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読書感想 川内有緒著「目の見えない白鳥さんとアートを見に行く」

見えていたころは美術館も博物館も好きだった。
作品もそうだが、あの独特な空間はどこか別の世界に連れて行ってくれるような非日
常をくれた。


見えなくなってからも、何度か「視覚障碍者のための美術鑑賞ツアー」に行ったこと
がある。作品の立体コピーを用意してくれたり言葉でも説明してくれたりしたが、私
は全く心が動かなかった。
せっかくいろいろ用意してくれたのにという申し訳ない気持ちばかりが記憶に残った

やはり「美術作品は「見て」なんぼ」なのか。


最近もラジオとかで興味深そうな展覧会のCMが流れてくる。
この頃は声優さんが音声ガイドをやってたりするので、それだけでもと思い見える友
人に一緒に行ってもらえないかとお願いしたら「触れないけどいいの?」と言われ、
行く気をなくした。


どういう出会いをしたかがその先を決める決定打になる事が往々にしてある。
白鳥さんはデートで行ったダ・ヴィンチの人体解剖図が美術の入り口になった。
現代アートに興味を持ったのも展示物の「自由に食べてください」とあった外国のキ
ャンディーがとっかかりだったとか。
日本とは違う「味」から外国への思いを馳せたというのはいかにも見えない人っぽい
とも思えたけれど、そっか、そんな出会いもあるんだなと感心した。

そう考えると見えなくなってからの私は美術に画期的な出会いはなかった。


白鳥さんの場合、幼少期失明なので、美術を目で鑑賞する文化がほとんど浸透してい
なかったのも独自の鑑賞法を見出す機序になったのではないだろうか。

そういう意味では変に先入観がある私とはスタートラインが違う。
逆に見えていたことがある自分は視覚にとらわれているからその枠から脱することが
できない。だから白鳥さんのアプローチは私には目からうろこだった。

「赤いバラが白い花瓶に3本さしてあります」と言われれば、私はバラの色も形も想
像できる。
見えていた経験は説明された時の理解にはアドバンテージにはなるけれど、枷にもな
っていると今回特に感じた。


それからこの本が面白かったのは白鳥さんも含めてメンバーがそれぞれ個性豊な所。
そしてそれを著者の川内さんの文章が余すところなく表現してくれている所。

同じ絵画でも見ている人のバックグラウンドによってフォーカスされる部分が違うら
しい同じ絵なのに二人が全然違う視点から白鳥さんに説明する。
白鳥さんだけでなく、見えている二人もお互いの見え方の違いに気づいて驚く。こう
いう経験は普通に美術鑑賞をしていたら見出せない発見だ。


そして私は現代アート何てわからないと初めから高をくくっていたけれど、ちゃんと
鑑賞したこともないのに思い込みで物を言っていたことに深く反省した。

紹介された美術作品は有名なものも現代アートやエイブルアートも興味深い作品ばか
り。でもそれは白鳥さんたちの会話のなせる業だとも川内さんの文章の面白さのため
なんじゃないかとも思う。


視覚障碍者の美術鑑賞と言うと、どうしてもちゃんと作品の情報が伝わっているかど
うかが問題視される。しかし白鳥さんの美術鑑賞は見えている情報を共有する事が目
的ではなく「生きた言葉を足掛かりにして対話という旅路を共有することこそがゴー
ルだ。

川内さんたちの会話は実に興味深く楽しい。ただ文章で読んでいるだけでも一緒に美
術館を回っているような気持ちになれる。

そうなると「何を見に行く」と同じくらい「誰と見に行く」が重要になってくるので
はないだろうか。


「白鳥さんは見えるようになりたいとは思わないと言っていたが、私は見えていたこ
ろの便利さを知っているから見えればいいと思う。美術鑑賞うんぬんより、まず見え
ないと不便だからだ。


とにもかくにも日ごろ、頭の固いばあさんにはなるまいと思ってはいたけれど、そう
なりつつある自分に勝を入れてくれた一冊だった。


そうこうしていたら映画「目の見えない白鳥さん、アートを見に行く」を音声ガイド
付きで見に行くことができた。

白鳥さんは本で読んだイメージ通りだった。

本の方が美術鑑賞の仔細が描かれているので面白いと言えば面白い。
でも白鳥さんのスーパー盲人っぷりがわかるのは映画である。

全盲なのに知らない所をあちこち歩きまわって写真を撮る。
パソコンの音声出力速度も私のようなにわか盲人には聞き取れないスピード。
触地図も読めるしオセロにも圧勝。
これは本を読んでいるときも思ったけれど、考えている事の言語化能力がすごい。
ご自身ん、「時間をかければ何でもできる」とおっしゃっていたけれど、少なくとも
私は時間をかけようがかけまいがいろいろできません(汗)

そして何より白鳥さんが魅力的なのは自然体で肩ひじを張っていない。ただ自分がや
りたいことをやっている所。

白鳥さんは視覚障碍者の美術鑑賞のガイド役もやっていらっしゃるらしいが、白鳥さ
んとアートを見に行ったらきっと楽しいに違いない。

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