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ジェノサイド再考 歴史の中のルワンダ

初めてルワンダという国を知ったのは、今からちょうど10年前。予備校の政治経済の授業にて、アフリカのルワンダという国で大量虐殺(ジェノサイド)が起きたことを学んだのが始まりだった。

一般的に、このルワンダのジェノサイドでは、多数派の民族集団フトゥが少数派のトゥチを標的とし、1994年4月から7月にかけての約100日間に、50万から100万人もの人が殺害されたと言われている。

(ルワンダのジェノサイドを描いた映画「ホテル・ルワンダ」や「ルワンダの涙」などは、聞いたことがある人がいるかも知れない。)

このジェノサイドに衝撃を受けて以降、ルワンダに強い関心を持った私は、大学でルワンダ人学生と国際交流する活動にのめり込み、ルワンダを学んで、ルワンダ人の友人を作り、実際にルワンダを訪れ、理解を深めていった。

ちなみに、現在のルワンダは、過去にジェノサイドが起きたと信じられないくらい復興し、とても平和で安定した社会を築いている。

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ルワンダの首都キガリ。郊外から中心地を臨む(2018年撮影)。

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ホテル・ルワンダの舞台となったホテル・ミルコリン(2018年撮影)。

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ICTの国際会議(Transform Africa Summiit:TAS)での一幕(2018年撮影)

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スタートアップ起業家のピッチイベント@TAS(2018年撮影)

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キガリの夜景。夜間も治安は良い(2018年撮影)。

ルワンダという国は、本当に奥が深い。

この国が持つストーリーと、その複雑さや多面性を知れば知るほど、自分はルワンダのことを何もわかっていない気持ちになる。知れば知るほど、深みにはまっていく感覚に陥る。

ルワンダという国のストーリーを、極めて一面的かつ単純に語るとすると、こんな感じになる。

長年の「民族対立」そしてその「帰結」であるジェノサイドを経験し、一度は崩壊したルワンダが、過去の悲劇を「乗り越え」、またカガメ大統領の類稀なる「リーダーシップ」の下に、今では「アフリカの奇跡」と呼ばれる経済の復興と発展を成し遂げ、近年は「ICT立国」として国際社会の注目を集めている。

「」がたくさんついているのは、それらの事柄が、単純に語ることのできない、様々な意味合いや解釈を持っているからであり、複雑な背景を持っているからである。

ルワンダの色んな物事を切り取って見てみると...

 ・建設ラッシュに沸く都市部
 ・カガメ大統領のリーダーシップ
 ・勤勉で真面目な国民性
 ・ジェノサイド後に生まれた、将来を担う若者世代の増加
 ・ICT立国

 といった姿が見えてくる。
が、これらは見方を変えると全く異なる様相を見せる。

 ・発展から取り残されがちな農村部
 ・「独裁」との批判もあるカガメ大統領
 ・真面目だが権力に従順がちな国民性
 ・若者世代の増加による、深刻な雇用不足
 ・「ICT立国」としてのPRの巧さと現実のギャップ

(注:文脈がなんだかやや悲観的になっていますが、ルワンダは大好きな国で、基本的にポジティブに見ています。カガメ大統領も西洋諸国や諸外国から批判があり、実際「暗い影」もあるものの、国内外究極的に困難な状況下において、国をここまで復興発展させている実績とカリスマ性は疑いようがないです。凄すぎです。また最近の「ICT立国」は虚像と言われたりしますが、あれはまさしく「錯覚資産」な戦略だなぁと思います。ICT立国に限らず、環境問題でもジェンダー問題でも、ルワンダ見せ方上手ぇ〜と思います。)

知れば知るほど奥が深いし、見方を変えると違う姿が見えてくるし、本当にルワンダは面白い。興味が絶えない。もっと知りたい。

さて、

最近「ジェノサイド再考ー歴史の中のルワンダー」という本を読んだ。

1994年の悲劇を導いた力学は、「多数派部族による少数派の虐殺」という標準的な解釈では捉えきれない。脱植民地化から体制の転換を経て内戦へと向かう複雑な過程を、旧宗主国や国連の動向、冷戦などの国際的な文脈に置きなおして丹念にたどり、その深奥から理解を一新する意欲作。

