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【短編】トゥーロングトゥーリブ

「え、本当ですか」
「ええ、これは絶対です」
「マジで?」
「ええはい、マジです」
「はあ」
「はい」

   絶対に当たる占い師———誰もが嘘だと思い、誰もがバラエティ番組のいい加減なにぎやかしのようだと馬鹿にした一人の女性。年は50~60代と言ったところか、その素性すじょうは全くの不明である。そんな怪しい自称占い師が一気に話題の中心になった事件があった。中華街の裏、ある若者がその人から余命3ヶ月と宣告せんこくされ、実際に3ヶ月後に事故で亡くなったのだ。どうしてかそのうわさは広まり、怖いもの見たさで彼女の元へ足を運び、占い、と言うより自らの人生のタイムリミットを知りたがるものが続出した。そして、その占い師はことごとく短い余命を人々に伝えた。短いものは半年、長くても10年。恐ろしい結果を伝えられると、人間は恐れ、身震いし、そして一周回って「残り少ない人生をどう楽しむか」を今までより何倍も考え、結果的に占いを受けた後の営みはとても晴れ晴れしたものになった———らしい。

 丸山は、今の人生に疲れを感じていた。朝から晩まで働き、脳が思考停止したときに将来を見据えたパートナーに突然の別れを切り出された。「前と比べて、なんかワクワクしない」とのことだが、もう以前の自分がどんな存在だったのかも思い出せない。新卒の時に借りた、都心にまあまあ近い千葉県の1Kは、引っ越しすら面倒でもう8年も———9年かもしれない———住んでいた。慎ましい生活を気取るわけでもなく、ただリクルートスーツを着ていたあの頃から何も変わっていない自分が、鏡を見ると少しセピア色に見えた。その時、ああもうダメかも、と感じた。だからこそ、焦点の合わない目でSNSをスクロールし、ありがたいことに人生のゴールラインを教えてくれる人がいると知った時は久しぶりに救われた気がした。









 「ろ、60年?嘘ですよね、冗談やめて下さい」
「冗談なんか言いません。アナタ90まで生きるよ」
ありえない。丸山は愕然がくぜんとした。口コミをみても、誰も彼もが与えられた余命の短さに阿鼻叫喚あびきょうかんしていたのに、60年。このクソみたいな人生が、あと60年も続くのか。小説で、『10年しか残っていなかった場合、何か始めるには遅すぎて何かを止めるには早すぎる』なんて言葉を見たことを一瞬思い出したが、6倍も与えられている丸山には関係のないことである。
「ちょ、いやあの噂でみーんな余命が短く言われるって聞いたのですが」
占い師は、顔色ひとつ変えない。これが夢ではなくリアルであることを教えるように一陣の風が吹くと、彼女は口を開いた。
「何か勘違いしているかもしれないですが、わたしは余命わずかな人間ばかり相手しているわけではないです。当然大抵の人はそれなりに長く生きる。余命わずか、つまり珍しいケースだから人々は騒ぐんです。わたしにはどうにも出来るところではありません。そして、残りの時間が長かろうが短かろうが人生の価値は変わりませんよ。60年の時間、どう生きるかなんてのは結局あなた次第」


丸山はその素晴らしい言葉を———まるで聞いてなかった。あまつさえ怒りを覚え、体を震わした。この女、アホな数字を出すどころか講釈垂こうしゃくたれるとは、と。勢いよく立ち上がって、丸山は大声を放った。
「もういい!もうクソ喰らえだこんな人生!!」



一種の錯乱さくらん状態にあった丸山は、その日のうちに辞表を作った。いつぶりかの酒を浴びるように飲み、二日酔いで頭が回らないまま翌日に提出。喜ばしいのか悲しいのか、誰も丸山を止めることなく、門出を迎えた。退職後、冷静になって頭を抱えたが、駅構内のトイレの鏡に映った自分は、いつもよりビビッドカラーに見えた。

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