見出し画像

Jung Kook "Hate You" 過干渉が招いた愛憎 〜日本語選びにこだわる和訳歌詞 no.113

君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法かもしれない

Hate You



君が 僕に隠れて
嘘をついたりしたのならいいのに
君が 僕の知る誰かとキスしたり
許せない事をしたのならいいのに
君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法かもしれない

それなら
僕は君を憎もうと思う
僕は君を憎もうと思う
成り得ない悪役のように仕立て上げて
君がしないことを
君のせいだと責め立てるつもりでいる
君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法なんだ

僕らは完璧ではなかったけれど、
僕は 僕らの痛みの全てを
くまなく調べ尽くす程近しくなった
まだ僕は 受け入れられないでいる
僕は まだ恋をしている
こんな事言っても仕方ないだろうけど
君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法かもしれない

それなら
僕は君を憎もうと思う
僕は君を憎もうと思う
成り得ない悪役のように仕立て上げて
君がしないことを
君のせいだと責め立てるつもりでいる
君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法なんだ


これは 事実ではない
これは 救いではない
でも
君を憎むことが 傷つかない為の
たったひとつの方法なんだ



英語歌詞はこちら↓
https://music.bugs.co.kr/track/6221241

「Hate You」
作曲・作詞:Henry Walter (Cirkut) , Peter Rycroft (LOSTBOY) , Scott Harris , Shawn Mendes


*******


今回は、2023年11月にリリースされたBTSのJung Kookによる1stソロアルバム「GOLDEN」より "Hate You" を意訳・考察していきます。

ジョングク本人はアルバムリリース時のインタビューにおいて、収録曲の中で(もちろん全ての曲に愛着があるけれど!と念押ししつつ)タイトル曲以外で言うならこの "Hate You" に一番愛着があると発言しています。

「今の季節(アルバムリリースは11月)にもとてもよく似合っている曲」という感想も述べています。
降り積もる落葉が割れる音を聞きながら、いつの間にかそこにある肌寒さを受け入れながら、一歩一歩踏みしめるように歌声を響き渡らせるジョングク。「多様なジャンルを消化できる歌手」を目指す彼が、賛美歌の如く崇高な表現で挑んだテーマは〈アンビバレンス〉。

hate=憎む、ひどく嫌う

「あなたを憎もうと思う」と繰り返す歌詞は、その失意の深さの分だけ濃厚な愛に溢れています。
それではなぜ、主人公は敢えて「君」を憎もうとしなくてはならなくなったのでしょうか。




冒頭から主人公は現状に対して「○○だったらいいのに」と後ろ向きな願望を列挙していきます。

I wish you went behind my back ※1
(君が僕に内緒で)
And told me lies and stuff like that ※2
(嘘をついたりとかしたのだったらいいのに)
I wish you kissed someone [who] I know
(君が僕の知る誰かとキスをして)
And did the unforgivable
(許せないことをしたのだったらいいのに)
Maybe hating you's the only way [that] it doesn't hurt
(もしかしたら君を憎むことは傷つかない唯一の方法かもしれない)

※引用文に付けた和訳は直訳(省略されていると思われる語を[ ]内に補完)
https://music.bugs.co.kr/track/6221241

※1
・wish+過去形…~だったらいいのに(参考
・go behind one's back…~に隠れて、~に内緒で(参考
※2 stuff like that…~とか(参考

幸せだった「君」との関係はすでに変化を迎えているものの、その決定的な原因を相手の中に見つけることが出来ず、かえってつらい思いをしている様子をうかがうことができます。
いっそのこと「君」が明らかに背徳的な行為を犯し、一方的に憎むことができさえすればいいのに、と。


So I'm gonna hate you ※3
(それでは僕は君を憎もうと思う)
I'm gonna hate you
(僕は君を憎むつもりだ)
[I] Paint you like the villain that you never were ※4
(僕は君を決してそうではない悪役のように仕立て上げる)
I'm gonna blame you ※5
(僕は君を)
For things that you don't do
(君がしないことで責めようと思う)
Hating you's the only way it doesn't hurt
(君を憎むことは傷つかない唯一の方法なんだ)

