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新留学事情Study Abroad Onlineのススメ (前編)



はじめに

TOEFL Web Magazineの筆者のコラムFor Life Long Englishに2023年7月に掲載した記事です。最近日本人の海外留学が激減しています。無理もありません。治安、高額授業料、生活費等諸々のリスクを考えるとしたくても2の足を踏むでしょう。拙稿「アメリカの大学4,500校、50年以内に半減!Nathan Harder氏 2011年の発言は今や現実に」で指摘したように、あの世界トップを総なめしているアメリカの大学ですら経営難で50年内に倒産( bakruptsy)または併合(merger)の憂き目に会う可能性があり、入学しても途中で閉鎖 (closure)の可能性もあり、行く前に調べた方が良いとのこと、2011年、13年前に書かれた記事です。それが今現実になりつつあり、その反面、安価(または無料)でいつでもどこでも受けられるonline授業が提供されています。

筆者が、もし中学生、高校生、大学生時代の1960年代にこんなことができたのならすぐに飛びついたでしょう。訳読で英語・英文学を勉強せざるを得ず、いざ渡米すると食べ物の注文もできず「この12年間俺は何を勉強してきたんだろう!」という56年前の憂き目を思い出しながら若い方々に向けて書きました。良きにつけ悪しきにつけ多くの活動はonline化されます。しからば学校に通いながらあるいは職場では働きながら通勤通学の空き時間でも自分のペースできます。

ところで、電車の中で高校生が英単語まとめ本を一生懸命丸暗記している姿をよく見かけます。ESL/EFLのonline授業が無料で無数提供されていますのでお勧めします。聞けて話せて読んで書いけての無料サイトです。単語を丸暗記(=陳述記憶)しても使わなければ(=手続き記憶)泡沫のように消えます。自動車運転教本を丸暗記しても実際に道路に出て運転しなければ運転技術は身につきません。英語も使えてナンボです。English in Action!です。

では以下本題に入ります。(前編)です。その後(後編)もお届けします。


アメリカの大学で学ぶには年間1000万円〜1300万円も掛かる

2023年5月8日新型コロナが5類に引き下げられ海外旅行に活気が戻りつつあります。海外留学も仕切り直しとしたいところです。本コラム第160回で述べたとおり、今回のパンデミック以前にも日本人の在米留学者数は1999年-2000年46,870名をピークに減り続け、2019年−2020年には17,544人(全米留学生総数:1,075,496:全体の約1.6%)にまで落ち込んでいました。そこへパンデミックが追い討ちをかけ、2021年−2022年には相当数減ってしまいました。パンデミック収束に向かいつつある2022年−2023年は回復の兆しが見えそうですが、経済活動の正常化に伴う人手不足、ロシアのウクライナ侵攻、温暖化による自然災害が襲い、流通障害、燃料費高騰、物価高、インフレ等々が世界規模で常態化しつつあります。また、アメリカに目を向けると、銃乱射事件、アジア人襲撃事件など、Australia、Canada、New Zealandに比べて治安が悪く (Most Dangerous Safest and Safest Countries Index ) 予断は許せません。

アメリカ留学を阻む最大要因は、なんと言っても、学費(tuition and fees)の高騰です。Annual Tuition and Fees for Full-time Students in Leading Universities 2022/2023を見ると、トップ(私立)大学の授業料は約$57,000 ~$62,000($1=¥130円レートで約7,400,000円~8,060,000円)です。これは、日本における平均所得$42,650 (¥5,544,500)の約1.5倍、アメリカにおける平均所得$70,930(¥9,922,000)とほぼ同額です(2022 Average Income Around the World)。

