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【『手帖』と手“帳”(27)】(美術鑑賞の日々を小説風に綴る月刊誌『平岡手帖』クラウドファンディング 27日目)

17時。新宿【デカメロン】の2階に上がるとがらんとした空間が広がっていて、左手の、隣り合う展示室を覗く。ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの《貧しき漁夫》みたいに、木舟の舳先でこうべを垂れた人影がいて、その人が三谷蒔さんらしい。
手に持った、ゴールデンハムスターくらいの氷を三谷さんはがりりと齧る。飛び散った破片がひとつ、舟と私の間に落ちて、私がいた3時間の内に、当然溶けてはいたけどぷっくりとした水滴のままだった。
船首には(おそらく)ユリが、まだ青々とその花弁を閉じていて、舟の“進行方向”である部屋の右奥には、同じようなユリが18本、床に敷かれていた。

三谷さんが舟の中ほどへと動く。その前からずっと気づいていた、というよりそもそも告知の段階で知っていたことだが、58キロの氷を見るのは初めてで、傍でうずくまった三谷さんが、ちょうど入ってしまいそうだ。
舟底には、金属製の、錆びた長い棒(錨の一種なのだろうか)もあればステンレスらしいアイススコップもある。アイスピックもあって、三谷さんはそれを取ると氷を削り始める、氷の真ん中は、そこでひとつに貼り合わせでもしたみたいに、四角く白くなっている。

アイスピックを置き、船尾、鹿皮の敷かれた縁に座ると、今しがた削り取った氷を食む。冷たかったのか口から出して、しばらく左手に持ったのち舟底に捨てた。

そこから、またアイスピックを持って今度は氷の表面に文字を刻みつけているようで、船尾側の面、その下から上へと書いていくが、アルファベットなのだろうか、その時は分からなくて、私が滞在した3時間の内(これは全体からしたら全く短くて、26日17時から、28日24時まで、閉廊中もずっと続いているらしい。すなわちこれを書いている27日13時にも当然続いている)に、幾度も繰り返された中で、「LOVE YOU」の時もあれば、「オーイ モドッテコイ」の時もあった。「LOVE YOU」の時は、船尾側の面から書き上がってそのまま真上の面へ、途中からはその面にまたがって書き進め、そのまま船主側の面へ、今度は断崖をのぞき込むように刻んでいた、最後はいくつも「!」を書いているのか、長音と短音の小気味いいリズムが続いた。
「オーイ モドッテコイ」の時は、船首側の面の前にうずくまって、一度書いた文字を何度もなぞる、その度に、レコードが再生されるように「おーい、もどってこい…」と三谷さんの口からも声が漏れる、たしか、パフォーマンスがはじまってから初めての発声で、1時間は経っていた(2時間は…どうだろうか)。
始まって57分のところでは、三谷さんは鹿皮を羽織るみたいに、両手で持った前足の名残を首下でクロスするようにしてそのまま舟をまたいで床に下りる。その時、このパフォーマンスには床が存在するのか、と驚いたし、壁に寄り掛かった時も、壁があるのかと思った。パフォーマンスをする、見るということは、ある種、世界を生まれなおさせることなのかもしれない。三谷さんは、床で見つけた小さな虫を、誘導するようにアイスピックで(近くの床を)つつく、虫もたしかに、このパフォーマンス空間に存在していたようだ。

書き物をあるからそろそろ帰ろうかと思った20時過ぎには、三谷さんは船尾で鹿皮にくるまっている。その2、30分くらい前に、押し倒された氷は舟の縁にひっかかって斜めになっていた。三谷さんが何度押しても動かなかったのに、ある瞬間からグラッと傾き始めたのは、舟底に張り付いていたかららしい。氷の裏側には、剥けた木の皮がくっついていて、三谷さんによってつけられた“傷”は、なめらかに治りはじめている。そのてらてらとした表面は、はじめの頃より青く、紫がかって見える(続く)。

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【クラウドファンディングはじまります!】

本日から『平岡手帖』定期購読者を募る
クラウドファンディングを開催いたします!

詳細は「平岡手帖」アカウントプロフィールに記載のURLからご確認ください
@hiraokatecho

○『平岡手帖』
○場所:CAMPFIRE
○クラウドファンディング期間:2024年4月1日〜4月30日(予定)
○目標金額:170万円(定期購読者300人)
○企画:平岡手帖制作委員会、ハンマー出版、額縁工房片隅

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『平岡手帖』について。

1年のうち300日以上を美術に出会うために歩き回っている平岡希望さん。ここ数年は、毎年600カ所以上の展覧会に足を運び、その空間とそこにある作品1つ1つを熱心に鑑賞している。その動向はSNSでなんとなく目にしていた。最近では、かなり長い文章で美術との出会いを克明に記している。しかし、平岡さんの全貌は謎に包まれている。日々どんな生活をしていて、どんなふうに動いて、なにを考えているのか。そして、その美術への熱量はどこからくるのか。僕はずっと気になっていた。美術と出会うために、全てを注ぎ込んでいるような人。そんな人が、1人くらいこの世の中にいてもいんじゃないか。いや、いてもらいたい。そして、そんな生き方を応援したい。そんな思いを数人と話しているなかで、平岡さんの手帖を公開して、日々の美術との出会いを記録発信していく『平岡手帖』という企画は面白いんじゃないかという話になった。平岡さんに話してみると、ぜひやってみましょう、という事になった。展覧会とは、オーロラのようなものだ。その時その場所に行かないと出会えない。そして、その一瞬の会期が終わると風に吹かれた塵のように消え去ってしまう。そんな儚い展覧会というもののアーカイブとして、この「平岡手帖」が、もし5年、10年、続く事ができたならば、未来において日本の美術シーンを語るうえでの重要な資料になるのではないかと夢想する。そして、美術に出会うために自らの全てを注ぎ、歩き回っている1人の人間のドキュメンタリー・ノンフィクション小説として読むことも出来るだろう。平岡さんの1ヶ月を1冊の小説のような形にまとめて、それが1年間12冊、毎月送られてくる。今回のクラウドファンディングでは、そんな『平岡手帖』の定期購読をしてくれる人を募りたい。

この「平岡手帖」を定期購読するという事は、少し大げさかもしれないが、美術という1つ1つの小さな出来事を、1人の存在を通して美術史に小さく書き残していく、そんな事への協力になる。ぜひ、多くの方に平岡さんのそんな生き方を応援してもらいたい。

きっと今日も平岡さんは美術に出会うため歩き回っている。こんな人この世の中になかなかいないと思う。だからこそ。ぜひ『平岡手帖』の定期購読をしての応援、よろしくお願いいたします。

(平岡手帖制作委員会_佐塚真啓)

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