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やーなーさんのご主人が亡くなった。

だいぶ前に書かせてもらった「やーなーさん」のご主人がなくなった。
ご親戚でのお葬式の後、息子さんが帰ってから、私に助けて欲しい事がって電話があり、すぐお伺いしたのだ。

やーなーさんはすぐご近所です。
ご主人は、認知症で施設に入られて15年以上は経っている。
やーなーさんは、施設に電動自転車で通い続けた。

とにかく感謝、感謝の言葉しかでない。

「私はあほうだから」と何度も言う。
「そんな私を好いてくれて幸せいしてくれて感謝」なのだ。

やーなーさんは、識字障害です。1回だけ私は言った。
「やーなーさんは、あほうやないよ。
発達障がいの中の学習障がいのの中の識字障がいやよ。
私も発達障がいの中の学習障がいの中の計算障がいやから、一緒やよ。」
と言っても、やーなーさんには、わからないし、私はすごく頭のいい人と思ってる。
そして今更そう言われても、やーなーさんが必死で「あほうやから」と何度も言いながら生きてきたのだから。

やーなーさんが、文字を読んでる姿は何度か見てきた。他は頭がいいし工夫し努力している。

私が、46才で学習障がいかも、となった時もお医者さんも「今更調べる?」といった感じだった。

私も小3で、友だちの「計算は間違っているけど、やり方はあってます。」と言う言葉で自分を理解し工夫して生きてきただけだ。

この年齢の発達障がいの人はわかってきているが、教育現場の特別支援学校の先生、特別支援学級の先生の友達の悩みは変わらない。

やーなーさんのご苦労は変わりない。

やーなーさんとご主人と大恋愛だった。
今回もその話を話していた。

「奥さんも、子どももいるからやめとけと言われた。あほうの私を好いとってくれた。カーテンとかを繋げて2階から降りて駆け落ちした。
こんな私を幸せにしてくれた。」と感謝感謝
の言葉を何度も言う。
私も一緒に泣いてました。

15年以上も、もう一緒に暮らしてなくても悲しくて寂しくて仕方ない。
施設に会いに来ない家族もいる。やーなーさんのご主人は認知症だ。それでも通い続け、ご主人の言う事は「私はあほうやから」と守り続けた。

私が、知ってる人に連絡すると、次々と訪問者がくる。

自分の人生を考えずにはいられない。

〜「やーなーさん」は6話構成で、マガジンにしていない。マガジンが20個しかできなくて、消しては増やしている。note
に要望しようと思っているが、後回しになっている。
創作大賞にもピッタリだが、エッセイ部門は、一つにまとめなければいけない。
時間があればと言う事にします。
流石に疲れたので書かせてもらました。やーなーさん、ありがとう。お裾分けいっぱいで、私太りそうです。〜

ごめんなさい。詩に夢も憧れもありません。できる事をしよう。書き出すしかない。書き出す努力してる。結構苦しい。でも、一生書き出す覚悟はできた。最期までお付き合いいただけますか?