見出し画像

出会いは証明書を付けて | #9 証明なんてできない

ネット婚活を利用し始めて2ヶ月が経過した2015年12月中旬、僕はすべてのサービスから退会した。

そして退会直前に出会った8番目の女性と年明けから交際を始め、3年と少しで別れた。つい半年前のことだ。

彼女のことについては、この連載では書かない。

なぜ僕はネット婚活サービスを利用したのか。

2014年2月、僕は13年間の結婚生活を終え、当時5歳だった息子は元妻と住むことになった。僕はひとまず都内の実家に戻って1年半ほど過ごした後、2015年9月からひとり暮らしを始めた。

離婚後、僕は新たに誰かと交際するという発想を持たなかった。

想定しなかった事態が次々と起こって、弁護士と打ち合わせをしたり、家庭裁判所やメンタルクリニックに通うだけで精一杯だったのだ。


ひとり暮らしを始めてすぐ、僕は自分が置かれた状況を抱え込むことに耐えられなくなった。誰かに話して楽になりたかったのだ。

思い切って10年ぶりくらいに高校の同級生に声をかけると、4人が僕の家に集まってくれた。

僕が離婚に至る経緯とその後に起きていることをひと通り話すと、彼らは口を揃えて「離婚に関しては、お前が100%悪い」と言った。良い友だちだ。

そしてこう続けた「今起きていることは考えても仕方がない類のことだ。お前が先に進むためには、再婚でもして気持ちを切り替えるしかない」

翌日、僕はネット婚活サービスに登録した。これが連載第1回目の前日譚だ。


実際に会った8人の女性とは別に、メッセージのやり取りだけをした女性が10人は居た。

つまり、婚活サービスに登録していた2ヶ月間の間で、僕は少なくとも18人の女性と交流したことになる。結果的に僕は昼夜を問わず、毎日何通も、見知らぬ女性に対してメッセージを書き続けていた。

自宅、移動中、会社、出張先、買い物。どこに居てもスマートフォンを常時チェックし、女性からメッセージが入れば1秒でも早く返事を返しようとした。

メッセージだけのやり取りだけで終わったケースでも、ほとんどの女性はとても感じがよかった。

港区にある高級外車のショールームで受付をしている33歳の女性が突然メッセージを送ってきてくれたことがある。

オフィスで勤務中だった僕は、慣れないフリック入力で1分くらいかけながら「スマホだと文字入力が遅いんです」と書いた。それに対して彼女は2秒くらいで「チャームポイントですね」と返してくれた。

システム的な都合で、彼女はプロフィール画面に顔写真を出すことができず、僕の写真も見ることができなかった。

そこで、僕たちはすぐにLINE IDを交換して、写真を見せ合うことにした。まず、彼女からショールームの化粧室で撮影した写真が送られてきた。綺麗な人だった。

次に僕が自分の写真を送ると、しばらくしてから彼女から返信があった。

「プロフィールをよく見返したら、お子さんがいらっしゃることに気づいてしまって。私、そこについてよく考えないままメッセージを送ってしまいました。ごめんなさい。写真で断ったって思わないでくださいね。本当に写真が原因じゃないんです」

ぜんぜん悪い気はしなかった。

むしろ、彼女の気遣いに感謝の気持ちしかなかった。

その一方で、理不尽に悪意をぶつけてくる女性も何人かは居た。

例えば女性側から突然「AかBを選んでください」と問われ、僕が「Bです」と答えると「そこでCと答えない男は最低だ」と怒られたりする。

仕方なく僕が「察することができなくてごめんなさい」と詫びると「謝るのは誰にだってできる。私の不快な気持ちをどうしてくれるのだ」と詰め寄られる。僕なりに丁寧に話を続けようとすると、キツイ捨て台詞を残してブロックされる。

12月中旬、出張先の福岡から帰りのフライトに乗るとき、搭乗ゲートでMacを開いて必死にタイピングをしていると、まさにこんなパターンで看護師の女性からブロックをされた。

たぶん、あのときに、限界が来たのだ。

福岡から戻ってきた翌日の土曜日朝、僕は激しい腹痛に襲われた。

前夜に牡蠣を食べていたので、反射的に食あたりだろうと思った。でも、トイレに行っても何も出ない。

トイレで1時間以上過ごしてベッドに戻ると、食あたりで感じるムカムカではなく、胃がねじ切れるような痛みが強まっていることが自覚できた。

しばらくすると、自分の意思とは無関係に、口からうめき声が出るのを抑えられなくなった。立ち上がることもできない。初めての事態に狼狽した。

僕は握っていたスマートフォンで父の携帯番号に電話をかけた。運転中だった父の代わりに母が出るとすぐに非常事態を感知し、そのまま実家に戻って僕の自宅の合鍵を取り、家まで来てくれた。

床で転げ回る僕の姿を見た母は、すぐに救急車を呼んだ。救急隊員は最初に尿道結石を疑って僕の腰回りを押しながら痛みの有無を確認し、症状が違うことがわかると、すぐに僕を近くの救急病院に搬送した。腹痛が始まってから3時間近くが経っていた。

ところがストレッチャーに乗せられて病院の処置室に入るころには、嘘のように痛みが消えていた。

唖然としている僕に担当医師が「最近、ストレスの強い状態にありませんでしたか?」と質問した。

僕は「はい」と答えた。「でも、ストレスだけが原因で立てなくなるほど胃が痛くなるなんてこと、あり得るんでしょうか?」

「よくあることです」医師は言った「そういう患者さんは、よく運ばれてきますよ」

数日後、僕はすべての婚活サービスから退会した。

その時点でLINEのやり取りを継続していたのは6番目に会ったナオコさんと、後に交際する8番目の女性だけだった。

「パパはママみたいにまた結婚しないの?」

婚活を始めて間もなかった頃、久しぶりに会えた息子にそう聞かれたことがあった。

「パパはもうおじさんだから、結婚してくれる女の人は見つからないと思うよ」

「テレビで見たんだけど、最近はインターネットで結婚する人が増えているんだって。パパもああいうのを使えばいいんじゃない?」

これで僕のネット婚活サービス体験記は終わる。

いつか8番目の女性について書くことがあったとしても、それは「婚活」とは切り離された別の物語として綴られるべきだと思うからだ。

この連載を書きながら改めて痛感したのは、僕は最初から最後まで「友人に背中を押されて婚活を始めた自分」を演じ続けていたという事実だ。

それは「結婚」を目的として活動している女性たちに対して多分に失礼だったし、そもそも通用するはずがない。

婚活において最初に問われるのは「結婚に対する真剣さ」であり、それはどんな公的書類でも、証明することはできないのだ。(おわり)

謝辞
この連載のアイキャッチ画像に使った各写真は2015年10月から11月にかけて取り壊し前の旧渋谷区役所で開催されたアートイベント「シブヤのタマゴ」で撮影したものです。
婚活当時、参加アーティストの皆さんの作品に勇気づけられました。心から感謝します。

読んでもらえただけで幸せです。スキかフォローかシェアがいちばんうれしいです。