連続ブログ小説「南無さん」第十四話

陰茎! 怒張! 陰茎! 怒張!

聖蹟桜ヶ丘の夜に奇声が響くようになったのは木枯らし一号が吹き渡ったころであっただろうか。皆人が恐れをなしてその奇声の正体を探ることもできなかったのは致し方ないにせよ、かといって官憲へ通報することもできなかったのは昨今の住民意識の低下と見て取るべきであろう。

そういう日常の隙を突いて南無さんは現れるのである。

陰茎! 怒張! 怒張陰茎!

彼が発している言葉には特に意味はなかった。修二と昭。傲慢と偏見。陰茎と怒張。この場合彼の陰茎が怒張しているかどうかは問題ではなく、ただそこには陰茎と怒張だけが存在しているのであり、またあるいは怒張陰茎が存在しているのであり、その概念が空を伝って聖蹟桜ヶ丘の住民の意識に上るということが全ての意味をなしていた。陰茎は怒張しているか。南無さんは怒張に意味を見出しているわけではなかったが怒張と言う言葉は好きだった。怒りに張り詰めた陰茎である。かくのごとき陰茎を思うことは彼の気持ちをやわらかくした。一方では実の陰茎を硬く怒張させながら。それはそれ、これはこれであった。
彼の声は路地裏から朗々と響いた。常人とのコミュニケーションがいつもうまくいかない南無さんにとってはこうした一方向的な発信でしか己の声を誰かに届けることはできなかった。届いたところでそれは恐れを生むかもしれないが、南無さんとて人間である。たとえうらぶれて夜の街を彷徨い歩く身と成り果てても、己の承認を夢に見ないことがあろうか。

多摩市陰茎都庁!

言うなればこれは南無さんにとってのSNS。いまや現代人に必需のものとなったインターネットへのアクセスを容易としない南無さんは己のまたぐらのアンテナをバリ3にすることでしか社会とのつながりを保つことができないのだ。
ふと南無さんが見上げると、視界の隅に、街灯とは別の、群青色の夜の闇を煌々と染める赤色灯が見えた。
伝わったのだ。どこの誰かはわからないが、南無さんの存在を感じ、通報を成した者がいる。他者とのつながりを肌で感じた南無さんはやおら歩みを止めると、民家の防犯灯に照らされながら静かに果てた。怒張から上がった聖なるしぶきは網目状に広がり、南無さんをやさしく包み込む。ソーシャルネットワーキング射精である。臨場した警察官が何事かを無線で伝えると、やがて南無さんは布をかけられてパトカーに収容された。

あなたの110番が、人を救うかもしれないのだ。

その後現場には冷たい雨が降り注ぎ、南無さんの聖蹟を洗い流していった。

冬がやってくる。

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