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「前へ倣え・右に倣え」に囚われないこと

組織内で「こんな取組をしたい」「こういう風に変えたい」と新たな提案をした際に、上司や先代からよく問われます。「前例はあるのか?」「他の組織(あるいは都道府県、市町村など)ではどうしている?」

都道府県庁や市町役所など、いわゆる行政機関では公正と公平を保つために、「過去の前例」=前へ倣(なら)え、「他組織との横並び」=右に倣え が判断の基本となります。その徹底ぶりが日本社会の安定につながっており、同時に停滞の原因にもなっていると思います。

現在の世の中には、過去の前例や慣習に囚(とら)われない発想が必要であったり、他では行っていないことを始めたりすることが、求められているように感じます。しかし規模の大きな組織や、高齢の世代が決定権を持つ組織では「前へ倣え・右に倣え」の傾向・風潮がより顕著なものになっていると思います。

ここでは「前へ倣え・右に倣え」に囚われずに競技振興を進めていく上で、私が最近関わった取組事例と、(個人的に希望する)今後のアップデート方針について示してみました。

栃木県陸上競技選手権での2部制導入

2020年に栃木陸上競技協会では、栃木県陸上競技選手権に2部制を導入しました。1部は標準記録を突破した選手による選手権、2部はそれ以外のオープン記録会とするものです。そして導入後4年目となる2023年度より、「標準記録制」から「ターゲットナンバー制」に変わりました。

権威ある選手権として開催するために

選手登録と大会エントリーの窓口では、2010年頃より、数多くの選手から「県選手権に標準記録を設けて欲しい」と要望が相次いでいました。聞き取りを進めていくと;

  • 100m・200mなどでは、参加選手層(競技水準)の幅が広く、力の差が歴然としている。選手権者を決める上で、3ラウンドを行うのは無駄。暑い時期に無駄に体力を消耗してしまい、特に個人2種目+リレーに出場する選手にとっては大きな負担。

  • フィールド種目では、特に走幅跳とやり投の参加人数が多く、試技間隔が長すぎてコンディション維持や競技への集中が困難。特に猛暑時や雨天時には好記録を望めない。

  • 競技日程上、短距離3ラウンドの合間に長距離種目をはさむ必要があるため、昼過ぎなど猛暑時刻に中長距離種目を実施しなければならない。気象変動による猛暑傾向が強まる中、熱中症リスクが懸念される。

このように、現状について様々なデメリットが浮き彫りとなりました。調べてみると関東各都県で、標準記録が無いのは栃木県だけ。そして参加料を払えば誰でも出場できる選手権は、多くの参加選手にとって「権威ある大会」という感覚が無く、記録会と同じような扱いとなっていました。

ある年に上位役員に対し、標準記録の設定とその必要性について説明し、選手権の改革を提案しました。しかし議論の土台に乗る前に、けんもほろろに断られました。理由は「標準記録が設定されると参加者が減り、参加料収入が減ってしまう可能性がある」という憶測によるものでした。

県のチャンピオンを決めるのに相応しい大会にするのか、参加料収入を優先するのか。その二者択一に対して、後者を優先するという判断を、残念に思いました。

リサーチとベンチマーク

「変えるべき」ものであることを確信していました。標準記録採用の実現に向けて、全47都道府県の選手権大会要項を集め(情報収集・分析=リサーチ)、全国の実態を調べあげました。

関東では栃木以外、すべて標準記録がありましたが、全国では3分の2程度の割合でした。栃木と同じように開催し、短距離3ラウンドを行うところや、更に予備予選を行うところもありました。

各都道府県における陸上競技選手権の標準記録設定状況

調べる中で、岩手県では珍しく「2部制」を採用しており、標準記録を突破した選手による1部と、オープンの2部に分けて開催していることがわかりました。そこで岩手陸協事務局と現場の選手・指導者に連絡をとり、採用の経過と開催状況について聞き取りを行いました。すなわち、岩手をベンチマーク(指標・基準)に位置づけ、栃木での採用可否と、どのように工夫すれば良いかを検討したのでした。

結果として、参加料収入が減らないように岩手県で採用していた「2部制」を導入することをベースとして、栃木における標準記録の原案をとりまとめました。そして栃木県内の団体・選手に対し、導入可否に関するアンケート調査を実施し、導入実現に向けて論拠を並べました。これらの資料と協議の経過を栃木陸協の検討会・理事会などで説明し、了承を得て、ようやく標準記録の設定と2部制導入を実現するに至りました。

(以下は、2部制採用に関して用いた資料について、過去に栃木陸協により公開されたものを一部改編したものです。)

既存方式の維持を切望する一部の方々とのやりとり

この変更・修正を実現するにあたっては、「自分たちが辿ってきた道のりを、次の世代も同じように歩むべきである」「自分たちが創ってきたもの、辿ってきた道を変更されるのは、自分たちを否定されるようなものだ」そうした発想や感覚を持ち、既存方式の維持を切望する一部の方々に対し、相当なエネルギーを注ぐこととなりました。

  • 昔から、選手権の短距離種目では3ラウンドをこなすのが慣例。そうした経験を通じて選手は強くなる。2部制にすると選手を甘やかしてしまう。選手を鍛えることができない。

  • (根拠を示されても)それでも、参加料収入は減ると思う。その補填をどうするのか。

  • 昔、野球部を辞めて陸上競技部に入った高校生が、やり投を始めて間もなく、県選手権に参加していきなり入賞したことがある。そうした生徒が今後も出てくる可能性がある。2部に弾かれ、選手権に出ることができないのは良くない。

