見出し画像

なにがなんでもということか

コロナ禍で海外渡航の機会を失ったこともあって、パスポートの有効期限が切れたままだった。このたび必要があり久しぶりに更新することにし、そしてついでに娘も一緒に作ることになった。

娘は平日役場に行けないので、私が代理で二人分の書類を窓口まで受け取りに。窓口の女性は、娘の年齢を確認し真剣な眼差しで私に言った。
「あのですね…申請用の写真を撮る時は、カラーコンタクトレンズは使わないでくださいね。女性は写真撮る時にカラコンを使う人が多いので。今の入国審査はAIですので、写真と実際の瞳の大きさが違うと入国できない可能性があります。可愛く見せたい気持ちよりも、本人確認のほうが重要なのです」

なんと。年齢性別を見ただけで、こう念押しされるということは、申請段階で通らない写真がそれだけ多いということだろう。
カラーコンタクトレンズか…パスポート前回の更新は確か10年以上前で、こうしたお洒落グッズは一般的ではなかったから、こんな注意を受けることも勿論なかったのだ。
他にも、こういう写真はアウトこっちも駄目という、外務省領事局旅券課作成・旅券用写真NG集のような資料で更なる念押しを受け、申請書類と共に受け取って帰った。

娘に資料を渡し注意事項を伝え、私は私で旅券用写真を撮りに行く。昔、パスポートを作った時は街の写真館に行った覚えがあるが、現在は近所にそうした写真館はない。しかし代わりに街角に設置してあるスピード証明写真機に頼ることにした。最近はスマホアプリで証明写真を作れるそうだけれど、窓口であれだけ口酸っぱく注意されたということは、アプリの美顔加工機能をつい使ってしまい申請で撥ねられる人がいるのではないか、そして私自身ああした美顔加工を施す誘惑に勝てる自信がない。なので、ここ暫くお世話になっていないが証明写真機で撮影するのだ。そのほうがまだ確かだ。容赦なく私の顔を旅券に使えるよう撮ってくれるに違いない。

10年ものの旅券だ、一応な。念のためにな。と美容院に行き髪を整えてもらった。スピード証明写真機のボックス内の椅子に深く腰掛け、背景の色、写真の中心線などを設定。ここまではいい。旅券用写真NG集にあった注意書きを改めて読み「顔の輪郭が隠れないように」髪を耳にかけて顔をまる出しにする。「影ができないように」顎を力強くぐっと引いてボックス内の照明を全て受け入れる。「微笑むなど表情を作ってはいけない(意訳)」とあるので、唇を引き締めて目をしっかり見開き真顔でカメラを注視する。
よし、スイッチオン。

できあがった写真は、めかしこんだ真顔のバーバパパであった。……うん。まあ。よし、大丈夫だ。誰がどう見ても私本人で間違いない。問題ない。問題はないったら。

娘が用意した写真を預かり戸籍謄本等書類を揃え、申請窓口を再訪した。
私のバーバパパ写真は思った通り問題なかった。あってたまるか。
娘の写真を見た窓口職員さんが(ん?)という顔をして、定規を取り出した。そして写真に顔を寄せ、娘の顔部分に定規を当てて細かく何かを測っている。立ち上がり、上司の机に行き相談する。更にふたりで測定。なんだなんだ。戻って来た職員さんは
「申し訳ありません。お嬢様の写真ですが、この部分。この前髪がほんの僅か、目尻にかかっているように見えます。このまま申請しますと受理されない恐れがあります。ですので、撮り直してまたおいでいただけますか」。

私も覗き込んでみた。確かに仰る通り。目尻にかかっている、ではないのだ。あくまでも髪が目尻にかかっているように【見える】程度だ。なんなら髪というより、髪の影が目尻の更に影にほんのりかかっている。ような。くらいの話で。この程度で?二度手間を?とは思うが、あれだけ注意されたのに規定に沿えなかった我々の責任。…なのだろう。ちなみに娘の髪型は一般的な20代の女性としてはごく普通のスタイル、完全には納得はいかないものの、これで押し通して結局受理されませんでしたでは余計に手間と時間がかかってしまう。
致し方なく娘にその旨を伝え、今度こそ万全の画像を準備することを我々母娘は誓った。

再び挑戦し完成した娘写真は親の私から見れば可愛い素顔であったが、デジタルネイティブ・スマホネイティブ世代の彼女にとっては、光さえ調節されていない完全無加工しかも真正面を睨んだすっぴん指名手配様写真である。
今度はスムーズに申請受理され、パスポートを無事受け取った彼女は「私くらいの年齢の子が、リテイク一回だけでパスポート出るのは珍しいですよって窓口の人に誉められた」と力なく笑ったのだった。

運転免許証にせよ旅券にせよ国が認める証明書については、なにがなんでも他人に見せたくない写真にしたるぞという国家の強い意志を毎度感じる。

AI判定全盛の世だそうな。瞳の大きさで本人確認できるのなら、素顔が隠れるくらい厚く化粧していようが簾のような前髪だろうが、華やかに微笑んだ写真だろうが本人だと判定されるようになってくれとバーバパパおばさんとしては願うばかりである。








この記事が参加している募集

旅の準備

あなたのサポートは書くモチベーションになります。そのお気持ちが嬉しい。