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【『手帖』と手“帳”(23)】(美術鑑賞の日々を小説風に綴る月刊誌『平岡手帖』クラウドファンディング 23日目)

おとといの玉川上水、それこそ水の中へと溶け込むように散開していったパフォーマーたちも、目が馴れてくるとだんだん見えてくる。コンクリートの岸、その突端に立った山岡さんは、企画としても、パフォーマンスの目立ちっぷりからいっても中心で、観客のセキさん、そして企画のもう一方の柱である、「玉川上水46億年の旅」主宰のリー智子さんは、その側に座ってイチゴを食べている。ご相伴に預かりながら山岡さんの足元を見ると、最初10個あった石は4個になっていった。その直前には6個だったから、“石ふたつ分”の時間が流れていた。

その間、私は橋を渡って対岸に渡っていたが、それは、あたかも狩野派の障壁画のごとく、向かって左横へと伸びた樹の枝の上に北山聖子さんを見つけたからで、うつ伏せで枝につかまった(手足は時折ぶらぶらしている)姿はサナギみたいだ。その少し前に、対岸の草むらに分けいる北山さんを、その青い上着に引き寄せられるように見つけていた。

いびつな渦巻きを描くように、橋を渡って対岸に回り込む。10~15分くらいかかったろうか、草むらの前に着いて向こうに北山さんの後ろ姿が見える。…が近づけないのは、目の前の足場が思った以上にぬかるんで沼のようになっていて、一直線には行けないことも以上に、私が虫嫌いで、背丈ほどのアシ?をかき分けていくことができないからだ。対岸で見ている方がむしろ“近かった”、「…じょ…ぶ~」という声は“大丈夫~?”と言っているのだろうか、山岡さんが石を投げながら叫んでいる。

橋を渡って戻りながら、橋下の様子を見る。フクシマさんは蝶とのダンスを終えたのか、姿がない(対岸に行く前、私の目の前にも黄色い蝶が横切って、一瞬、“お相手の”蝶が飛んできたのかと思ったが違った、フクシマさんはその時まだ、川べりで蝶と踊っていた)。体育座りで川を眺めていた石田さんもいなくて、代わりに親子連れがピクニックしている。子供は小さく、お父さん?が代わりに捕虫網を振るっていた。

一旦、再集合場所のあずまやに戻ってみると、見覚えのある、黄色と黒のカエル?のぬいぐるみのついたバッグがベンチに置いてあって、傘で顔を隠したフジモトさんが“寝るパフォーマンス”をしていた。そのすぐ上には、「キャンプ等、宿泊を伴うご利用は禁止です」と掲示されており、傘の下から、右腕がスルッと出てきて地面を擦る。貝みたいだ。

あずまやから川べりを覗き込むと、石田さんが、先ほどよりも山岡さんに近い位置で“大事な決断をしていて”、フジモトさん~石田さん~山岡さん~北山さんが、ちょうど弧を描くように点在している。「遊びにおいで~!」という山岡さんの、“カッパ”への呼びかけが、離れたあずまやまで届く(けれど真後ろだと、間近を流れる水の音が、思いの外大きくて聞こえない)。

北山さんは、相変わらず対岸の樹にうつ伏せで、一方、石田さんは川原に仰向けだ。カメラを持った山﨑さんが、あずまや付近からみんなを一望している。

始まりがゆるやかなら、終わりもいつの間にかやってきて、たまたま見やった橋の上には、パフォーマンスから帰ってきたらしいシミズさんが歩いていて、しばらくするとそこにフジモトさんが合流して何か話している。
対岸の北山さんも樹をゆっくりと降りはじめて、目の前の山岡さんは、拳より一回り大きな石をふたつ、頭の上で重ねて川を見ている。石田さんは、体育座りに戻っていて、

水音がして振り返ると山岡さんは石を放ったようだ。北山さんも浅瀬を渡ってこちらに合流して、お腹を見せてくれる、そこには、赤い跡が鮮やかに付いていて、地肌を樹皮に当て続けていた、と教えてもらう。

あずまやに再集合した私たちは、リーさんの案内で玉川上水を福生のあたりまでぞろぞろと下った。もしかしたらその後、コンクリートの岸、その突端に残されたキュウリを、カッパが食べに来たかもしれない。

…なんてことを、企画の打ち合わせ(兼、食事会)で訪れた韓国料理屋さんで、キュウリのキムチを食べながら考えていた。(続く)


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【クラウドファンディングはじまります!】

本日から『平岡手帖』定期購読者を募る
クラウドファンディングを開催いたします!

詳細は「平岡手帖」アカウントプロフィールに記載のURLからご確認ください
@hiraokatecho

○『平岡手帖』
○場所:CAMPFIRE
○クラウドファンディング期間:2024年4月1日〜4月30日(予定)
○目標金額:170万円(定期購読者300人)
○企画:平岡手帖制作委員会、ハンマー出版、額縁工房片隅

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『平岡手帖』について。

1年のうち300日以上を美術に出会うために歩き回っている平岡希望さん。ここ数年は、毎年600カ所以上の展覧会に足を運び、その空間とそこにある作品1つ1つを熱心に鑑賞している。その動向はSNSでなんとなく目にしていた。最近では、かなり長い文章で美術との出会いを克明に記している。しかし、平岡さんの全貌は謎に包まれている。日々どんな生活をしていて、どんなふうに動いて、なにを考えているのか。そして、その美術への熱量はどこからくるのか。僕はずっと気になっていた。美術と出会うために、全てを注ぎ込んでいるような人。そんな人が、1人くらいこの世の中にいてもいんじゃないか。いや、いてもらいたい。そして、そんな生き方を応援したい。そんな思いを数人と話しているなかで、平岡さんの手帖を公開して、日々の美術との出会いを記録発信していく『平岡手帖』という企画は面白いんじゃないかという話になった。平岡さんに話してみると、ぜひやってみましょう、という事になった。展覧会とは、オーロラのようなものだ。その時その場所に行かないと出会えない。そして、その一瞬の会期が終わると風に吹かれた塵のように消え去ってしまう。そんな儚い展覧会というもののアーカイブとして、この「平岡手帖」が、もし5年、10年、続く事ができたならば、未来において日本の美術シーンを語るうえでの重要な資料になるのではないかと夢想する。そして、美術に出会うために自らの全てを注ぎ、歩き回っている1人の人間のドキュメンタリー・ノンフィクション小説として読むことも出来るだろう。平岡さんの1ヶ月を1冊の小説のような形にまとめて、それが1年間12冊、毎月送られてくる。今回のクラウドファンディングでは、そんな『平岡手帖』の定期購読をしてくれる人を募りたい。

この「平岡手帖」を定期購読するという事は、少し大げさかもしれないが、美術という1つ1つの小さな出来事を、1人の存在を通して美術史に小さく書き残していく、そんな事への協力になる。ぜひ、多くの方に平岡さんのそんな生き方を応援してもらいたい。

きっと今日も平岡さんは美術に出会うため歩き回っている。こんな人この世の中になかなかいないと思う。だからこそ。ぜひ『平岡手帖』の定期購読をしての応援、よろしくお願いいたします。

(平岡手帖制作委員会_佐塚真啓)

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