それに教科書代、食費、住居費、交通費が掛かります。アメリカ全国平均すると家賃は日本の150%、それを除く生活費は日本の128.7%です(Cost of Living in United States)。これら私立大学に通うと年間$100,000(¥13,000,000)も掛かってしまいます。州立大学でも留学生の場合は州外授業料(out-of-state tuition fees)が適用され、例えば、UC Berkeleyでは授業料、生活費、家賃で年間約$77,000(¥10,000,000)も掛かります(Paying for UC Berkeley)。冒頭に述べたような状況下で2023年-2024年は更に高くなると予想されています。“Outrageous!”です。

では、アメリカ以外の英語圏の大学はどうでしょうか。England (例University College London)、Canada (例University of British Columbia Undergraduate Tuition Fees )、Australia (例University of Melbourne Fees and Payment International 2023)をチェックすると、留学生に掛かる費用はアメリカのそれとほぼ同額です。


アメリカで私立大学に子女を送れそうな高額所得層は9%、日本は0.18%

これら有名大学にローン無しで行けるのは年収$300,000(約¥40,000,000)以上の高額所得層の子女です。[1] What Percentage of the Population Make Over 300K?によると、アメリカでは9%しかいないようです。「年収4000万円の割合」(Re-Start新卒)によると、日本では全体の0.18%の1.1万人です。世界195ヵ国全体に広げるとその比率はもっと低くなります。

もちろん、エリート校に学ぶのは高額所得層の子女だけではありません。高額所得層の子女だけをターゲットにしていたら志願者が限定され入学難易度が下がり質も下がります。質が下がれば人気が無くなり定員不足が生じてやがて消滅という憂き目に会います。More colleges set to close even as top schools experience application boom (update Feb. 23, 2023 )は、全般的に志願者数が増えているにも関わらず “smaller less selective”(入学難易度が低い小規模)校への志願者は減る一方で、トップ・エリート校への志願者は20%も増えていると報告しています。


多額の寄付金で多くの奨学金を提供できるエリート大学は人気上昇、益々難関に

れらエリート校は、2019年総額$39.4 billion(当時のレートで約4兆円)もの寄付金(endowments)を集めたHarvardのように、それを原資にして沢山の奨学金を出して学生負担を軽減し、その結果人気が上昇し志願者が増えて入学難易度を押し上げている例があります。反対に、寄付金が集まらない“smaller less selective”校は、tuition feesがエリート校とほぼ同額でありながら奨学金を出せず定員割れが起きて廃校になるケースが出ています。結果、潤沢な財政を享受する少数のエリート校に対し財政難に喘ぐ多数の大学が2極化しつつあります。2 エリート校の狭き門をクリアできる人数は限られるので、多くはそれ以外の学資援助の乏しい大学がチョイスとして残されます。それは高額ローン(Average Student Loan Debt)を抱えることを意味します。“Is that worth my while?”(借金してまで行く価値ありや?)と立ち止まって自問せざるを得ない状況です。

残念ながら留学先一番人気のアメリカ諸大学はこうした事情を抱えています。留学生にこれに輪をかけた厳しい状況を強いられるでしょう。大学は多様な知の共同体であるべきです。筆者が1970年代に在籍した複数のアメリカの大学では、在籍した性別、年齢、国籍、人種、経済事情などなど多種多様な学生が学内外で自由に意見を交わしていました。留学生も暖かく迎え入れられ、日本の大学ではあまり体験できない多様な知の共同体としての活動が繰り広げられていました。アメリカの底力を感じたものです。

ですから1978年に帰国し、赴任した慶應義塾大学経済学部日吉キャンパスの1、2年生の必修英語、三田キャンパスの選択英語と視聴覚ラボ英語の授業ではアメリカ留学を奨励し、TOEFL受験を薦め、国際センター副所長に任命されるや、同センター会議の承認を得て日吉国際センターをTOEFLテスト会場にすることができました。在学中に私費留学、交換留学した学生さん、あるいは、卒業後に大学院留学した人が大勢いました。1990年に新設された藤沢キャンパス(SFC)に移籍すると、1991年にはThe Colleges of William & Maryでの夏期研修を立ち上げ、毎夏40名もの学生さんが参加しました。当時の日本経済はバブル後期で、アルバイトをすれば費用の一部を賄えましたし、世界トップ企業の上位は日本企業が占め(Top 20 S&P 500 Companies by Market Capital 1990-2023)、業績が良く、円高も重なって優秀な社員をアメリカのビジネス・スクールに派遣していました。30年前のことです。[3]





