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優しさという目に見えないものを形にする方法

最初はちょっと苦手だった。
いつもぶすっとした表情に思えたし、
仲のよい人の前でだけ
紐がほどけたように人なつっこい笑顔になるのも、
私がくっきりとその人の世界から区切られている気がして気に食わなかった。

二人だけの当番の日は緊張した。
引かれた境界線に触れないように話すのは神経を使う。
隣り合ったデスクで白っぽい床を見つめながら
忙しい日になるよう、願っていた。

時間をかけて、
ゆっくりゆっくりお互いの存在を認めていったと思う。
いつしか、二人での当番は心強いと感じるようになり、
白っぽい床を見つめることはなくなった。

本や紙に囲まれたホコリっぽいオフィスで色々な話をし、
たくさんのことを教わった。
美しい言葉を、正しく使う人だった。
「後学のために」
から始まり、
「取り急ぎ、ご報告まで」
というビジネスで使える言葉や
「青菜に塩」
というちょっと玄人っぽい日常の表現も教えてもらった。
ダークな色合いをお好みで一見地味に見えるが、
持っているものは洗練されていて、その選び方も教えてもらった。
目立たないが、節々がかわいらしい人だと仲良くなって知った。
正しい厳しさと、押しつけない優しさを持っていることも知った。

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ある時、私は派手に体調を崩し、
しばらく休養が必要だという診断を受けた。
みんな「大丈夫、気にしないで」と言ってくれる優しい職場だった。
でもなぜか、その言葉が申し訳ない気持ちをさらに大きくした。

一人一人に謝り続け、次は彼女のところへ行く番。
ちぢこまる気持ちは姿勢にも出て、顔をあげることができない。
うつむいて謝る私にかけられた言葉。


「無理をして働いても、会社はあなたの身体まで守ってやれない。」

「自分のことは自分で守ってやるしかない。
自身の声を一番優先して、ゆっくり休みなさい」


さっきまではいたたまれなくて顔を伏せていたのに、
今度はこみあげる涙をこらえるために、顔を上げられなかった。
いつかと同じ白っぽい床がゆらゆらする。
そっと目線を上げた先には、あの人なつっこい笑顔があった。

休暇のお陰で快復した数ヶ月後、彼女は異動していった。
私も数年後にプライベートな理由で会社を去ることになった。
自分のことは自分で守ってやるしかないという言葉は、
時を経て場所を変えても、何度も何度もくりかえし私の支えになった。

なんとなく
“元気でいてくれているだろう”
“相変わらず忙しくなさっているだろう”
と連絡を取らずに遠ざかっていた。

元同僚の先輩に会った夏、彼女が一年前に亡くなったことを知った。
実は人見知りだったこと。
同じ職場にいた時から、本当は体調が万全ではなかったということ。
当時の言動が、意味を結んでいく。

あの言葉は、彼女自身が一番欲しかった言葉だ。
それを私に与えてくれた優しさが、今になって余計に染み入る。

「自分を優先できるのは自分だけ」
「自分を守ってあげて」

何度も私を支えてくれた言葉は、受け継がれて
今、その言葉を必要とした私の周りの人たちへ届けられている。
読んでくれたあなたやあなたの周りにも
この言葉を必要としている人がいるなら、届いてほしいと思う。

優しさは目で見ることはできないけど、
思いを込めて言葉にすることはできるのだ。

お読みいただきありがとうございました!
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