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出会いは証明書を付けて | #6 同じ星の下に生まれても

プロフィールを何往復読んでも、何ひとつ趣味が合わなさそうだったのが5番目に会ったエリさん(仮名)だ。

休日はテニス、ゴルフ、ヨガ。好きな映画は「007」シリーズ。旅行先は京都、日光、ポルトガル、モロッコ。見事なまでに全て僕の担当範囲外だ。共通項がない。

生年月日がまったく同じだという点を除いて。

写真閲覧のハードルが異常に高いチャラ婚(3ヶ月契約中)を断腸の思いで封印し、僕は麗しきユル婚とガチ婚の世界に舞い戻っていた。

この頃になると、僕はもう自分からガンガン「気になる」を送ることに全く抵抗がなくなっていた。受け身で待っていても「何かが勝手に」起こったりはしないのだ。

PDCAなんてまどろっこしい。必要なのはA(アクション)だけだ。

興味が持てる人を選別してからアクションするのではない。

リアクションが返ってきた人に、後から興味を持てばよいのだ。

これぞ地動説だ。いや、むしろ天動説か? どっちでもいいや。

とにかく、当たり前に写真が見られるのって素晴らしい。

そんなときユル婚で「生年月日が自分と同じ」というエリさんを見つけて、僕は興奮を抑えられなかった。

これ以上テッパンな掴みはない。

婚活サービスでは公的証明書の提出が義務付けられているから、生年月日は偽装できないのだ。

さすがに「運命的」とまではいかない地味な合致だけれど、メッセージ何往復分かの価値はあるはずだ。

それにプラスして、共通の趣味でもあればデートまで行けるかもしれない。

「生年月日だけじゃなく、同じ映画が好きなんて!」「(略)旅行先のチョイスが似ているなんて!」妄想は膨らむ。

しかし残念ながら、冒頭に書いたように彼女のプロフィールに書かれた数少ない固有名詞はことごとく僕の管轄外で、それ以外の情報の解像度が低かった。いや、抽象度が高かった? これもどっちでもいいか。

品の良い女子短大を出ていること。六本木のIT系企業に契約社員として務めていること。中目黒に住んでいること。具体的な情報はそこまで。

あとは「お互いの家族を大切にしたい」とか「感謝の気持ちを忘れないでいたい」といった言葉が振りまかれているだけだ。塩も醤油も使わず、鰹だしと昆布だしだけで味付けしたような。ひたすら健康にはよさそうな。

いやいや、多くを望んではダメだ。ここはアクションしかない。

味付けなんて、後から卓上の調味料を使えばよいのだ。


「はじめまして! 生年月日がまったく同じだったので、何かのご縁かと思い、メッセージを送っています。よかったらお返事ください。ではでは」

思い返すと「ではでは」って本当にキモい。

でも当時の僕ははそれが年相応にフレンドリーな表現だと思っていつも使ってたのだ。

6日後に返事が来た。(返信があった中では最遅記録)

「同い歳の人はたくさん居ますが、誕生日まで同じ人は初めてです! プロフィール拝見しましたけど、それ以外にまったく共通項がないですね(笑) なさすぎて、逆に面白いです(笑)」

おお、やっぱり向こうもそう思ったか。僕は秒で返事を書いた。

「お返事ありがとうございます! 共通項ないですよね(笑) では、イチかバチかで話題を振ってみますね。エリさんのプロフィールに『温泉好き』ってありましたよね。僕は温泉マニアというわけではないのですが、金沢のA旅館だけは行ったことがあって、とても素敵でした。あと、今度『スター・ウォーズ』のエピソード7が公開されるので、先週末に過去作品6本消化したところです。何度目になるかな。やっぱり5が最高です。(略)興味ない話題だったらごめんなさい」

(実際はこの20倍くらいの長文を送った)

5日後に返事が来た。

「A旅館、私も大好きです。すごい偶然ですね。『スター・ウォーズ』は、話題になっていたので私も観ようと思っていたところでした。6本もあるんですね。なんだか意外と共通項、ありましたね」

おぉ、A旅館すげえ。リカさんありがとう。

それ以降もずっと返信は遅かったけれど、エリさんとのラリーは途切れることなく続き、デートの設定にまで進んだ。

僕はマニュアル通り「休日カフェランチ(表参道)」を提案し、彼女は予想を裏切って「平日ワインディナー(場所はおまかせ)」を望んだ。

テストだな、と僕は思った。

人間面のテストにはまったく自信がないけれど、情報面のテストなら、なんとか対策はできる。

僕は手持ちの食べログカードの中から、いちばん間違いのない、予算ひとり2万円くらいの、テーブルの反対に座っている相手が見えないくらい照明が暗い、アーバンなグリルレストランの窓側席を予約した。

あそこなら絶対に外さない。

約束した時間の30分前からレストランで待機していた僕の前に、時間ピッタリにエリさんが登場した。

入り口でベージュのトレンチコートを店員に預け、淡いラベンダーカラーのぴったりとしたニットを着た彼女が早足で近づいて来る。

僕は慌てて席を立って会釈をした。テーブル上の照明と顔が近づきすぎてまぶしい。

店員が彼女の椅子を引き、僕と彼女が同時に腰をかけた。

少しずつ視界が戻り、テーブル越しに初めて視線を交わしたときの彼女の目を、僕は今でも忘れることができない。

それは失望の目だった。

エリさんは正直なのだ。

僕の容姿が気に入らなかったのだ。

出会った瞬間に、2時間後にテーブルを立つまでのカウントダウンで頭がいっぱいになったのだ。

それくらいは僕にだってわかる。

それから100分間、彼女はほとんど何も話さなかった。

場を白けさせないために、僕は精一杯に薄めて水みたいになったミレニアム・ファルコン号やダニエル・クレイグやロジャー・ムーアの話を続け、彼女はほとんど感情のない目つきで濃い色の赤ワインを飲み続けた。

一度だけ僕が質問すると「私、自分のことは話さないんです」と彼女は答えた。

僕はテストに落ちたのだ。人間面の。

レストランを出て別れ、それぞれ別の駅に向かって歩いていると、エリさんからLINEが入った。

「今日はごちそうさまでした。お話してて、とっても面白い人だと思いました。でも、恋愛対象としては見られないです。ごめんなさい」

それは知ってた。

でもあなたがそんなに早く返事ができるなんて、知らなかったよ。(つづく


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