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抽選日の興奮と、静かなイヴ

毎日、マドリードのど真ん中に通勤している。
いつも通る道で、その日の朝は、民家の塀の向こうから不思議な歌が聞こえてきた。
なんだろう?と考えて、その日は12月22日だと思い当たった。クリスマス宝くじ(la Lotería de Navidad)の抽選日だ。子どもたちが独特の歌のような節をつけて、当選番号を読み上げる。

年一回の、一大関心事らしい。
なにしろ、11月ごろから至るところでくじが売られている。日本の宝くじのような店はもちろん、バル、クリーニング店、スポーツチーム、会社の同僚、地下鉄の中……どこでも。

さて、抽選は朝から昼ごろまで続く。
発表順はランダムで、賞金額40万€の一等(el goldo)がいつ出るか分からない。
職場では常にテレビのニュースチャンネルがつけっぱなしなのだが、この日はニュースも抽選の話題ばかり。ほかのニュースに移っても、またすぐ抽選会場が映し出される。
同僚たちは、「一等はもう出た?」とソワソワ。

このくじは、同じ番号の券が10枚ずつある。それをさらに、グループで参加者を募り共同購入したりしている。賞金が丸ごと1人の財布に入るのではなく、共同で当選した人たちが分け合うのである。
高額賞金の番号が発表されると、当選者は購入した店などに集まる。シャンパンをあけたりして、喜びを皆で分かち合う。
その様子もテレビに映る。カメラの前での、「当選金をなにに使いますか?」「車を買います!」といった、リポーターと当選者のやりとりは新鮮。住んでいる地域も顔も出るのである。
そして、人々は飛び跳ねたりマフラーを振り回したり、お祭り騒ぎというか、全身で興奮を表現している。

出し抜けに、隣の席の同僚が「100€あたった!」と言った。
「80€投資したから、実質20€だよ」
彼は、それから、家族や友人に電話して報告と状況確認をしていた。
スペインのクリスマス宝くじは、友人や同僚、近所の人、家族など、仲間と分かち合うものらしい。

彼は、「だから毎年買っちゃうんだよね」とも言っていた。“当選したみんながお祝いしてるのに自分だけ加われない、なぜなら参加していないから”なんてことにならぬようにくじを買う、という心理だという。

この抽選日あたりから、会社の中が静かになっていった。最小限の人数だけ残して、みんな休暇に入る。
雪が降り積もっていく時みたいだ。だんだん音が消えて、かわりに雪の降る音が聞こえるような気がしてくる、そういう時。

私は24日も普段通り出勤した。午後には、部署内の現地社員はみんないなくなった。
大部屋に1人。なんだか、時の止まった世界に私だけ取り残されたかのような、不思議な感じがした。

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