  • 高校生は伸び盛りであり、持ち記録では分からない。化ける可能性がある。2部制は、生徒の可能性を狭めてしまう。

彼らのこうした言い分は私にとって、情に訴える浪花節のようであり、現在の選手の意向や世の中の情勢に適合しないものであるように感じました。しかし決して無視できるものではなく、彼らにこそ変容を求めなければ変更は実現できないため、言い分のひとつひとつに向き合いながら丁寧に協議を重ねた結果、最終的には2部制採用を実現することができたのでした。

アップデートを重ね、最善を追求すること

世の中には、アップデートが必要なのに、なかなか実現されないことがたくさんあります。その障壁のひとつとして、冒頭に述べた「前へ倣え・右に倣え」への囚われがあると思います。

必要であれば、回数が「第100回」を超えるような歴史ある大会であっても、「歴史があるから」といってずっと同じ内容を繰り返すのでは無く、変更すべきものは大胆に変えるべきです。社会情勢であったり、スポーツの価値・役割などの変化であったり、様々な背景に合わせて変更していくべきだと思うのです。

アップデートだけでなく、統廃合や廃止についても、必要に応じて積極的に検討すべきです。最近の陸上競技界でみると、歴史ある「びわ湖毎日マラソン」が2021年の第76回大会で終了し、廃止となりました。マラソンの「高速化」「大衆化」の二極化が進む中で、びわ湖の存在は社会のニーズに合わなくなり、存在意義を失いました。

栃木の陸上競技界にとって、栃木県陸上競技選手権大会におけるアップデート=2部制の採用は、小さな出来事にひとつに過ぎず、これからも様々なアップデートや、統廃合などの検討が必要であると考えます。以下に、栃木県陸上競技界における、いくつかの要検討事項をとりあげてみます。

4月の春季大会を分散し、同日に県内複数会場で並行して小規模記録会を催す

現在、栃木県では4月の2週目土・日、3週目の金・土・日に、宇都宮の1会場で春季大会を行っていますが、イベントとして巨大化・集中化しすぎており、分散すべきと考えます。中学校、高校共に学校が始まったばかりで先生方の校務が忙しく、多忙感に拍車をかけています。週末の記録会は、土・日どちらかの1日で済ませることが望ましいでしょう。

週連続で開催するのでは無く、同じ週末・同じ日に、県内各地区で中学・高校・大学・一般まで交えて一斉に記録会を行うというイメージです。せっかく県内各所に公認競技場があるのに、公認競技会が恒例で開催されているところはごく少数です。これを改善できないだろうか…と思います。

「混成ができない」「高校の4継・マイルを」そうした種目は春季休業中かゴールデンウィークなどに消化できるよう調整したり、あるいは学連大学主催の競技会を新たに設けてもらい、そこに乗せるなど、工夫のやりようはいろいろあるはずです。「審判・役員が足りない」それは承知であり現状では当たり前ですが、それは本件に関わらず必ず変えなければならない。変えるための取組を並行して講じた上での、理想と希望です。

栃木陸協傘下の地域陸協・クラブを全面再編すべき

現行の地域陸協・クラブのほとんどは、登録選手を擁しておらず、公認競技会も開催しておりません。昭和55年「栃の葉国体」ベースの組織体制がそのまま残り、教員OBや地域指導者OBが組織に残って続けているという状況です。日本陸連が示す「JAAF VISON」やその後の方針に沿って活動しているところは限定的です。

壬生町・下野市は、個人登録選手が多数存在するにもかかわらず栃木陸協傘下の地域陸協・クラブが無い状態です。その一方で、矢板・塩谷地区は人口が非常に少ないにも関わらず、傘下の地域陸協・クラブが複数あります。こうした不均衡は明らかに是正すべきですが、これまでアップデートされてきませんでした。

理想のイメージをひとつ示しますと、栃木県中体連の10地区を基準にしたり、教育事務所単位で7地区にエリア分けをしたりするなどして、新たな単位による地域クラブを再編するのが望ましいと考えます。中核になって欲しいと個人的に願うのは;中体連の各地区の先生方です。地域の方々と交流を深めながら、それぞれの地域の競技振興に取り組んでいただきたいと、勝手ながら願うところです。

競技振興の指標として、全国の都道府県順位等は採用しない

行政役所の方便としてはともかく、「国体で何位以内をめざす」といった指標・目標は、もはや現代の陸上競技振興の指標として一切の意味が無いと考えます。(もし、どうしても比べるのであれば、47都道府県では無く人口規模が類する15~20都道府県程度に対象を絞り、検討するのが良いでしょう。)

それよりも、陸上競技を通じて人々や地域がどれだけ幸せを感じ、豊かになったかを測る独自の指標を設け、その変化を長期的に眺めていくなどの対応が必要と思います。具体的内容は、別の記事で示す予定です。

都道府県対抗で順位を競うスポーツ祭典は、とうの昔にその本質的役割を終えていると考えます

結びに

思考を停止させたまま、前例踏襲を繰り返すのではなく、しっかりとした調査・分析を行い、関係者との協議を踏まえた上で、良いと信じる方向に変えていこうということです。何の権利で・何の立場で言っているのか?ということは全く関係なく、立場や役割を超えて率直に意見を交わし合い、次の世代により良い未来を残すべく、良い着地点を探りながら動きたいというのが、私個人の考えです。

前の世代と同じことを漫然と繰り返し続け、やがて組織全体がマンネリズムを帯びて同調圧力と正常性バイアスのもと、本質を見極めずに事業を繰り返すようになった結果、極めて稀ながら時として、多数の命を奪う重大事故につながることがあります。栃木県の教育・スポーツ界では最近まさに、そのことを経験したばかりであり、そのことを決して人ごととすることなく、より良いスポーツ・陸上競技の未来を考えたいところです。

こうした考えと方針のもとで行う「ささやかな意見表明」として、今回は本記事を起こした次第です。今回も、長文のご拝読ありがとうございました。