべうた』、『みみをすます』・・・・・・そして、大人になってからも『夜のミッキーマウス』、『すき』、『トロムソコラージュ』など、谷川さんの言葉は、私の中で鳴り止まない。

「人は変わりつづけると思う反面、基本的に芯のところは変わらないな、とも思うんです。僕の中でも、初めて書いた詩集の『二十億年の孤独』っていうのは、今でも自分の中にあるという感じがしますね」

 ある日の昼下がりにお邪魔した自宅の居間で、谷川さんは言い放った。」

 *****

「子どもの頃、母親が死んだらどうしよう、と本気で思っていたんです。でも、実際に死んだら、なんとも思わなかった」
 谷川さんは、こんな衝撃的なことをさらっと言う。まるで、昆虫好きの少年が、捕らえたばかりの虫の詳細を淡々と語るように。
 「あんなに母親と密着していたのに、最初の恋愛を経験したら、母のことはどうでもよくなってしまった。要するに、女性とは一対一の関係を持ちたい、ひとりの女性がいればいいと思う節があって。僕、どうかしてるとは思うんですけどね・・・・・・」
 そのある種の冷たさに引きつつも、はたと、自分にもどこか身に覚えがある、とはっとする。初恋をしたときに、それまで頻繁にあった母親との抱擁に違和感を覚え、以来、よほどでない限りスキンシップは無くなった。母と私は同性であいr。さらには親子愛と恋愛は別なはずなのに、と当時は自分の生理反応に戸惑っていた。
 「谷川さんも、私も一人っ子特有の感覚ってあるんですかね?」
 という質問とも感想ともつかない言葉を発する私に、
 「正直、70代くらいまで、人間に興味がなかった。それまで、とにかくひとりが好きだったから。でも不思議と、年とってようやく友だちの大切さがわかってきた気がする。少しは真人間になれてきたのかな」」

 *****

「「死というものがないと、生きることは完結しないんです。僕は死んだあとが楽しみ」

 谷川さんは、とても清々しくそんなことを言う。若い頃から、生と死とは反対語ではないと信じ、「死」についての「詩」も多く書いてきた。そして、たとえ身体は死んでも、魂は残ると、アタマではとらえず、自然が神だとハダで感じる。

 「とはいえ、もちろん僕だって、死んだことないから、なにもわかりませんよ。ただ、そんな気がするというだけ。昨日なんて、ある禅の修行をする人に〝あの〜、悟ってるんですか?〟なんて聞いてみたら、答えはそんな一か八かじゃなく、徐々に考え方が変わってくるのが悟りだと言われたんです」
 と谷川さんははにかんだ。」

 *****

「「これから、あなたはどんなことをしていきたいの?」
 目の前の神様から、究極の問いかけが渡された。私は絶句したあと、自分の心に虫眼鏡をかざす。
 「今まではどちらかというと、子ども三人を育てたり、自分と家族のファウンデーションを築いたり、守ったりすることに力を注いできたけれど、もうそろそろというか、ようやくこれからは、誰か、人のために少しでもなることを具体的に模索して実践したいと・・・・・・でも、それは究極の幸せに出会うことにつながるというか・・・・・・自分の興味あることに導かれていって、その先に、もしも誰かに安心してもらえたり、欲を云えば喜んでもらえたりしたなら、それ以上の幸福はないと・・・・・・だから『誰かのため』と言いつつ、『自分のため』なんですけどね・・・・・・」

 と、43歳現時点のココロを、とりとめもなく私は呟いた。

 「あのね。よく大人が子どもに『大きくなったら、何になりたい?』って聞くじゃない? で、普通はそこで、『野球選手!』とか『看護師さん!』とかの答えを期待するじゃない? でも、僕ね、大好きな映画で『ギルバート・グレイブ』っていうのがあって、その中で忘れられないセリフがあるの。主人公の男性が、友人かたの質問攻めに次々と答えていくの。
 『ママには、エアロビのクラスに行ってもらいたい。妹には、もうちょっと大人になってほしい。弟には、新しい脳をあげたい』
 そして、最後に、
 『あなたは、あなた自身は何を求めているの?』って聞かれると、
 『I want to be a good person.僕は良い人間になりたい』
 って、言うの。なんか、それを思いだしたな・・・・・・。それには、きっと、大きな視野で、ちいさなことをする、ってことなんだろうな・・・・・・」
 谷川さんが、そう夢中で話し終えると、私は必死に涙をこらえた。」

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