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出会いは証明書を付けて | #4 イントロは要らない

初めて女性側からメッセージをくれたのはユウコさん(仮名)だった。僕が3番目に会った女性だ。

彼女のプロフィールは謎めいていた。ひとつ下の41歳、大阪在住、学生、アルバイト、年収500〜600万円、前職は芸能関係。

芸能関係?

ガチ婚で僕が女性に対して「気になる」を送っても、返してもらえることは少ない。そして交換が成立しない限り、メッセージを送ることはできない。

そもそも、女性側から僕を見つける時点でハードルがあると思っていた。僕は正直に「離婚歴あり」「子供あり(別居)」と登録していたし、女性側はそれを検索条件として使えるからだ。

つまり、女性が男性を検索するときに「初婚」や「子供なし」をチェックしていたら、僕は結果に表示されない。存在しないのと同じだ。

彼女と交わした自己紹介の流れの中で、僕は女性側から初めてメッセージをもらったのがユウコさんだったことを告げ「バツイチ子持ちなので、なかなか相手にされません」と書いた。

それに対する彼女のリアクションは意外なものだった。

「女性から見て、ハードルが高いのはたぶんそこじゃないと思いますよ。自己PRに書かれている『結婚は目的ではなく結果だと思っているので、最初からすぐに結婚したい、とは思っていません』のくだりじゃないでしょうか。ここに登録しているのは結婚したくて焦っている女性が多いですから」

え? 
そこ??

「私も焦っているのですが、たしかに『まずは好きにならないと意味がない』と言われたらその通りですね」

自己PRに「今すぐ結婚したいです」って書いた方が女性を惹きつけるのか!

考えもしなかったよ。だってそんなの順序がおかしいじゃん。

ユウコさんは元シンガーで、10年ほど前にCDを1枚出していた。

残念ながら2枚目が出ることはなく、その後の彼女はライブイベントのプロデュースなどの裏方にまわり、今は資格取得を目指して専門学校に通いながら大阪のラウンジで接客業のアルバイトをしているとのことだった。

「歌が歌えるから、時給が高いんです」

職歴も年収もプロフィールに嘘はなかった。

それから僕たちはメッセージ機能を使って、お互いの婚活サービス内の体験を語り合った。

連載の初回に書いた通り、男女とも自分以外の同性のプロフィールを見ることができないので、興味津々なのだ。

ユウコさんが披露してくれたのは、松濤に住んでいる年収2,000万円超で45歳の男性とのエピソードだった。

その男性と「気になる」を交わしたところ、いきなり「女性からのコンタクトが多くて困っている。今すぐあなたに決めるから、他の男とのやり取りは全部切ってほしい。それが約束できるなら会いたい」という趣旨の長文メッセージが来て、「1日考えさせてください」と返事をしたら「それなら結構です」と去られたそうだ。

すごい。むしろカッコいい。

僕は強く印象に残っていた客室乗務員のプロフィールの話をした。

その女性は自己PR欄に「自分はCAなので容姿に自信があります。以下に該当する人からのメッセージはお断りします。1:自分のことを『俺』と言う。2…」のように条件を10個並べていたのだ。僕はそれを読んで笑ってしまって「気になる」を送ることができなかった。

ユウコさんは「笑」に続けて「でも、わからなくもないです。その女性もいろいろ嫌な思いをしてきたのかもしれないですから」とコメントした。

確かに僕もつい先日「嫌な思い」をさせてしまった男なので、返す言葉はなかった。

メッセージを重ねて打ちとけた僕たちは、会う約束をした。

大阪在住のユウコさんを気軽に誘えないと思っていたのだが、彼女は毎週末、新幹線に乗って麻布に住む弟夫婦の家に来ているというのだ。

子供好きな彼女はまだ未就学年齢の甥っ子ふたりと遊ぶのに夢中で、弟夫婦は週末に育児から開放されて用事を済ませることができる。そんなWin-Win関係が成立しているそうだ。

デートが決まると、僕は彼女の名前でCDを検索した。発売から時間が経っていたので新品は品切れになっていたが、アマゾンで中古を見つけ、注文した。

夕方の東京駅で会ったユウコさんは、プロフ写真で見せていたエキゾチックなメイクをシンプルなものに変え、少しだけ夜の匂いがするアクセサリーをいくつか身に着けていた。

Uberを使って清澄白河のカフェに向かい、予約していたテラス席に座ると、彼女は僕が準備した一連のディテールにちゃんと全部気づいて、喜んでくれた。

「ちょうどいいんです」彼女は言った。「失礼に聞こえたらごめんなさい。でも、本当になにもかも、私が『こうだったらいいな』って思っていたイメージとぴったりなんです。これ以上高級だとプレッシャーになるし、これ以上カジュアルだとがっかりする、絶妙な感じです」

それはよかった。本当によかった。

事前に聴いていた彼女のCDは素晴らしかった。

一人称が「僕」で「君」に語りかける女性シンガーは数多いるけれど、彼女のミニアルバムに収録された楽曲の歌詞の世界観も、オーガニックなアレンジも、ミックスボイスを使いこなす歌唱力も、テレビに出ている歌手に引けを取らないものだった。これが売れないのなら、ヒットチャートってなんなんだよ、と僕は思った。

アマゾンから届いた中古のCDケースのスリーブの裏には、女性の文字で書かれた手書きのメモが挟まっていた。

読んでみると、結婚式を迎えた新婦が、参列してくれた友人に向けた手紙だった。自分の結婚式のBGMで使ったユウコさんの楽曲を、友人にプレゼントとして送っていたのだ。メモに書かれていたのは僕がいちばん好きな曲と同じだった。

ユウコさんとはLINEでたくさん話をして、その後も1度だけ食事をした。

けれど、そこから先に進むことはなかった。

彼女はとても明確に「子供がほしい」と考えていて、40歳を超えた自分の年齢と真剣に向き合っていた。

僕は子供を絶対に望まないというわけではなかったけれど、自己PRに書いていたように「結婚は目的ではなく結果」だという思いを変えることはできなかった。

その溝を埋めるには、お互いのペースが違いすぎたのだ。

彼女は最初からそれをわかっていて賭けに出てくれたのかもしれない。その意味では、松濤の45歳男性の方が、よほど誠意があったのかもしれない。

もしくは彼女が最初から条件リストを開示してくれていたら。

この原稿を書くために、4年ぶりに彼女の音楽を聞いた。

僕のいちばん好きな曲はイントロがなくて、歌声が流れた瞬間に鳥肌が立った。(つづく

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