日本にいながらにして海外留学に近い環境を作る、大規模災害の備えとしても急務

時代は変わり、あれは夢幻であったのか、今ならおいそれとアメリカ留学を勧められません。でも、もし筆者が現役で教えているとしたら、諦めなさいと言うでしょうか。否!です。留学に代わり、いながらにしてできることを考えます。本コラム第65回「日本にいながらにしてオンライン留学をする時代の到来」(2013年12月号) で述べた通りです。もう一歩進んで、それぞれ自分(達)に合ったプログラムをhands-onで構築し、やってみるよう勧めます。おそらく、本コラムで紹介したプロジェクト発信型英語プログラム(Project-based English Program)の活動の一環として、クラス全員で “Study abroad online”というプロジェクトを立ち上げるでしょう。第144回に繋がる活動です。受講する学生さんはそれぞれの進路に見合うモデルを構築し実装します。

これにはもう一つ差し迫った理由があります。これから起こる南海トラフ巨大地震首都圏直下型地震などの未曾有の大災害です。九州から関東まで災害は容赦無く教育現場を襲い教育活動が平常に戻るには相当時間がかかります。それに対して早急に備えておく必要があります。筆者は第63回第64回東日本大震災で山形市に緊急避難した児童にボランティアで教えた経験から、プロジェクト発信型英語プログラムは英語学習を超えた教育現場に役立つと確信しました。いつでもどこででもグローバルに実装できるからです。


早速やってみよう 

とにかくいくつか試してみることです。まず、online courses、それも無料で受けられるのが良いでしょう。手っ取り早くHarvardでチェックしてみましょう。ありました。HarvardX Free online courses from Harvard University と称するサイトです。沢山のコースが並んでいます。どの文系理系全分野でも必須とされるRhetoric: The Art of Persuasive Writing and Public Speakingはお勧めです。TOEFL iBTテストのwriting、speakingに役立ちます。ほかにも興味深いcoursesが並んでいます。

かく言う筆者は、60年前の高校生時代に、山崎貞著『新自修英文典』(研究社1931年)と『新々英文解釈研究』(研究社1933年)を読み、英文学の作品を訳読しながら独学しました。それ以外の手段がなかったからです。あの頃現在のonline環境が揃っていたなら、それこそ、昨今話題になっているChatGPTで“Are there good online free online courses in English grammar?”と質問し、以下のような情報を入手することでしょう。


Yes, there are several free online courses available to improve your English grammar skills. Here are a few reputable platforms that offer such courses:


1. Coursera: Coursera offers a wide range of English grammar courses, including “Grammar and Punctuation” and “English Grammar and Style.” While some courses on Coursera require a fee, you can often access the course materials for free without receiving a certificate.

2. edX: edX provides free online courses from renowned universities. You can find courses like “English Grammar and Style” and “English Grammar and Essay Writing” that cover various aspects of grammar.

3. Alison: Alison offers a comprehensive course called “English Grammar and Vocabulary” that covers essential grammar rules and vocabulary. It’s a self-paced course, and you can access the content for free.

4. British Council: The British Council has a range of free online resources, including interactive grammar lessons and quizzes. They cover topics like tenses, sentence structure, and punctuation.

5. Grammarly Handbook: Grammarly, a popular online writing assistant, has a free online resource called the Grammarly Handbook. It provides detailed explanations of English grammar rules, along with examples.

6. Purdue Online Writing Lab (OWL): The Purdue OWL website offers extensive resources on English grammar, punctuation, and writing style. It’s a valuable resource for learners looking to improve their grammar skills.


