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Jimin "Set Me Free Pt.2" 過ぎ去りし自分のために 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.084

俺を見ろよ ほら
これ以上 苦しかろうと隠れない
狂わないために狂おうとすること
過ぎ去りし己のために手を挙げる

Set Me Free Pt.2


俺は有意義な時を過ごした
自分自身を得る為の時間を
彷徨ったよ、迷路
ヘネシーと明かした夜

「俺は決して止まらない、
俺は決して止まらない」
また更に繰り返す
「俺は決して止まらない、
お前の妨害など取るに足らない」
遂に 自由だ

あゝ
最果てで立ち止まった俺
まだ、まだ振り返らない
さあ今飛んで行け 蝶々
遂に 自由だ

俺を見ろよ ほら
これ以上 苦しかろうと隠れない
狂わないために狂おうとすること
過ぎ去りし己のために手を挙げる


今すぐ解き放て
自由になれ
自由になれ
自由になれ
自由になれ

自由になれ
自由になれ
自由になれ
自由になれ


落ち込んだよ
まだ 俺は迷路の中
でも俺には心を病むヒマはない
ただ 為すがままにさせてくれ
おいバカ、邪魔だ そこをどけ
黙れ、失せろ
俺は出口自由に向かっている途中なんだ

あゝ
始まった 俺の正念場プライム・タイム
気にするな 捨て置け
嬉々として乗り込め
さあ今飛んで行け 蝶々
遂に 自由だ

俺を見ろよ ほら
嘲笑われても止めない
狂わないために狂おうとすること
過ぎ去りし己のために手を挙げる


今すぐ解き放て
自由になれ
自由になれ
自由になれ
自由になれ

自由になれ
自由になれ
自由になれ
自由になれ

自由になれ
自由になれ
自由になれ

己を解き放て


韓国語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6193612

『Set Me Free』
作曲・作詞: GHSTLOOP , Pdogg , 지민 , Supreme Boi


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今回は、2023年3月リリースのJiminのソロアルバム第1集「FACE」先行公開曲 "Set Me Free Pt.2" を意訳、考察していきます。

アルバム「FACE」リリース日に公開されたインタビュー動画で本人から説明がなされていますが、楽曲のジャンルは「ヒップホップ」。この楽曲でジミンはラップにも挑戦しており、特に愛着のある楽曲であるとも語っています。↓

また、「슈취타」第7回のゲストとして出演した際には、Agust Dの「D-2」収録曲 "Interlude : Set me free" を踏まえて、SUGAに楽曲制作依頼をする話が検討されていた時期があったことが明かされました。

自分自身とFACE向き合うことに挑んだアルバム「FACE」の実質的なエンディング・トラックには、行く手を阻まれ、出口を求めて迷いながらも「自由」を求めてひたすらに前進を続ける力強い姿が描かれています。



1.ヒップホップとヘネシー

楽曲ジャンルが「ヒップホップ」だと紹介された時、私は実は目が覚めるような思いをしました。重厚なオーケストラやコーラスとジミンの歌声が作り出している、まるで劇場で聴くオペラのような雰囲気が、ヒップホップという言葉に私が抱いていた未熟なイメージと直結していなかったのです。

世に言われる「ヒップホップ・ミュージック」の定義や条件をここで挙げ、楽曲を当てはめようとするのはナンセンスではありますが、ひとつだけ書き留めておきたいのが歌詞に登場する「ヘネシー」についてです。

調べてみると、どうやらヒップホップジャンルの楽曲にはこのヘネシーの名が多くの歌詞に登場している様子。

Hennessyヘネシー」はブランデーの一種であるコニャックを製造販売するフランスの企業であり、そのブランド名でもあります。確固たる歴史があり(1765年創業)、尚且つぶっちぎりで世界シェア一位の出荷量を誇るこの人気銘柄は、ヨーロッパ発であるにも関わらずアフリカ系アメリカ人から支持を得ていると伝えられています。↓

アフリカ系アメリカ人の文化活動がヘネシーの名を挙げることによって知名度が上がった、と見ることもできるようですが、その実、アフリカ系アメリカ人が世の中に対して持つ影響力を評価し、積極的に取り込んだのはヘネシーの方が先でした。

