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食い意地を張りすぎた

桜餅を食べたとき、勢い余って左頬を噛んでしまった。それから今日まで、手持ち無沙汰なときに左の頬の内側を舌で撫でているのだけれども、先ほど確認したら、抉れた肉がくっついていた。でも痛むので、まだしばらくは右側で咀嚼しなければならない。おもちもしばらく食べられない。


最近、やたらと「桜餅」と書かれたのぼりが目に飛び込んでくるので、ずっと食べたかったのだが、近所の和菓子屋さんは平日にしかやっていないし、会社近くの和菓子屋さんは私の勤務時間中にしか営業していないため、昼休みに訪れた。

店の前には2人のお客さんがいて、2人とも長考しているようだったが、押しのけて「桜餅ください」と言う度胸が無かったので、私も悩むそぶりをして、ガラスケースの中身を左上から順々に眺めることにした。

一番上の棚は左から、もなか、どらやき、鹿の子。
二番目の棚は、すあま、豆大福、いちご大福、桜餅と来て、「なんだ、これは!」と思った。

私の知っている桜餅じゃなかった。
私の知っている桜餅は、「桜餅」の右隣に「道明寺」という名前で売られていたのだ。

衝撃を受けている間に、私の前の人の番がやってきた。
エプロン姿でがま口財布を持つ、主婦の鏡のようなその人は、「えっと、まず、6つ入りの最中2つと、どらやきが10個…」と言ったところで、後ろで別の作業をしていた店員さんが駆け寄ってきた。続けて、「豆大福が5つと、いちご大福が…」という豪快な注文は、砂利を押しのける黄色いブルドーザーを思わせたが、それどころではない。

道明寺は残り5つしかないのだ。

堪り兼ねたので、後ろの公園で遊ぶ子供たちを眺めることにした。
天気もいいし、桜も咲いているし、わーきゃー言いながら追いかけっこをして遊ぶこどもたちは、とてもはつらつとしていた。なんだか眩しい。
ベンチに黒く光るランドセルがいくつか並べられているが、この子たちは下校して、家に帰らず遊んでいるのだろうか。

「お並びのお客様、お伺いします」と呼ばれたので、振り返る。道明寺は2つあった。

思わず、「桜餅1つ」と言ってしまったので、「と、道明寺1つ下さい。」と付け加えた。
危なかった。桜餅という名のよくわからん別の何かだけを買って帰るところだった。

道明寺(という名の桜餅)と、桜餅(という名の何か)が透明なパックに詰められ、招き猫のイラストが描かれている包装紙が巻かれたそれを受け取った。


帰宅してから気になって調べてみたら、関東の桜餅は長命寺、関西の桜餅は道明寺なのだそうだ。

長命寺は、小麦粉と白玉粉を混ぜて薄く焼いた皮で餡を包んだもの。

道明寺は、すり潰したもち米(道明寺粉)を蒸して餡を包み、塩漬けにした桜の葉で巻いたもの。

2つの桜餅を交互に食べながら、なんで寺なんだろうと思い調べていたとき、「いひゃい!」と、悲鳴にも似た声が、部屋に響き渡った。


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