社員のSNS利用に関する労務・情報マネジメント
社会保険労務士を生業に、中小企業の雇用環境整備の支援を行っています、やはだと申します。学生時代のあだな”つーじー”で活動するときもあります。
「社員が個人的にやったこと」では言い訳にならない…かも
ある日突然、身に覚えのないことで会社の信用が地の底に堕ちたとしたら、どうしますか?
恐ろしいですね。
2013年に起きた「バイトテロ」事件を覚えていらっしゃる方は多いと思います。都内のそば店で、アルバイト店員がふざけて食洗器に寝転がり入る姿などをSNSサービスの一つであるtwitterで投稿、投稿記事は炎上し、店には苦情が殺到、ついに3か月後には閉店倒産に追い込まれてしまった事件です。
2019年にも、回転寿司チェーン店やタイヤ販売店でのSNS投稿(こちらはInstagramでした)により、顧客の不振につながり売上を大幅に落とすということがありました。このような『炎上事件』はたびたび繰り返されています。
「そういう事件が起こるたびに注意喚起しているし、当社にはそんなバカはいないから大丈夫」
…と思っていませんか?
SNSの普及や一般化によって、社員がそのような炎上事件の当事者(犯人)にならなくても、会社が「使用者責任」を問われることになりかねない事例がでてきています。(※使用者責任については後述します)
例えば、こんな事例では?
2019年8月に大々的に報道された、常磐道でのあおり運転事件。
その陰で、“共犯者”とされる同乗の女性を特定するネット上での動きがあり、全く関係のない女性が犯人認定された事件がありました。また、つい先日twitterに投稿された中学生による暴行事件でも、犯人を特定して『親や家族にも制裁を!』なんていうおぞましい動きもありました。
あおり運転でも暴行事件でも、もちろん問題となる事件を起こす当事者が刑事なり民事訴訟をされることは当然のことです。そこに疑いの余地はありません。
とは言え、全く無関係の者が犯人を特定し『社会的制裁』をくわえようとする【ネットリンチ】は、幼稚な行為としか言いようのない、大人げないものだと思います。
もしその特定した『犯人』が無実であれば、名誉毀損罪として今度は逆に法的責任を問われることにもなりかねません。(あおり事件のガラケー女として間違えて特定された方は、法的措置を検討しているようですね、当然のことです。)そして、もし社員がそのような法的責任を問われ、原因となった投稿がもし就業時間中のものだとすれば、使用者責任として会社の監督責任が問われる可能性がでてきます。
断片的に与えられたネットの情報を鵜呑みにし犯人を特定しようとする行為については、正義感なのか?ただの自己陶酔なのか?その行動原理はよくわかりませんが、質の悪いことに、中には悪意なく行っている人もいるでしょう。精神が未熟なまま成人になっている者は社会の中に一定数いて、恐ろしいことにその数は少なくないということです。
「杞憂」だといいのですが
スマホなどの携帯端末を誰もが持ち、会社生活ばかりでなく私生活でもインターネットへの常時接続が当たり前となっている現在、もっと広がりを持って情報統制をしないといけない時代になっています。
以下では、社員が【私用アカウント】でSNS投稿をする際の会社の監督責任について述べていきます。
※使用者責任について判断のしづらい【私用アカウント】をテーマにしています。会社の【公式アカウント】による投稿は、業務遂行の度合いが私用アカウントより高いため、より監督責任が重く見られる傾向にあります。
民法715条では次のように「使用者責任」が定められています。
【使用者=会社】【被用者=社員】【事業の執行=会社のお仕事】。
社員が会社のお仕事をおこない第三者に損害を加えた場合、会社も賠償する責任がありますよ、ということです。
使用者責任に問われる場合とは
「その事業の執行について」という点がポイントです。
『SNSをめぐるトラブルと労務管理』(※p53~)では、社外の第三者を誹謗中傷する投稿の類型の中でも
A)就業時間外に、個人所有のスマートフォンを利用して行われた場合
B)就業時間中に、会社から貸与されているPCを利用して行われた場合
の事例をあげ、Bの事例では外形的に見て従業員の職務に属する行為として使用者が法的責任(損害賠償責任)を負う余地もあると解されている、としています。
どのようにマネジメントするか
社員の私的アカウントによるSNS投稿で使用者責任を問われないようにするために、以下3点の施策で防御する必要があるでしょう。
ルールを決めること。
アクセス制御を行うこと。
社員教育を行うこと。
①ルールを決めること
私用スマホやタブレットなどを就業時間中に会社に持ち込むことを禁止とするか、BYOD(Bring Your Own Device=私用デバイスを会社業務に利用する)方式とするかは、会社のICT戦略によって異なってくるでしょう。
会社の実情に合わせたルールを就業規則の服務規律や情報管理規程などで規定していきます。
インターネット利用に関してはSNS投稿に限らずルール詳細を決める際には、おおむね次のポイントについて定めるとよいでしょう。
禁止事項(服務規律):インターネット利用のNG集
モニタリング:会社が社員のPC画面キャプチャーやログ調査を行う旨
懲戒規定:禁止事項を破った際の懲戒について
②アクセス制御を行うこと
例えばルールで「業務に関連しないWebサイトを閲覧しないこと」と定めていても、実際に閲覧できないよう技術的にアクセスコントロールをしている会社は中小企業では少ないと思います。
カテゴリフィルタリング、URLフィルタリングで閲覧可能/閲覧禁止のWebサイトを設定し、社員との口約束に頼らず、論理的に閲覧・投稿できない仕組みを作ることが必要です。
③社員教育を行うこと
就業規則は文章にして届け出るだけではなく、社員に知らせてはじめて就業規則が効力を持ちます。(就業規則の周知義務、労働基準法第106条)
禁止事項やそれに紐づく懲戒規定に関しては、社員に「知らなかった」と言わせないため、会社から積極的に社員に知らせるべき事項です。取り決めした就業規則等のルールを社員に知らせる方法はいくつも考えられますが、入社や退職の際、個別にSNSに関する誓約書を取り交わす方法がやりやすいでしょう。
SNSに関するガイドラインを会社で独自に作成し講習会などで定期的に注意喚起するのは、いざ使用者責任を問われたときの対抗要件ともなる、よい方法です。
まとめ
SNSの投稿内容によっては「●●事件の犯人は、□□市の▲▲会社勤務!」→「犯罪組織▲▲会社とは?」までが数日内に(関心度の高いニュースであればそれこそ数時間以内にでも)センセーショナルな記事になりネット拡散される可能性があります。その悪評を消すための心労、コスト、社内モチベーションの低下…損失は雪だるま式に膨れ上がっていきます。
したがって、ネットでの炎上事件については、対岸の火事と思わない危機管理意識をもって取り組む課題です。ある日突然、地理的な制約なしに火の粉が降りかかり、炎上が一気に爆発レベルにまで引き上がる怖れをはらんでいるからです。
SNSに関するルールを作ることも必要ですが、技術的・論理的にできない体制づくりにも目を向けていくことが大切です。
そして、一方的に会社がルールを押し付けるのではなく、なぜルールやアクセス制御が必要なのか社員教育を行っていき、会社と社員の相互通行の信頼関係を築いていくことが重要です。
参考文献:
『SNSをめぐるトラブルと労務管理―事前予防と事後対策・書式付き』
(高井・岡芹法律事務所(編)民事法研究会)
(この記事は2019年9月に発表したものをリライトしたものです。)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?