カバ

真奈美とカオリ 6話 34

静香さんが、30分を大幅に過ぎてお店に入ってきた。

彼女は、千絵子さんと私の間に少し開いていた隙間に座った。

静香さんは私が思っていたよりも大人しそうで、薄い黄色のアンサンブルに白いフレアスカート姿の彼女はお嬢様育ちであったろう上品さを醸し出している。本当に不倫している様には思えない女性だった。これでは旦那様が疑うはずも無い。

ピアノの先生の彼女は小柄だけど、1オクターブは裕に届く細くて長い指を持っている。

彼女はモヒートを可愛らしい声でオーダーした。

「真奈美ちゃん、元気だった? ごぶさた〜。」

静香さんには、私が頭の中に用意してきた質問リストの一つの、

どういう時間帯に浮気相手に会っているのか?を聞いてみた。

「えっと、そうね、、、旦那が会社行った後、午前中に会うとか、お昼から5時までとかかな。みんなそんなものよ、夕食の支度もあるし。」

「え、元カレ(不倫相手)は、前にも聞いたかもしれないけど、なにしてる人なの?」

「自営業だから、彼、自由がきくのよ、不動産系。」

ごっ午前中から?! 朝からしてるの?!!!夜営(夜の営み)でなく朝営。。。 

私は、この人達すごいな恋愛が男が大好きなんだな。と同時に、自分が本当に大好きなんだなと感心し。ジム通いやテニス教室レベルで不倫!と正直驚いた。

私は、自分が他人から生き方をjudge(人の価値観で判断する事)される事が苦手なので、極力、他人のjudgeもしない様に努めている。犯罪以外は、他人がどう生きてくれても、不倫しても、人生は一度だし、好きにすればいいと思う。

だけど一方で、

相手の家族の気持ちや、自分たち配偶者や子供達の気持ちなど、まったく想像出来ていない、目に見える欲しい物を全てを手に入れてきたマテリアリスティック(物質主義)な女性達のその貪欲さに少し呆れた。

浮気や不倫や人の彼と寝る女性に多い、慢性的な自分が満たされていないから他の人の男と寝てもいいじゃない、という態度。 周りにごろごろ転がっている精神的な小さい幸せの粒たちを探して拾い集めるどころか、底の厚い靴で踏んでしまって全く気がついていない。自分の靴の裏の溝に挟まっているにも関わらず。。。。


浮気、不倫で思う事は。

被害者の気持ちと、加害者の気持ち。

私は高校生の時、父親が浮気をしている事を知った。その頃の私は友人の父が所有する空き家を借りたくて彼女に家賃の交渉を持ちかけている時期だった。

正直、父のそれまでの家族に対する言動、行動から、父親の浮気という事実には、あまり衝撃をうけなかった。

我が家では1ヶ月に1〜2回の頻度で不定期に催されている、秋田県で古くから行われているナマハゲという行事に少し似ているイベントがあった。それは、いつ起こるか予測が出来なかった。が、その時は、どこかで大量にお酒を飲み違う人格に替わった父が帰宅し玄関の鍵を開け、普段の奥行きがある彼の眼の色が、瞳孔が開きっぱなしでマットな一色の少し緑がかった濃いグレーの色に変化している時に突然訪れた。 その酒気を帯びた赤い顔の鬼は居間のドアを開けた瞬間から全ての物を睨み、手に取る事が出来るあらゆる物体を壁に投げつけ、皿やグラスは宙に舞い、小型の陶器は粉状に砕け、液体は白い壁に抽象画を描き、ポテトサラダは音を立てて床に白く放射線状に広がり、ドアは拳の形状をくっきり残し凹み、ベルトは本来の機能を無視した鞭に変わり、私達を守る母親の結婚指輪は曲がって指に食い込み、皮肉にも不幸中の幸いで指の骨折を免れて、、、という、父親がもの凄く暴れる狂気の酒乱リサイタルが深夜に開催されていた。

記憶にある彼から受けた最初の被害は、私が人間を始めて3年を過ぎた頃、その日着ていたお気に入りの胸のポケットにお花の刺繍が施された薄いみかん色のオーバーオールワンピースの胸ぐらを掴まれ、宙に浮いた私の肩ひものボタンがぶちっと飛んで行った事、同時期に革のカバンに入れられて押し入れに入れられた事だ。

大きくなってその茶色の革のカバンを納戸で発見した時。それは自分が想像してたより小さく、3歳の私が少し開いたカバンのジッパーのすき間から押し入れの戸の隙間から入る細い光を見ていた光景を思い出した。。あんな小さいカバンに入るくらいのサイズの私がそんな拷問をうけるほど、どんな悪事を働いたのだろう?とその捨てられそうなカバンを不本意な切ない気持ちでみつめた事もある。

なので、わたしの父親に対する人間性としての期待心はゼロ以下で、(仕事は尊敬しているが)すでに醤油のシミがついている服に泥水がかかってもなんとも感じないように、最低な所に最低な物が追加されても、人の心はさほど揺れ動かない事を知った。

ただ、私がショックだったのは、

その父親の行為によって、いつも落ち着き強い母親が取り乱し、女性の3役の母親、女、妻の女の部分が、、、母親の普段見る事のない嫉妬する女の部分がいつになく露呈し。私はそこから目を背ける事ができず動揺した。

ランダムにかかってくる無言電話。父の愛人であろう女から自宅に何度も電話がかかってきた。電話が鳴る度に母の顔は歪み、私は代わりに受話器を取り、うっせー!!と言っては、切っていた。

ある日、どこかからの帰り道、なにも言わずに母が知らないアパートの前で車を停めた。 私は変な空気を察知して「なに?ここどこ?誰の家?」と言ったが、母は無言だった。 辺りを見回すとそこには父親の車がとまっていた。私は誰の家なのかすぐに気がつき、それ以上質問するのをやめた。ただ私に一緒にいてもらいたかっただけなんだと思う。けれど、愛人の家の前にある父親の車、彼がその人の家にいるという事実よりも、すぐ目の前の母親の崩れが子供で大した事も言えない私にとっては辛かった。

今なら母親の女の部分をものすごく理解してあげれただろう、けれどその時、私は未熟でそこまで男女の経験がないので冷静に考える事もできず、お母さんの女の部分に少しの嫌悪感もあり、なぜまだあの男の為に嫉妬という感情を使ってあげているのか理解もできず苛立ち、いい慰めの言葉を言ってあげる事は出来なかった。

たしか、浮気相手は中国人の女性だった気がする。

どうせ長くは続かない。あの人の酒乱リサイタルを見たら、すぐに終わる関係だ。

でも、そのちょっとした不倫が連鎖し、相手の家庭の同じ女である妻を狂わせ、狂った母親の発するストレスを感じずにはいられない子供達を世に作るバタフライ エフェクトを引き起こすのだとしたら。。。

だから、私は、不倫をしようと積極的には思わない。 
もししたとしても、夜営だけをちょちょっとしてバイバイする。他人の男を取らなくても他にも素敵な男性は沢山いる。

 

続く


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