1994年のジェノサイドは「民族対立が引き起こした、多数派部族による少数派の虐殺」という単純な理解や説明がされがちだが、この点に筆者は問題提起をしている。

「民族対立」が単純に虐殺を引き起こしたのではない。「民族対立」を所与のものとして自明視するのではなく、歴史的な過程の中で形成されてきたものとして捉え、時間とともにトゥチとフトゥの関係がどのように変化し、なぜ対立が形成され(そして暴力的な性質を帯びるようになっ)てしまったのか、複雑な文脈や要因を明らかにする必要がある。として、

・歴史的文脈(植民地支配・脱植民地化・民主化・冷戦)
・国際政治、国際関係(旧宗主国・国連)
・国内政治(王政・穏健派と過激派)

などなど、ルワンダの歴史を複数の要因を検討しながら丁寧に読み解き、ジェノサイドという事象がなぜ起きたのかを考察している。

「一つの出来事」が起こるに当たり、いかに様々な要素が絡みあっているのか、単純な理解と説明の裏に、いくつもの複雑さが潜んでいるのか、改めて認識させられることになった書籍。多面的な視点でルワンダ史を理解するために、ルワンダ興味ある人ならマストな一冊。

序 章 ルワンダの政治とエスニシティを再考する
     1 1994年のジェノサイド
     2 エスニシティと政治をめぐる視角
     3 ルワンダ史の研究方法
     4 本書の構成
第Ⅰ部 革命・独立前のルワンダ
第1章 植民地化以前のルワンダと植民地支配の影響
      —— 19世紀~20世紀中盤
     はじめに
     1 ニギニャ王国の成立と拡大
     2 ドイツによる植民地支配
     3 ベルギーによる委任統治
     おわりに
第2章 革命前夜の改革 1950年代中盤~59年10月
     はじめに
     1 国際連合の信託統治
     2 政党政治の始まり
     3 立憲君主制の提案とムタラ王の死
     おわりに
第Ⅱ部 革命・独立とエスニシティ
第3章 万聖節の騒乱とその影響 1959年11~12月
     はじめに
     1 万聖節の騒乱
     2 ベルギーの対応
     3 騒乱の影響
     おわりに
第4章 協調の模索 1960年1~7月
     はじめに
     1 コンゴ独立とベルギーの政策変化
     2 政党間協調と様々な提案
     おわりに
第5章 革命の完成とエスニックな暴力 1960年7月~61年2月
     はじめに
     1 地方選挙とその影響
     2 国連での議論、冷戦とルワンダ
     3 ギタラマのクーデター
     4 頻発する暴力と難民
     おわりに
第6章 そして独立へ 1961年3月~62年7月
     はじめに
     1 ベルギーの政権交代と国際的地位の回復
     2 国政選挙と王政廃止
     3 独立の達成
     4 暴力の拡大とさらなる難民の発生
     おわりに
第Ⅲ部 革命・独立後のルワンダ
第7章 フトゥ共和制期のルワンダ 1962~90年
     はじめに
     1 カイバンダ時代のルワンダ —— 政党政治の終わりとフトゥ内対立
     2 カイバンダ時代の難民問題と国際関係
     3 ハビャリマナ時代のルワンダ —— 一党体制の継続と国際援助
     4 ルワンダ国内の生活・地方の様子
     おわりに
第8章 内戦からジェノサイドへ 1990~94年
     はじめに
     1 内戦の開始と複数政党制の導入
     2 和平協定の締結と急進派の台頭
     3 ジェノサイドの特徴
     4 ジェノサイドの展開と内戦の終結
     おわりに
第Ⅳ部 ジェノサイド後のルワンダ
第9章 新しいルワンダの建設とエスニックな対立の克服をめざして 1994~2017年
     はじめに
     1 新しいルワンダとルワンダ人
     2 経済成長とその問題
     3 民主主義と独裁のはざまで
     4 ルワンダと国際社会
     5 正義の追求と和解の可能性
     おわりに
第10章 過去をめぐる対立
      —— 歴史認識の変遷と記憶の多様性
     はじめに
     1 トゥチ中心の歴史認識
     2 フトゥ中心の歴史認識
     3 ジェノサイド後のルワンダにおける歴史問題
     4 ジェノサイド後の「正史」と様々な記憶
     おわりに
終 章 歴史から学ぶ
     はじめに
     1 ルワンダの政治とエスニシティを振り返る
     2 ルワンダ史の教訓と今後の課題
     おわりに


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