第二次世界大戦中にフランスでコニャックに触れたアフリカ系アメリカ人兵士の間で人気を博し、その動きにいち早く気付いたヘネシーは戦後すぐ、アフリカ系アメリカ人をモデルとして広告に起用します。
まだ差別的な目が彼らに向けられていた時代に、ヘネシーは高級ブランデーメーカーとしては異例の販売方針を取っただけではなく、経営側が率先してアフリカ系アメリカ人の権利を守るために様々な行動を実現したとされています。その精神は今も引き続き受け継がれているとのこと。↓

ヘネシーが企業として提示し続けてきたアフリカ系アメリカ人たちの権利を尊重する姿勢に対して、ヒップホップカルチャーが敬意を払ってその名を取り込んでいくのは至極自然な流れだったのだと思われます。

今回 "Set Me Free Pt.2" でヘネシーが登場する場面は、困難に直面して目的目標を見失い「迷路を彷徨った」時間の描写です。アルコール度数の高いお酒と共に夜を明かす、というシーンを盛り込むことで「孤独と絶望」を表現しているのだと思われます。
実際この数年の行動制限期間中にジミンは、朝方まで起きていた流れでWeverseに投稿する、ということをしていました。私はこの一行を読んだ時にその頃のことを思い出しました。

そんなシーンに他でもない「ヘネシー」の名が選ばれた正確な理由はわかりませんが、ヒップホップとヘネシーが二人三脚で歩んできたこれまで歴史やその関係性を知ってみると、ヒップホップ・ミュージックというジャンルへのリスペクトをも感じ取ることができるのではないかと思います。


2.「Pt.1」の存在

トラックリストが公開された時、誰もが気になったであろう「Pt.2」の表記。"Set Me Free" に「Pt.1」は存在するのか、しないのか。

この件についてはニューヨークに拠点を構える米有名音楽メディア「コンシークエンス」によるインタビュー記事で言及されています。↓

ローリングストーン誌のインタビューでも同じ話題が出ており、これらにシュチタの会話を含めて総合すると経緯はこうなります。

  • 明確なコンセプトにそって曲作りをしていく過程で「Set me free」というフレーズを選び取った後にAgust Dの楽曲の存在に気付き、あらためて内容を検証してみるとユンギの歌詞は困難を克服し自由を手に入れる「前」の感情を唄っていた。

  • 今回ジミンは困難を乗り越える術を得た「後」の姿を描こうとしていたため、その趣旨で制作依頼をかけようかというところまで話が進んだが、ソロ・アルバム第一集ということもあり、あくまでもジミン自身の話をするためにユンギへの依頼は白紙になった。

  • 二曲に繋がりはないが、困難を前にして成長を果たすまでの「前後関係」がそこに存在しているという点で、今回制作された楽曲は「Pt.2」であると言える。

ここで、該当の2020年5月リリースAgust D「D-2」収録曲 "Interlude : Set me free" の歌詞の意訳をしてみようと思います。

Interlude : Set me free

自由にしてくれ
俺の思い通りにならないことを
全て知っていながら
自由にしてくれ
それが俺の思いではないことを
わかっていながら

自由にしてくれ
俺は自由に虚空で浮かんでいるね
自由にしてくれ
近頃気分が何故だか沈んでいるよ

俺の或る一日は底を這い
また或る一日は青空で飛ぶね
何故 何故

自由にしてくれ
俺の思い通りにならないことを
全て知っていながら
自由にしてくれ
それが俺の思いではないことを
わかっていながら

自由にしてくれ
自由にしてくれ
自由にしてくれ
自由にしてくれ

自由にしてくれ

※「D-2」楽曲の歌詞原文はAgust D '대취타' MVの概要欄にあるURLよりダウンロードできます。

正に "Set Me Free Pt.2" で「迷路を彷徨った」と振り返っている時間そのものがこの "Interlude : Set me free" には描かれているのではないかと思います。
浮いたり沈んだり、底を這ったり空を飛んだり、思い通りにいかなかったり、思いとは違う方向に進んでしまったり…。意に反して定まらない足取りと方向がもどかしく、ひたすら自由を欲する毎日。

