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曽祖母の口癖と、菓子店員のこと

喉に来る風邪を引いてしまった。2日ほど前から、夜中、軽い咳が出る。じわじわと進行して、今日は口の中がざらざらする。粘膜が荒れているような感じで、食べ物がおいしく感じられない。

子供の頃、私が風邪を引くと、曽祖母が「味はわかるか」と尋ねた。「わかる」と答えると、「それなら大丈夫」と診断される。私としては結構しんどいので、不服だった。体調不良のせいで味覚が働かなくなるというのは、今の私のような状態なのだろうか。やはり、子供の頃の風邪の方がつらかったと思う。

曽祖母は、他にも決まり文句をいくつか持っていた。
苦手な食べ物を残そうとすると、「騙されたと思って食べなさい」と言われる。私は「騙されたりしないし」と思っていた。
なにかの顛末についてひとしきり語った後は、「そういうわけや、わけというわけは」。これは昔話の最後の「めでたし、めでたし」みたいなものかもしれない。あるいは、ハッピーエンドでなくても使えるという点では、「どんとはれ」あたりだろうか。

大正生まれの曽祖母は、子供を可愛がるというよりは、辛辣な接し方をする人だったので、私は苦手だった。
海外から帰った親戚からお土産をもらった時、その箱を指して「子供が中身を見ると目が潰れる」と言われたこともあった。嫌なおばあさんだ、と思った。
血のつながったひ孫に、疎まれるよりは好かれたほうが楽しいだろうに、曽祖母はなぜあんな調子だったのだろう。

曽祖母は、私の父方の祖母の母だった。歳を取ってからは祖父母、つまり嫁に行った娘と同居していた。今ではそれほど珍しくない家族の形だと思うが、当時としてはイレギュラーだったと思う。実は、最初は息子(私の祖母の弟)夫婦と同居したのだが、うまくいかず、結果として落ち着いたのが祖母のところだった。そんな状況なので、祖父に気を遣っていたかもしれない。そういった経緯が、彼女を偏屈な老婆にしていたのかもしれない。

別の話だが、先日、近所の菓子店にたまたま立ち寄った。私が店内にいる最中に他のお客さんが入ってこようとしたら、「一度に一組です」と追い返されていた。確かに小さな店ではあるし、人数制限をするのは店側の自由だけれど、ちょっときつい口調だなと思った。
後で、たまたまネット上でその店の口コミを見たら、店員の態度について酷評がたくさん寄せられていた。入店人数以外にも細々した決まりがある店らしい。
こんなに多くの人が苦情を書くためにいくらかの時間を使ったのかと感心しつつ、一方で、店員さんはいつもあんな厳しい態度なのだろうか、それによって客足が遠のくことは気にしないのだろうか、と思った。

客がルールを守らなければならない店というのは、たまにある。この店の人がそこまで徹底しようとする理由はわからないが、私の中で勝手に、曽祖母の記憶に繋がった。


タイトル画像は、今日、真如堂というお寺で。
少しずつ紅葉が始まっている。

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