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ヘブライズムと機械論的世界観(3)

機械論的世界観が近世においてどのように展開したのかについてお話しします。

ヨーロッパにおいて地動説を唱えて後世に影響を与えた最初の著名人はコペルニクス(1473-1543)です。しかし、一人の天才の直観だけでは地動説は普及せず、機械論的世界観が普及することで徐々に地動説が正であると認識されるようになります。

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注目すべきはデカルト(1596-1650)という哲学者です。彼は人間を思惟するもの(レス・コギタンス)、物体を拡がりあるもの(レス・エクステンサ)として、心身二元論を確立しました。

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そこから機械論的世界観が力を持つようになりました。「われ思う、ゆえにわれあり」というフレーズが有名ですが、そのときの「われ」は「思惟するもの」です。それに対して、「拡がりあるもの」という概念がとても重要です。

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「拡がりあるもの」とはXYZの三次元空間にある無機質な物体を表します。目的論的世界観に支配された自然観からは出てこない概念です。デカルトは、XYZの三次元空間を創造したことから、それをデカルト空間と呼びます。今でも3DプリンタでXYZ軸の3軸駆動で規制される方式のことを「カルテジアンプリンタ」といいます。

話がそれましたが、デカルトの世界観が現代の機械に至るまで大きな影響を与えていることが分かってもらえると思います。

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そして、デカルトが敷いた基盤の上に、ニュートン(1643 - 1727)が近代物理学を打ち立てます。3 つの運動の法則と万有引力の法則をもって自然の運動をシンプルに説明することができたという華々しい成果を上げたので、機械論的世界観が隆盛を誇るようになります。

ニュートンは神が創造した世界は美しいものに違いないと信じてそれを記述するために物理学の研究を進めたことが知られています。主著『プリンキピア』においても世界の創造主である神への信仰を表明しています。

つまりニュートンは、自然においては機械論的世界観を適用する一方で、人間精神においては神に支配されている目的論的世界観を持っていました。

時代が下るにつれて、機械論的世界観が人間精神にも侵食していきますが、その点については、次回説明をしていきます。それも含めて、機械論的世界観の及ぼした功罪についてお話しします。

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