※引用文に付けた和訳は直訳(省略されていると思われる語を[ ]内に補完)
https://music.bugs.co.kr/track/6221241

※3 
・文頭 So【接続詞】…それじゃあ、それでは(参考
・be gonna~=be going to~…~するつもりだ(参考
※4 paint someone as~…~として仕立て上げる・表現する(参考
※5 blame A for B…BをAのせいにする(参考


「自分のことを棚に上げる」という言葉が日本語にはありますが、自分の過ちに気が付かないまま(あるいは気付いていてもそれに蓋をして)他人のことを悪く言う、という人間の性を表す慣用語です。自己防衛本能のひとつであるとも言えますし、誰にでも経験のあることだと思います。

実際に相手に決定的な悪意ある非があればその棚上げ行為もある意味成立しますが、それが無いとなると自分の正当性を確立する方法を失ってしまう。

だからその「悪意ある非」を捏造してでも自分を守ろうと思う、という切ない決意が積み上げられていきます。


We weren't perfect but we came close
(僕たちは完璧ではなかったけれど、)
Until I put all of our pain under the microscope ※6
(僕らの痛みの全てを細かく調べ上げるまで近づいた)
And I still can't face it
(僕はまだ向き合うことができない)
I'm still in love, for what it's worth ※7
(僕はまだ恋をしている こんなこと言っても仕方ないけれど)
Maybe hating you's the only way [that] it doesn't hurt
(もしかしたら君を憎むことは傷つかない唯一の方法かもしれない)

※引用文に付けた和訳は直訳(省略されていると思われる語を[ ]内に補完)
https://music.bugs.co.kr/track/6221241

※6 under the microscope…細かく気にする、干渉する(参考
※7 what it's worth…こんなこと言っても仕方ないが(参考


痛み(≒触れられたくないこと)にまで干渉するほど、完璧ではないにしろ親密な関係にあった「僕たち」。
そこに互いを想う気持ちは確かにあったはずだし、少なくとも自分には今もその気持ちがあって現実を理解するのは難しいけれど、これ以上同じ関係を続けていくことはできないのだということもわかっている。
いっそのこと、全て「君」のせいだと、「君」だけが悪いのだと言い切ることができればいいのに。

この「under the microscope(細かいことまで干渉する)」な行為が「僕たち」の関係が続かなくなった理由であるのではないかと私は思います。

好きで仕方なくて「その人のことなら何でも知りたい」と情報をかき集め、全ての言動・行動を把握し、その姿勢をもって「己の愛の確実さ」を誇示しようとすると結果的に関係を壊してしまう。

なぜならば、それはもう「干渉」でしかないから。

「愛している」という大義名分さえあれば何をしても許される、する権利があるという考え方で過干渉する親や恋人の話は巷にあふれています。

だからと言ってその愛を受け取る側が、自分に対する深い愛情を容易く拒絶することができるかといったら、それは難しいのではないでしょうか。自分を愛していると言ってくれている人の気持ちを無下には出来ません。

とはいえ自分の本質を曲げてまでその愛の全てには応じられない。
いっそのことそれが悪意ある行為なら、簡単に突き放すこともできるのに。


It's not the truth
(それは真実ではない)
It's not the cure
(それは救済ではない)
But hating you's the only way it doesn't hurt
(でも、君を憎むことは傷つかない唯一の方法なんだ)

※引用文に付けた和訳は直訳
https://music.bugs.co.kr/track/6221241

"Hate You" の歌詞は終盤、「君を憎むこと」は本心ではないしそれによって自分が救われるわけでもない、と締めくくられています。
それでも自分を守るためには、そうせざるを得ないのだと。




愛故に心配をしたり世話を焼いたりすること自体に罪はないけれど、過干渉は大切な相手の大切な自由を剥奪することにもつながりかねません。

ーー愛しているからこそ間違いを正してあげたい、愛を持った自分にしか正すことができない、と己の正義を押し付ける。

ーー会いに行けばそこがどこであろうと、いつであろうと歓迎されると信じて疑わない。

ーーどんな手を使ってでも自分の愛情が表現できればそれで満足だし、当然相手も喜ぶに決まっている。

愛さえあれば全てが正しく成立するという思考で繰り返される所業が、果たして愛するその人を真に幸せにできるのだろうか。
「憎い」と言わせてしまう前に気づくべきことがあるのではないか。


ひとりの親としても、いちファンとしても、愛情表現の方向性と匙加減には気を配りたいと思った次第でした。



今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。