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「マチネの終わりに」を読んで

note自体開くのも久しぶりで、一時期のふとした思いつきで始めたこのアカウントも随分と放ったらかしにしてしまいました。三日坊主を慢性疾患として患っており、完治には並々ならぬ努力と信念が必要なのは目に見えた事実。ならば後回しにしてやろうといった調子で、なかなか物事が続かないのがわたしという人間です。

ですが、今回ばかりは遺しておかねばと思い、読み終えたばかりの本について少し書きたい気分になったのです。その本とは、最近映画化されて話題の「マチネの終わりに」です。

普段全く本を読まず、時々突発的に本屋にふらっと寄っては一時間ほどあーだこーだ迷って適当な本を買ってみるのですが、今回も映画公開のキャンペーンで石田ゆり子さんがテレビに出ていたのを見たのがきっかけで、たまたま買ってしまったのでした。しかし、これが大正解。こんなに登場人物の人生に心揺さぶられたのは、小説では初めてではないかという感動を覚えました。

何が素晴らしいかって、評論家でもない素人が伝えるのは到底無理な話なんですが、言ってみると3つあげられます。

一つ目は、恋愛の感情表現の豊かさ。ギタリストの蒔野はジャーナリストの洋子と出会い、互いに恋愛感情を抱きます。しかし、お互いの境遇は実に複雑。「会いたい、愛されたい」といった求め合う感情がある一方、置かれている現状を崩してはいけない、相手を思うとこれ以上踏み込んではいけない、といった相反する葛藤があり、その背景の濃さがただの恋愛話にはない深みを与えています。読み進める内に、もどかしい感覚がいっぱいになり、互いを想う純愛に心温まる事でしょう。

二つ目に、背景の細かさです。これはどういう事かというと、つまりは専門性の高さです。ギタリスト蒔野については、その音楽性や才能の素晴らしさ、落ち込んだスランプについて、事細かに書かれています。音楽について、ましてクラシックギターについてこれほどまでに精緻な考察と観察力をもって書き連ねた文章は、実際にコンサートホールにいるような幻覚まで起こしそうです。また、洋子のジャーナリストとしての半生も政治的背景や、現代問題的な視点を豊富に盛り込み語られています。難解な内容ではあるものの、その圧倒的な知識量が洋子の知性とその成りを的確に表現することとなっており、すべからく作者の凄さを感じることとなりました。

三つ目は、人間の書き方。恋愛感情とも少し重なりますが、揺れ動く人間が想うであろう感覚を実に見事に書いていると思います。実際に自分の経験と透かしながら読むと、より言葉の深みを感じざるを得ません。

読み終えてなお、続きが読みたい。本当に読みたい。って思える小説がいくつあるでしょうか。また、現実の人生を重ねるとどう写るでしょうか。少なくともそんなことを考えてしまった、考えさせられた本は私にとっては特別でいい出会いとなりました。皆さんにもお勧めします。


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