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『NEXT Traditional: 博多人形 絵付け体験 出前授業』 中村弘峰さんインタビュー編

2024年3月7日(木)に、株式会社明治産業で行われた『NEXT Traditional: 博多人形 絵付け体験出前授業』レポート。

前編記事に続いて、この記事では体験授業を終了した直後の人形師・中村弘峰(ひろみね)さんへのインタビューのようすをお届けします。


はじめての大人だけの絵付け体験

——今回、明治産業の社員さんに向けて絵付け体験を行われたご感想は?

中村さん 「ひとつの作業を共にする」ということが、こんなにも人を結びつけたり、解きほぐしたりするんだと驚きました。出来た作品がどうだったか、ということもありますが、人と人のコミュニケーションって、言葉でなくとも、例えば色とか形とか、そういうものでも取れるんだということを、体感してもらえたんじゃないかと思います。

皆さんはじめは自分の作品を見せることを恥ずかしがっていましたが、あれはすごく良いことだと思っていて。僕らも美大生だった頃には、作品を出すのが恥ずかしいという場面を、何度も経験してきました。それが今では作品を見せること、いわば自分をさらけ出すこと自体が生業になっていきました。それは、言い換えると「あの人はああいうものを格好良いと思う人なんだ」といった他人からの評価を引き受けていくことでもあります。そういった、作家という人々が普段感じていることを、皆さんにも体験を通して触れてもらえる機会にもなったのかなと思います。

でも、いざ表彰式になるとみんな「私の作品が選ばれるかも」って目がちょっとギラギラしていましたよね(笑)。楽しんでいただけたようで嬉しかったです。

人形師・中村弘峰さん

——今回のように、企業向けに絵付け体験を行ったことはありましたか?

中村さん 企業で、しかも大人の参加者だけに向けて絵付け体験を行ったのは、今回が初めてでした。出来上がってくるものは、子どもたちとやる時とは全然違いますね。

子ども向けに体験授業をやっていると、まずやっぱり小学生より幼稚園児の方が天才的だと圧倒されます。全員がピカソ、というか。だけど小学生になってくると、いわゆる「上手い子」が出てくる。それは「人と比べても恥ずかしくないように」という自意識が形成されていく過程とも関係しているのだと思いますが、多くの幼稚園児たちには、そういう意識が無い。だからいつも、幼稚園児の感覚のまま作品が作り続けられたならそれはもう天才なんだよな、と感じています。

一方で今日参加された皆さんには「こうしてみたら評価される作品になるかな?」「社内で一目置かれたい」「ダサいものは見せたくない」みたいな“内なる声”が聞こえてくるところもあったわけですが(笑)、それはそれでまた、大人ならではの面白味だと思います。「面白いものをつくりたい」という想い。これってすごく良いなと思いました。

一人ひとりが自分なりに気張ったりしながら、限られた時間のなかで何をチョイスするかを考え、作品に落とし込む。これって例えば仕事のプレゼンなんかにも通じる面白味でもあるんじゃないかな?と感じていました。

博多人形の体験授業を続ける理由

——いま、中村さんがこのように人形の絵付け体験を出前授業形式で行うことには、どのような狙いがありますか?

中村さん 僕はいつでも「三方良し」を大事にしていて、この取り組みの背景にもそうした発想が関わっています。

まず、博多人形の認知度について。例えば博多人形は粘土で出来ているんですが、最近では大人でもそのことをご存じない方が増えています。僕も人形師をしながらそうした事実と向き合う度に、もっと小さいうちから博多人形を実際に手で触って体感してもらうことが重要ではないかという想いを強くしてきました。そしていつか子どもたちの方が大人に向けて「博多人形は当然、粘土だよ」と教えていくような世界に変えていけたらと思い、幼稚園や小学校向けのワークショップをやってみたいと考えるようになりました。

もうひとつは、博多人形の体験づくりについて。ここ数年、僕も人形師としてワークショップのご相談をいただく機会も多く、その度に自分の手持ちの人形を使ってこなしていました。だけどこれをもう少し体系的に、皆が共通の教材でやっていけるようなプログラムとして組み直せないかと思ったんです。今まで博多人形にはそういうプログラムが無かったこともあって、そこにチャレンジしてみたいと考えたことがこの活動の発端にもなっています。

最後のひとつは、博多人形をめぐる産業構造の崩壊という課題です。今日のワークショップのはじめには、博多人形の粘土屋さんが潰れてしまったお話をしました。しかし博多人形を製作するには、粘土屋さん以外にも、人形の型を取ってくれる「型屋」さんや、その型に粘土を張り付けて生地(※彩色前の人形のこと)を作ってくれる「生地屋」さんといった欠かせない存在があるのですが、今ではそれらの存続も危ぶまれる状況になっています。

