eスポーツチームの事業譲渡・買収や業務提携で気をつけるべき特有の問題点について


1 はじめに

(1)CRさん×DFMさんの事例

 先日、VALORANT界隈を大きく驚かせるニュースが飛び込んできました。

https://www.youtube.com/watch?v=3SAxSvXSegU

 DFMさんがCRさんと業務提携をし、CRの選手の多くがDFMの選手として戦うことになりました。(CRのオーナーさんは「結婚」と表現しましたが、正式には業務提携のよようです)
 包括的業務提携の詳細として、DFMさんがグッズ販売などのマーケティングのノウハウをCRさんのからお借りする一方、DFMさんが有するパシフィックリーグ(VALOの国際大会)にCRの選手が出場できるようになる、というお話でした。
※DFMさんは、VALORANTと同じパブリッシャー(Riot)さんが提供するゲームタイトル「リーグオブレジェンド」で類まれなる貢献や実績を重ねておられます。
 今回の業務提携は、CRの選手が、その所属チームを変更することなく、国際大会で活躍できるようにするための有効な手段と言えるでしょう。(もちろん大会にはDFMとして出場)

(2)RIDDLEさん×ZETAアカデミーさんの事例

 こちらはRIDDLEさんがVALORANT部門を新設したニュースです。
 メンバーや運営陣の多くは、ZETAさんのアカデミーチーム(年齢制限等の理由から公式大会には出られない選手らが多く所属)から移籍した方々が多くいらっしゃいます。
 RIDDLEのオーナーさんもおっしゃってましたが、ZETAのオーナーさんと直接お話をして、しっかり契約金を支払った上で、選手、運営陣の移籍(契約上の地位の移転ないし契約終了の上再契約)を進めたそうでした。
※一部の界隈で問題視されているような、チーム間の交渉を介さない違法・不当な「引き抜き」行為ではありません。

 ZETAさんは、DFMさんと同じく、国際大会に出場する権利を有する強豪チームです。ただし、公式大会のルール上、アカデミーの選手は国内大会さえも出場できず、優秀な子たちが公式戦で活躍できない、経験を積めない、という背景がありました。そのため、ZETAのオーナーさんとしても、アカデミーの選手の移籍先を求めていた事情があるようです。
 他方、RIDDLEさんとしても、部門を新設する以上、優秀な子に入ってもらいたい。
 今回の件は、両者の需要にマッチした、チーム間の移籍事案と言えるでしょう。


(3)事業譲渡等が進まなかった事例

 こうしたチーム同士の化学反応は、これまで、チームの買収や事業譲渡、という文脈で語られてきました。既存のノウハウやブランドを利用することは、eスポーツ業界にとって、とても素晴らしいことだと思います。ただ、実際はそう上手くいくとは限りません。
 たとえば、ジェダイトさんの例です。上記と同じく、VALORANT部門の投稿ですが、ジェダイトさんは、資金繰り等を理由に、競技シーンからの撤退を表明しました。
 同チームは、新興ながら、国内大会で2位に輝き、短期間で一気に知名度を伸ばした優良チームです。昨今の選手の報酬の高額化・高騰が原因でもありますが、せっかくのブランドを生かせないまま競技シーンから撤退する、というのは非常に残念です。
 ここで申し上げたいのは、(運営会社さんは、初めからその気がなかったのかもしれませんが、)選手や運営陣との契約が継続しているタイミングで、資金に余裕のある別会社に事業を丸ごと買い取ってもらう、ということができれば、良い形で部門をたたむこともできたのではないかな、ということです。

https://twitter.com/Team_Jadeite/status/1727948989583311153

 続いて、こちらはA2さんのニュースです。レインボーシックスシージ部門を解散する旨を公表されました。
 詳細は明らかにされていませんが、事業譲渡先を実際に探していたところ、一部選手の問題・契約違反が発覚したことから、譲渡自体を進めることなく解散に進めたというものです。
 いわゆる、デューディリジェンスを経て分析をした結果M&Aを中止する事案類型の一つと言えますが、ある程度完成したチームを丸ごと移籍させられなかったことは、選手ら本人にとってはもちろん、譲渡側、譲受候補側、そして業界全体にとっても、もったいないことと言えるでしょう。

https://www.a2-esports.com/l/thankyou-r6sdiv/


 以上、色々と書かせていただきましたが、本投稿では、上記の成功事例、失敗事例を踏まえた業界特有の留意点を説明したいと思います。

(※「失敗」という表現は正確ではないと思いますが、分かりやすさを重視してそのような表現にさせて頂きました、ご了承ください)

