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そこに思い出の味は無かった ~武蔵野アブラ學会上海店来訪にまつわる悲劇~

そこにあの思い出の味は無かった。

中国には様々な日本料理店がある。

寿司、天ぷら、ラーメン、牛丼、

味や値段はともかくとして、たいていの日本食は中国でも堪能することができる。

しかしただ1つだけ中国の飲食店では決して出会うことのできない日本の味覚がある。

油そば

極太の麺と濃厚なタレが織りなす奇跡の調和で数多くの人々を中毒症状に追いやった日本が世界に誇るソウルフードである。

僕の所属していた早稲田大学では大学周辺に多くの有名油そば店が点在しており、「油そばを食わぬ者は早大生にあらず。」という言葉もあるほど油そば熱が高い。

そんな油そば激戦区早稲田において燦然と輝きを放ち続けている名店がある。

武蔵野アブラ學会

都電荒川線早稲田駅前に店を構え、学生の間では「學会」の愛称で親しまれる名店中の名店である。

「他店では決して再現できない」とも評される味はもちろんのこと、清潔さが全てとされる飲食業界において頑なに狭く若干の不潔感漂う店内を貫き続ける一貫性。

そして学生とのコラボ企画に積極的に協力してくれる懐の深さ。

まさに学生の街早稲田にふさわしい学生を愛し学生に愛された油そば店である。

そんな名店の味が早稲田から約2000km離れた上海で楽しめる!?

僕は耳を疑った。

東京外にすら進出していない學会がなぜ上海にあるのか。

すぐさま調べると確かに上海には學会の支店があった。それも四店舗も。

一時期は毎日のように學会に通っていた僕もすでに1ヶ月近く油そばを食べていない。

中国の麺類はどれも不味い訳ではないが、極端に辛いものと極端に薄いものばかりであの學会を彷彿とさせる味は無い。

僕はどこか物足りない中国の麺類を見る度に今は無き學会に思いを馳せていた。

そんな學会の味を中国で楽しめるなんて。

僕は上海到着後最初の食事を學会に決めて、いまかいまかとその時を待っていた。

もはやこの時僕の上海旅の楽しみの大半は學会になっていたと言っても過言ではないだろう。

そして昨日上海に着いた僕は念願の學会との出会いを果たした‥はずだった‥

北京からの夜行列車に揺られること12時間、僕はついに上海に到着した。

前日の夜から何も食べておらず、限界までお腹を空かせていた僕は上海の雰囲気を感じるのもそこそこにすぐさま最寄りの學会に向かった。

今回訪れた學会は夜行列車の停車駅である上海车站から5駅ほどの静安寺駅直結のフードコートの中にある。

ここは大都市上海。駅構内は激混みで切符を買うだけで数十分待たされるというアクシデントもあったが、僕はまだ見ぬ學会の味を想像して必死に耐えた。

そして電車に乗り込み揺られること15分。ついに静安寺駅にたどり着いた。

あの夢にまで見た學会が手の届くところにある。

自然と足取りが軽くなっているのが自分でも分かった。

そして改札を出て右に曲がってすぐのフードコートに入ると

あった。

流石は名店武蔵野アブラ學会。昼前にも関わらず多くの人で賑わいを見せていた。

僕はすぐさま席につき油そば大盛(45元670円)を注文した。

油そばを待つ間、學会にまつわる様々な思い出が甦ってきた。

1年生の時所属していたバスケサークルの練習後に友達に連れられ初めて學会を食べたときの衝撃。

別の油そばの店が好きだと主張する友達との言い争い。

早稲田から1トン増やす会という増量団体を立ち上げた時、フォロワーが数十人しかいなかったにも関わらず、快くコラボ企画に乗ってくれた器の大きさ。

どれも今となっては美しい思い出ばかりだ。

そんなことを考えていると目当ての油そばがやって来た。

あの思い出のビジュアルとなんら違いは無かった。

おそらく今日という日も學会にまつわる美しい思い出として僕の脳裏に刻まれるはずだった‥

そこにあの思い出の味は無かった。

一口食べた瞬間僕は異変に気づいた。

「薄い」

あの學会特有とも言える濃厚なタレの面影は全くなく、ほとんど味のしない油ギトギトの麺が延々と続くだけであった。

卓上にあった酢とラー油を入れてもこの状況は変わらず油っこいという欠点を際立たせるだけであった。

お腹を空かせる+思い出バイアスといった最強のスパイスを持ち込んで食べたのにも関わらずこの不味さであれば、普段の味も大方想像がつく。

何より僕が腹が立ったのはこの静安寺店の精神だ。

小洒落たフードコート内に店を構え、油そば店でありながらカレーやお茶漬けといった日本食という点以外に共通項の無い料理までメニューに加える

飲食店の流行に惑わされず、一貫して油そばの味で勝負する早稲田本店の爪の垢を煎じて飲むべきである。

このような店が同じ武蔵野アブラ學会を名乗って良いものか。

またメニューにはこんなことが書かれていた。

「1度日本に行く機会を減らす」

この程度で日本の味を再現した気にもなっているのか。

本店の味を知る者として静安寺店の油そばは油そばとは言えない。

これは見た目だけを似せた完全な紛い物だ。

この油そばを食べた中国人が「日本の油そばなんて大したことないな」と思ってしまったらとても残念だ。

本家と全く関係のない日本食店ならともかく、「武蔵野」を名乗るのなら本店の味を完全再現できるようになってからにして欲しい。

このブログがいつか静安寺店にまで届くことを願ってやまない。

武藏野 芮欧百货店

上海市-静安区-南京西路1601号-芮欧百货B2

地下鉄2号線静安寺駅4番出口地下2階

営業時間 10:00~22:00

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