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偏見の眼鏡、想像力の翼——世界双極性障害デーに寄せて

【世界双極性障害デーとは】

“双極性障害に対する理解を深め、社会的スティグマ(社会的に立場の弱い人々に対する差別や偏見)をなくすことを目的とされており、双極性障害を患っていたとされるファン・ゴッホの誕生日が330日だったことにちなんで制定されました”

そもそも偏見とはどういう心の働きでしょう。「好意的ではない先入観」と言い換えることが出来ないでしょうか?

「障害※」と聞くと、いわゆる健常者は身構えるかも知れません。健常者と障害者、その境界線は一体どこにあるのでしょう。

※思うところがあり”障がい”という表記を避けています

偏見の対極にあるのは「想像力」ではないでしょうか。ものごとの本質を俯瞰し「人」とは何か、そう問うことではないでしょうか。

「困った人は、困っている人」という言葉を聞いたことがありませんか?

「危害を加えてくる人」ではなくて「どうしていいかわからない人」ではありませんか?

私の困り事に病名がついてから7年になります。最初に症状が出てから20年以上も経っていました。

なぜそんなに時間が掛かってしまったのか。それは無知と偏見が原因でした。

まさか自分が病気だとは思いませんでした。「暗い」と言われることがよくありましたが、性格の問題で自分が悪いのだと思っていました(慢性的なうつ状態が長く続いていただけでした)。

親やパートナーに対し共依存していたため、自分が相手を心配する立場でした。周囲に自分をケアしてくれる人がいなかったことも病気の発見が遅れる原因だったと思います。

そして何よりハードルが高かったのが「精神科」を受診すること。背中を押してくれたのは当時交際していた方で、臨床心理士でした。その道のプロが病院に行くことを勧めるのなら仕方ないと、ある意味で自分の状態を客観視出来たのだと思います。

双極性障害で私が最も困ることは、形を変えて何かに依存してしまうことです。発症した時から何十年も過食に悩んできました。

依存(アディクション)の対義語は、
繋がり(コネクション)と言います。

両親は自分自身の生きづらさと闘うのに精一杯で、ある意味ネグレクトされていました。

何かに寄りかかることでその孤独を紛らわせ、なんとか生きてきた。だから依存は私にとって杖のようなものでした。

今は少しずつ、社会に繋がりを作ろうとしています。打ち込める趣味、好きなものが共通の集まり、居心地のいい場所。そういうものを見つけて外に出るのが楽しくなりました。

私の夢は、障害を恥じることなく自己紹介が出来るようになりたいということです。

ただ、自己開示することで相手を怖がらせたくはありません。そこには依然として社会的な誤解と偏見が立ちはだかっています。

障害者手帳を返納しても、私は生きていけるでしょう。でも生涯病気であることに変わりはありません。

障害者と健常者。私はその二つの円に片方づつ足を置きながら、軸足を定められずにいます。

ただ、自分の経験がきっと誰かの役に立つと信じて、私なりに心を開いていたいと思います。

平等の意味を考える時、自分の思考の外にある人たちのことを想像出来なければ意味がないと思いませんか?

いつか「障害者」という言葉がなくなりますように。

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