生地屋さんにお仕事をお願いするためには、まず博多人形が売れないといけないわけですが、この構造自体をなんとか打破できないかな?と思っていました。そこで考えついたのが「焼肉屋スタイル」です。

焼肉屋さんでは、お客さんが自分でお肉を焼いて食べるのであって、お店の人は調理しないじゃないですか。これと同じように、粘土の生地の時点で素材のまま商品にすることが出来たら、博多人形が売れる/売れないに関係なく、生地屋さんに直接お金が行きます。そういう仕組みを作りたいという想いもあって、この絵付け体験専用の博多人形である「Master Road」シリーズを開発しました。

いまこれを始めて5年くらいですが、うち明治産業さんと一緒にやらせてもらっている出前授業は今年で2年目になります。去年が福岡市の3学級へ、そして今年は特別支援学級への出前授業も増えて、4学級に絵付け体験を届けられました。

中村人形制作・監修による絵付け体験専用の人形シリーズ「Master Road」

未来のために自分がやるべきこと

——この活動を通して、中村さんはどんな変化を感じていますか?

中村さん 最近の小学校では、僕らが子どもの頃よりも図工の時間が削られているのだと聞きました。

僕の美大時代の友達には、幼少期に先生や友達に「上手だね」と言われた、そのたった一言がきっかけで「アーティストになろう」と決意した人がたくさんいます。そのような、本当に小さなきっかけからでも、将来の文化を担うような作家が実際に生まれてくるということを、僕は自分自身の経験として確信しています。

「Master Road」は1回の取り組みで100人単位に体験を届けることが出来るので、そのうち1人か2人だけでも、未来の種になるような場面が届けられるんじゃないかと思っています。隣の誰かから「お前の作品、すげえなあ」と言われるかもしれない、その一言。いま、図工の時間が削られていくなかで失ってしまったかもしれないその機会を、少しでも自分の活動のなかで取り戻し、未来につなげられたらと思っています。

でも、それって「〇〇をやれば、そのうち何%がこうなります」というような、結果が約束されたシステマチックなものでは無いんです。もっとダイレクトで、具体的な体験からしか生まれない何かだと思う。だからこそ、まずは自分で出来る限り、この活動を続けてみるつもりです。

——中村さんは今後、伝統産業の未来も含めて、いち人形師としてどのような活動をしていきたいとお考えでしょうか?

中村さん 僕は、目の前の相手や依頼してくださる方を喜ばせたいという思いが強く、数十年後のビジョンや構想に向けてキャリアを進めていくようなタイプではありません。そのうえでご質問にお答えするなら、自分はとにかく「代々続けていく」ことを重視しています。

近年では、例えばどこかの国立博物館に人形の文化財があったとして、それを修理に出せる先が今ではほとんど業界に残っておらず、その相談が中村人形に来たりするような現状があるんです。つまり僕らでさえも、伝統文化の“最終防衛ライン”になりつつある。そうだとしたら、やっぱり中村人形は潰すわけにはいかないんです。

中村人形の家訓には「売れ過ぎない」という教えがあります。うちは息子が中村人形を継ぎたいと言っているので、是非そうしてやりたいと思っていますが、例えば僕がもしここから”世界的な現代アート作家”みたいな方向へと一気に舵を切って、ひとりで突っ走ってしまったときには、息子はきっと中村人形を継げなくなってしまう。だから、そのバランスを自分で強く意識しているところがあって、語弊を恐れずに言えば「それなり」を見極めてやっています。

僕はこれからも、まず福岡の地元に密着して、歳時記(五月人形や雛祭り、山笠や干支人形など)に沿った人形づくりをちゃんとやっていく。そういうことをしていたらどうしても”世界的アーティスト”にはなりづらくなりますが、そこは譲らずに続けていく。

そして、それらをこなしながらでも挑戦できる横道を、いかに遠くまで逸れて・深めることが出来るか。自分はそういう軸足で、今後も人形師を続けていきたいと思っています。


おまけ

今回のワークショップ中に、社員の皆さんが熱中して絵付けに打ち込む様子にあてられて、弘峰さんも1体、人形の絵付けを施していたのでした。

おもむろに筆を取れば、そこからの作業は流れるようなスピード!
明治産業の企業ロゴのカラーと直角線のモチーフを、迷いなく人形に展開していきます
完成したのがこちら。弘峰さんの人形のシグネチャーであるグリーンアイズ(緑色の目)も!
背中には企業メッセージ。明治産業へお越しの際は、受付にいるこの子を探してみて下さい!


PHOTO:橘ちひろ
TEXT:編集部

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