2 事業譲渡等を検討する上で留意すべきこと

(1)そもそも業務提携や事業譲渡とは(種類や区別)

ア 事業譲渡

 商法(16条~18条等)及び会社法(21条、467条等)は、会社が有する事業の全部又は重要な一部を譲渡する際に必要な手続・要件や効果を定めています。
 ここにいう事業とは一定の営業目的のため組織化され、有機的一体として機能する財産の全部又は重要な一部を言います。
 プロゲーミングチームに則して言えば、フォートナイト部門、VALORANT部門、APEX部門等の複数の部門あるいはメインの部門を、選手や運営陣、更にはスポンサー、グッズ収入等を丸ごとあるいは一部譲渡することを言います。
※悩ましいのは、部門兼任の運営マネージャーです。多くのチームが、人手不足のため、運営陣が部門を兼任しています。この部門は譲渡するけどこのマネージャーは移籍しません、等は明確にすべきでしょう。 

イ 業務提携

 業務提携は、その内容が事案ごとに大きく異なり、法律上明記されているわけではありません。
 ただ、どのような業務提携でも、共通しているのは、両者のノウハウをお互いに開示することになることです。みだりに第三者には開示しない旨の秘密保持の条項は必要になるかと思います。
 また、CRさん×DFMさんの件でいえば、CRの選手の報酬はどちらが払うか(移籍金も生じるのか)、グッズ収入はどのように分配するか、経費もどうするか(韓国のゲーミングハウスの費用等)、CR選手の今後の配信におけるスポンサーのロゴはどのようにすべきか(両者のチームを全て掲載するか、あるいは日によって変えるか等)、マーケティングノウハウをCRさんが提供することについての対価(コンサル料?)が発生するか、等を検討する必要があるでしょう。

ウ 組織再編

 国内のeスポーツ界隈ではあまり見ませんが、みなさんにとっては一番なじみがあるだろう、合併や分割が挙げられます。会社法748条以下。
 特に吸収合併は、いずれかのチームの運営会社が消滅することを意味する手続です。一方のチームを愛するファンにとっては非常に悲しい出来事になり得るものであり、あまりここまで大きな組織再編がされることはないかと思います。

エ 株式譲渡、親子会社化

 一番有名なのは、GameWithさんがDetonatioNGaming(上記で述べたDFMの運営会社)さんの株式を取得して子会社化した事案です。
株式を有するということは、その子会社の経営判断に直接介入しやすくなることを意味します。対等な立場を前提とする業務提携とは異なる意味合いを有します。

(2)留意すべき点

 以下、事業譲渡を念頭に、箇条書きで述べます。

ア 譲渡の対象である選手らとの契約の性質を確認

 多くの選手契約書は、業務委託契約と解されています。業務委託契約は当事者間の信頼関係を基礎とする契約です。
 事業譲渡をする際には「〇〇の選手を買う」みたいな表現をすることがありますが、選手の中には「今のチームやオーナーが好きだから、事業譲渡されて他のチームに移籍させられるならチームを抜ける」と言う人が出てくるケースがあります(※逆に、金さえもらえるなら何でもする、どこでも行く、という選手も一定数いるのは事実です…)。そして、そのような契約終了は本来当事者が自由になし得る申入れです。
そういう意味では、選手を買うという表現は本来は適切ではありません。

※他方、多くの選手契約書は、選手の都合で退団・中途解約をする場合は違約金が生じることがあります。違約金を背景に、選手から解約の申入れをする可能性が低い場合はあるでしょう。

イ キーパーソンを残すべき 

 eスポーツチームは、選手はもちろんですが、優秀な運営陣が存在することが大事です。選手の要望や不満を調整・解決し、チーム内部はもちろん他チームの分析等をしてこそ、選手たちが輝きます。強い選手がいればフィジカルでなんとかなるゲームもありますが、選手の新陳代謝が激しいのがこの業界です。本当に代えのきかない運営陣、またリーダー格の選手を残したうえで、その譲渡する選手らにかかわる事業の価値を算定すべきです。
 逆に言えば、そのような人物さえもいなくなってしまうと、譲渡対象の価値が大きく減ってしまいます。ジェダイトさんの件でも少し触れましたが、全員がいなくなってから譲渡を思いついても、なかなか譲渡先を探すのは大変になってしまうということです(重ねて申し上げますが、ジェダイトさんが事業譲渡の選択肢を意図的に外していた可能性はもちろんあります)

