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子育てできるかと産むかどうか

ふとX(ツイッター)で以下のようなものが流れてきた。

以下元ツイートそのまま
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重度障害者夫婦が子供を欲しがり、当然児童相談所や周囲の人間に止められたが「決める権利は私たち本人にある」と聞く耳持たず妊娠出産。 当然この人達に育児能力はないので、ボランティアたちが無償で24時間体制で家に行き、代わりに育児。 コレが美談扱いされている。 自分たちの世話もままならない
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上記の内容、引用や返信では「このような状態で子供を作るのは正しいか正しくないか?」についてわりと盛り上がる。

理屈の上では以下の理論が成立するので子供を持つことは正しいとなる

二人は同意して夫婦をしている

子供を作るかどうかは夫婦の選択である

子供を産むのは権利である

権利を行使して何が悪い

子供を作る

またこれに対して作業所らしきところで働ていてボランティアに子育てを任せたりしているが、自分たちで生活を賄えない人が子供を育てられないので作るべきではないと意見が多数。またその意見の反論として「日本人は年収700万以下は受ける公共サービスの方が多いので大半の日本人は子供をつくるべきではないが正しくなる」とのこと、少々あっていそうであるが「それであれば生活保護者も結婚出産は不可能になる」となる、そして以下その反論の一つ。

・「一人前に結婚も出産するならボランティアはいらないのでは?」
なかなかの意見、周囲のボランティアの反対を押し切っての話であれば、そもそもボランティアの中の独身者がそれを言い出してもおかしくない。

・「意見を権利として行使するのであればどんな愚行でも認めるのか?」
具体的に言えば「パソコンが欲しい!この40万のパソコンをかう!ネット接続も専用の月1万のにする!」となった場合、この夫婦の収入から生活費を差し引いた額が月2万円の小遣いとして、ローンで4年の返済を続け、ネット契約はそれを永続することになる。どう考えてもこの契約はするべきではないが意見を尊重するのであればその通りにしなければならない。さらに悪意ある人間がいれば生涯にわたり金を吸い続ける方法も出てくる。

・意見を尊重する場合、不幸が確定していても意見として認めるのか?
放置すると大変なことになる病気が診断で判明したとして、この人の権利だからと治療を拒否すると仮定する。その場合、末期となって治療不可能になった場合は意見を尊重したので正しいとなるが、「この人たちが治療をさせなかった!」と弁護士に泣きついて多額の慰謝料案件になった際にいった言わないの話が始まり「一般的に考えて治療させるのが常識のためボランティアの人たちは精神的苦痛による賠償を支払うこと」となるかと思う。そうするとボランティアの人たちからしたら「なんやこいつ、もう二度とかかわらんどこ」になるため周囲からしたら殴ってでも治療させるしかないとなる

本記事の著者の意見
結論から言えば子供を産ませないほうがいいかと思う。理由としては明確に子供に高い確率で遺伝することと、現状の夫婦では子育てが不可能と思われるところ。周囲が反対しようが当人たちが子供を産みたい!というのであれば、「子供を作る権利はわかりました好きにしてください、ただしボランティアをするかどうかはこちらの権利なのでもう来ないで起きますどうぞお好きに子供を育ててください」となる。とはいえこの内容については知らん場所の知らん人の話なのであくまで例として出した話題についての反論と意見の話。

追記
この話を突き詰めるところでは「子育てができないような人は子供を作ってはいけない」が正しいとすると、この子育てをどう定義するかと生まれてくる子供が優秀かどうかは遺伝で決まるため「ある程度以上の優秀な人以外は子供を作ってはいけない」となる。この優秀の具合が怪しく、たとえば身長〇センチ以上、偏差値〇〇以上などと強く絞ったりしていくと30年ほど前に廃案された優生保護法につながる。この例であれば産まない方がいいかと思うが、では産む産まないの基準の差はどこにするのか?と考えていくとそんな基準は存在しないから困る。


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