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記号接地問題 ~AIは言葉の意味を理解できるのか?~


 昨年はChatGPTが世界中を席捲した一年でした。大規模言語モデル(LLM)によりあたかも機械が人間のように質問に応え、会話する様は驚きです。多くの企業や組織もChatGPTを活用し、業務の効率化に成功しています。
 ChatGPTは2030年までに現在の4から10までレベルアップするとも言われています。さらにGAFAやベンチャー企業もこれに対抗する技術開発に躍起になっていることから、ChatGPTよりも優れたAIシステムが登場する可能性も充分ありえます。このことを加味すると近い将来多くの仕事や生活の在り方が変わり、シンギュラリティも近いという感じさえします。

 ChatGPTは、人と自然な対話が可能で言葉を理解しているように見えます。しかし、これが本当に知能を持っているかどうかは疑問です。機械に知能があるかどうかを評価する手段として、第一次人工知能ブームが興った1950年代にアラン・チューリングは、チューリングテストを考案しました。
 チューリングテストは、2台のモニターに表示される文字を見て判定されます。2台のモニターはそれぞれ見えないところに操作部が設置され、1台は人と、もう1台は機械(コンピュータ)と接続して様々な質問に対峙します。その結果モニターの回答を見た判定者は、人と機械の区別がつかなければその機械は合格(知能アリ)と判定されるというものです。
現在のChatGPTはこのテストにおそらく合格すると思われます。

 しかし、チューリングテストに異を唱える意見も多くあります。その一つに哲学者ジョン・サールの「中国語の部屋」という思考実験があります。これは別室にいる被験者が中国語を理解しているか否かを判定するためのテストです。中国語を全く話せない被験者を別室に案内し、被験者にあらゆる中国語の質問に対応したマニュアルを渡すなどしてテストを始めます。すると質問者は被験者を誤って中国語を理解していると判定してしまうというものです。
 「中国語の部屋」の思考実験は、まさに今の機械翻訳やChatGPTの仕組みを言い表しています。コンピュータの回答は、一見言葉の意味を理解して賢く振舞っているように思えます。しかし実際は中国語の部屋同様アルゴリズムに従って機械的に反応しているだけです。とても言葉の意味を理解している(知能アリ)とは言えません。


記号接地問題
 そもそも言葉を理解するとはどういうことなのでしょうか? 新生児が言葉を獲得するプロセスや我々が外国語を学ぶ場において、記号としての言語の意味を真に理解するためにはその記号が概念に接地する必要があります。特に言語における身体(接地)性は重要です。
 例えば‟痛い”という言葉を真に理解するためには実際につま先を箪笥の角にぶつけるなどした感覚器官に伴う体験が必須です。この体験があってこそ、他人が箪笥の角につま先をぶつけるのを見るとその‟痛さ“を共感できます。さらに‟痛い”という記号は感覚器官の痛さを超えてシンボリックなレトリック、アナロジーとして多くの使われ方をします。
「様々な問題があって実に頭が痛いよ」「それは耳の痛い話だね」「あの発言は痛かった」「彼の抜けた穴は痛い」「あの弁護士は実に痛いところを突いてくる」・・・etc.
 このよな‟痛い“の様々な使われ方は、身体的な‟痛い”を理解した上で成り立っていると言えます。従いまして機械に‟痛い“等の身体性を伴う言語を理解させるのは至難の技であると想像できます。さらに感情や「幸せ」「正義」「愛」等の抽象的概念を理解させるのは尚更です。

ディープラーニングの深化と共に第三次AIムーブメントが興り、ChatGPTの出現により今回のムーブメントも新たなステージに入った感があります。しかし現在は未だ序の口です。現在のAIは特定の分野にのみ特化して強みを発揮する所謂‟弱いAI”です。現在、あらゆる分野に強みを発揮するAGI(汎用人工知能)と言われる‟強いAI“を目指した研究開発が世界中で活発化しています。

 強いAIを実現させるためには記号設置問題という高い壁を越える必要があります。認知科学者のスティーブン・ハルナッドにより提唱された記号接地(シンボルグラウンディング)問題。この解決無くしてAIが真に言葉を理解し、人間の知能を超える所謂シンギュラリティは無いのかも知れません。
 しかし問題が明確になっていれば人類は必ずそれを克服する術を常に見出してきました。AIにおける記号設置問題も近い将来必ず解決の糸口を見出すと私は思います。

 記号設置問題解決の先には如何なる景色が広がっているのでしょうか・・・?

                                  <2024.1.5>


    
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