主人公は異なりますが、この二曲の歌詞は確かに「自由を求めている」という点で共通の物語の中に在るのだということがわかります。


3."ON" の系譜

前述したConsequenceのインタビューでは、こうも語られています。

BTSのによる "ON" という楽曲があります。この("Set Me Free Pt.2" の)パフォーマンスを観ることになる人は、"ON" のパフォーマンスと同じ雰囲気を感じることができると私は思います。あの気持ちをもう一度味わうことになるでしょう。
――「Consequence」 掲載記事 "Jimin of BTS Breaks Down His “Very Intense” New Single “Set Me Free Pt.2”: Exclusive" (2023.03.17)より抜粋して意訳

https://consequence.net/2023/03/jimin-set-me-free-pt-2-bts-origins/

MVで披露された一糸乱れぬ群舞、重厚感のあるトラックに "ON" の面影を感じると共に、歌詞の上でも印象的なオマージュ部分があります。

미치지 않기 위해 미치려는 것
(狂わないために狂おうとすること)
―― "Set Me Free Pt.2" より

https://music.bugs.co.kr/track/6193612

미치지 않으려면 미쳐야 해
(狂わずにいようとするなら狂わなければならない)
―― "ON" より

https://music.bugs.co.kr/track/5863189

※この一節は、"ON" の歌詞の中で「最も言いたかった言葉」であると「MAP OF THE SOUL : 7」のレビュー動画でナムさんが明かしています。

上記考察記事でも触れていますが、自分自身を見失わない為に生きていく上で受ける痛み、その為に払う犠牲、その為の闘い。不条理な状況に決して屈しないと高らかに宣言しているのが "ON" の歌詞の骨子なのだと私は思います。

決して屈しない

"ON" の空気感を纏うことで楽曲に備わったこの意志こそが、楽曲テーマの「Set me free」のニュアンスを決定づける大切な要素となっていきます。


4.自分を自由にするのは自分

ここであらためてタイトルである「set me free」という言い回しについて考えてみようと思います。

set +(人)+ free=(人)を自由の身にする(参考

つまり「set me free」は「私を自由の身にする」であり、且つ歌詞の中では命令形なので「私を自由にして」となりますが、この言葉が持つニュアンスをもう少し詳しく解説しているページがありました。↓

これによると、物理的束縛/精神的束縛のどちらの状況についても使うことができるとあります。

アルバム「FACE」は、コロナ禍で感じたことを昇華するために作ったと雑誌「AERA」掲載インタビューでジミン本人が語っています。
では、物理的な束縛と共に精神的な拘束をも受ける中で得た「自由」への思いはどのような形で昇華されたのか。前述のConsequence掲載インタビューの中で、その答えとも言える彼の気づきが語られています。↓

私たちは楽曲の壮大なスケール感、決意、情熱、克服を表現しようと試みました。
「Set me free」は自分を自由にするという意味なので、自分を自由にするのは自分自身に他ならないということが重要なのだと思いました。
結局、自分を自由にしなければならないのは自分自身なのです
――「Consequence」 掲載記事 "Jimin of BTS Breaks Down His “Very Intense” New Single “Set Me Free Pt.2”: Exclusive" (2023.03.17)より抜粋して意訳

https://consequence.net/2023/03/jimin-set-me-free-pt-2-bts-origins/

つまりこの楽曲における「Set me free」は、他の誰かに対して「俺を解放しろ」と訴えているのではなく、自分自身に対して「自分を解放しろ」と叫んでいるということになるのではないかと思います。

2018年末に発表した自作曲 "약속(Promise)" では、歌詞の中の「君」が実は「僕」である、というスタンスで自分自身の中にある孤独に寄り添ったジミンですが、今回もまた、「解放しろ」と全力で訴えている相手は自分自身だったのです。

楽曲が発表された当初私は、「Set me free」と繰り返す歌詞が「自由のない現状から解放してくれ」というメッセージに聴こえていました。どこへ行っても多くの人から注目され、時にはプライベートの姿すらも軽率に拡散されてしまう彼が/彼らが感じている「不自由」さが形を得たのだと思ったのです。

ですがこうして経緯を辿るうちに、作った意訳のニュアンスはどんどん変化していき、「自由にしてくれ」だった部分は「自由になれ」となりました。

あらゆることを普段から想定していたであろう世界的アーティストですらも許容できなかった未曾有の非常事態は、歌手としての存在意義を見失いかける程の負の影響を彼らにもたらし、そして結果的に、真の自由を手に入れるための鋼の思考力を授けるに至ったのだと思います。

思えば、"ON" は世界が止まってしまう直前に世に生まれ出た歌でした。既に自分たちの中に存在していた「不屈の闘志」を唄う歌に自ら癒され、鼓舞され、迷いを克服した結果がこの楽曲なのだと思うと感慨もひとしおです。

「決して屈しない」心で不自由を克服し、自力で自由を手に入れる術を知った彼がこの先、どんなにか華麗に舞い続けていくのかを想像するに難くはありません。



今回も最後までお付き合い下さりありがとうございました。
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