These platforms offer different approaches to learning grammar, so you can explore and find the one that suits your learning style the best. Remember to check each course’s syllabus, reviews, and user ratings to determine the quality and relevance of the content.
(ChatGPT as of June 11, 2023より)


edXのEnglish Grammar and Styleなど幾つかあるので一夏費やして格闘することでしょう。読者もインターネットでそれぞれの関心テーマについてのfree online coursesを探し出し、踏み出してみましょう。

これらfree online coursesは、第144回で紹介したプロジェクト発信型英語プログラムに当てはめると、スキル・ワークショップに該当します。本英語プログラムは、スキル・ワークショップ(listening 、speaking、reading、writingの4技能を通し基本的英語力を身につける)1コマとプロジェクト(プロジェクト活動を行い成果発表する)1コマの計2コマで構成されます。これに倣い、筆者の「言語と伝達」、「言語コミュニケーション論」などの学部・大学院の専門コースの授業では、1コマ90分の前半(45分)でスキル・ワークショップ(講義による基本概念の習得)を、後半(45分)でプロジェクトをしました。オンライン上には、様々な分野の基本概念を学べるスキル・ワークショップ的サイトがあり、それで十分事足ります。[4]

後半45分のプロジェクト・モジュールについてですが、筆者の授業では、前半の講義を受け、学生さんたちは、言語コミュニケーション論関係の概念や説をそれぞれの関心事を切り口に探究しました。例えば、ファッション・デザインに関心ある学生さんたちがソシュールの記号論からヒントを得てジョイント・プロジェクトを組み、ファッション・デザインの記号性を探究し、卒業後は欧米のファッション、アパレル界に進んだ人もいます。体育会野球部の学生さんによる六大学野球を通しての1970年代の考察、体育会ラグビー部選手によるラグビー試合中のコミュニケーションパターンの調査・開発など、その後の人生に役立ったと思えるプロジェクトが続出しました。

読者の皆さんも、onlineで同じ関心を持つ人々と共にプロジェクトをされてはどうでしょうか。筆者の学生さんたちも既に1990年代初頭に自分達が開発したonline環境でそうした活動をしていました。別稿で紹介します。筆者の大学院セミナー「大学院プロジェクト」は、2007年にOxford University (Prof. Macaro Class, Prof. Davis Class)とCambridge University (Prof. Bowring Class, Prof. Nishizawa Class)などの大学院言語学科のクラスと共同プロジェクトを手掛けました。残念ながら翌年3月に筆者定年退職でその後は続きませんでしたが、海外との共同授業を増やせば受講者が留学に近い体験ができると確信しました。次回9月号の後編に続きます。


(2023年6月30日記)


[1] 筆者予測の額です。
[2] Wealth Inequality And Higher Education: How Billionaires Could Make A Difference(大金持ちがelite universitiesに寄付して、結局、入学できたelitesにscholarshipsを出しているColleges and universities give out “merit” scholarshipsbased on test scores, GPA, and extracurricularactivities—all things that tip the scale to the wealthy who already have theresources to pay for a college degree.、これではinequalityが広がるそうではなく、H B C Uやcommunity collegesやstudents defaultersに寄付すべきと述べている
[3] 現在は慶應義塾大学国際センターが運営しています。
[4] ChatGPTも利用できそうです。例えば、アメリカ言語学会(Linguistic Society of America)がオファーしているLinguistics Everyday Lifeのコースsyllabusの項目を順にChatGPTに質問形で聞き、その答えを読んで日本語話者である読者の観点から考え再度質問してみてはどうでしょうか。最初のHow do you speak differently when you’re talking to your friends, your parents, or your boss?はdiscourse nalysisに関するもので、答えは言語、方言、スタイルの数だけあり多様です。正解はありません。できたらお友達と一緒にやってみると良いでしょう。

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