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怒りのデ・ニーロ

ロバート・デ・ニーロは、映画「グッドフェローズ」でマフィアのジミー・コンウェーを演じた。ジミーがリーダーになって行われた現金強奪のあとで、分け前の分配を求めて、仲間の一人(かつら店を経営する陽気そうなモリー)が激しく詰め寄ってくる。ジミーはモリーが疎ましい。彼はモリーを一旦帰らせ、酒場のカウンターで煙草を吸い始めると、BGMでCreamの"Sunshine of Your Love"のイントロが流れ、殴りつけるようなギターとドラムの音色につれて、数秒ごとにジミーの表情が変わってゆく。カメラは少しずつジミーにズームする。灰皿に目を落とし、カメラに向き直る。また灰皿に目をやり、カメラに向き直る。そのたびにジミーは微かな笑みを見せるが、目は笑っていない。しまいには片目が閉じそうなほど頬を歪ませてカメラを見すえる。モリーに腹を立て、今は目の前にいない彼を睨みつけている――そういう30秒あまりの短いシーンがある。

誰が見ても、ジミーがモリーに腹を立てたことが分かるシーンだと思う。ただし、ここでジミー(=デ・ニーロ)の態度は怒り一色ではない。このシーンの彼(の口元)は微笑してもいるからだ。この微笑は何か。私が思うに、二つある。整理できない感情が腹の中にあるのを感じた人間は、しばしば微笑する。微笑してそれをこらえる、もしくは誤魔化す。言葉にできないものが腹から喉元へ昇ってくるのを、微笑でなだめる。それがひとつ。もうひとつは、決断した人間の微笑。決断できたということは、展望が見えたということだから、笑むことができる。鬱陶しいモリーの処遇について、この30秒あまりの間に、ジミーは何かを決めた。彼の笑っていない眼と、"Sunshine of Your Love"の明確な音色は、彼の決断を語っている。それがどんな決断だったかは、本作を観れば分かるようになっている。

ジミーがモリーに感じている怒りと鬱陶しさ。それをどう扱うべきか決めかねている戸惑いの気持ちが、「決断」へ流れ込んでいくこの30秒に台詞は無く、デ・ニーロの顔が動いているだけだ。人が腹を立てたとき、その心の中には様々な感情や思いが複雑に動いて、その複雑さは容易には言葉にならない。このシーンで、デ・ニーロの精妙に動く顔は、腹を立てるとはそういう事態なのだ、と無言で告げてくる。そのとおりだ、と顔で伝える演技力が自分にはないから、こんな文章を書いた。

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