※製造業だと、従業員というよりは、工場、機械が大きな事業価値を構成しますが、eスポーツ業界ではそうした箱モノが存在すると限りません。あくまで人物本位の価値が大切といえるでしょう。

ウ チームで戦うゲームタイトルは、部門丸ごとの譲渡がおすすめ

 VALORANTやレインボーシックスシージは5名、APEXは3名、というように、複数の選手を丸ごと譲渡した方が、チームの完成度、練度を維持する上で大事なことと言えるでしょう。その分、譲渡対象の価値は高くなると言えますので、その部門の継続が危ぶまれる場合は、メンバーが離れ始める前に速やかに移籍先を探すことが大事と言えます。

※フォートナイトはやや特殊な界隈で、所属選手が別のチームの選手を見つけて自由にデュオを組むことが当たり前になっています。また専属コーチがいるとは限りません。そういう意味では、選手単体の譲渡というのもあり得るところでしょう。

エ デザイン、ロゴの著作権処理や商標権

 これは私が実際に相談に乗るなどして直面して悩むことが多い問題です。アマチュアチーム、クランから成りあがってプロ化したようなチームは、当時の懇意にしたデザイナー(多くは一般の方)から提供されたロゴやデザインを利用していることがあります。口約束で依頼をしているため、翻案権や著作者人格権含め、権利処理が全くされていないことが多いです。商標登録も同様です。
 他方、そのチームの象徴と言えるようなロゴ、デザインになってしまうと、容易にそれらを手放すことはできません。非常に悩ましい問題ですし、譲渡対象の価値を低くさせる要因にもなってしまいます。
 将来的に事業譲渡を検討しているようであれば、知的財産法上の権利処理を進めておくことが大事と言えるでしょう。

※当時は「お金いらないから無料でロゴ作るよ」と言っても、いざ権利処理の話があると、足下をみて金銭を要求する事案があります。また、一般の方だと、もう今となっては連絡も付かない、という事案もあります。

オ SNSアカウントの流用

 eスポーツ界隈の情報はYouTubeやTwitter(現X)を介して流布することが多いです。
 事業譲渡の際には、そうしたSNSアカウントを譲り受けることが可能かということも気を付けなければなりません。
 例えばTwitterの利用規約を見ると、他人がそのアカウントを利用することは可能ですが、有償で譲渡をすることは許されない旨が定められています。

 譲受候補の側からすれば、交渉として、SNSのフォロワー数やインプレッション数、視聴回数等を強く事業価値に含めるべきではない旨を主張することが考えられるでしょう。

カ 不祥事チェックは界隈を知る人にも聞くのがおすすめ

 eスポーツあるあるですが、活躍する人物らは若い子が多く、問題や不祥事を起こしがちです。
 単に、〇〇の大会で優勝しました!獲得賞金〇〇万円です!というような話だけをうのみにして、不当に高額な金額でその部門やチームを譲り受けることは適切とは言えません。
 特に、新規参入を考えている事業者さんが、既存チームを買収しようとする場合は注意が必要です。
 
 問題や不祥事ですが、その界隈に長くいる人に聞くのが手っ取り早いです。噂程度であっても、意外に真実だったりすることが多いです。

キ デバイスなどの利益相反チェック

 eスポーツチームは、PCメーカーさんやデバイスメーカーさんにとってはその商品を宣伝してくれる大きな存在です。
 一方のチームはAメーカーのデバイスを利用、もう一方のチームはBメーカーのデバイスを利用、となると、選手が移籍をする際には、新しいデバイスに順応する必要が生じます。
 大会を間近に控える中で事業譲渡を進める際には、そうした順応のための準備期間が必要であることも注意すべきです。
(場合によってはデバイスやメーカーの技術的問題から事業譲渡をあきらめるケースもあるでしょう)

 色々思いつくままに書かせていただきましたが、お困りの方はご相談ください。


この記事が参加している募集

VALORANTを熱く語る

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?